その18.引きこもりの代償
尾ノ崎の事件があってから始めての登校。
例の事件の端末を知る者はおらず、尾ノ崎は行方不明者として処理されていると小夏から聞いた。
でも、そのお陰で生徒が突然行方不明になることはなくなったそうだ。
「俺が殺人犯を倒してみんなに安心を届けてやったぞ!!」と、声を大にして言い放ちたいところだが、それは同時に殺人を犯したということにもなるので公言出来ることではない。
向こうから強制戦闘を仕掛けてきましたなんて言っても誰も信用しないだろうしな。
ミニマム姉妹と一緒に登校し、小春とは校門で別れたのだが小夏とは一緒に教室までやってきた。
前は学校に着いたらさっさと1人で歩いていってたんだが、小夏も尾ノ崎事件をきっかけに俺のことを少しは信用してくれるようになったということだろう。
小夏も『エボルを作った元凶の娘』として見られていた訳だし、ずっと1人で世間と戦ってきて本当は心細かったんだろうしな。
自分と同じ世間の敵が隣にいるというのは、例えそれが俺でも心強いものなのかもしれない。
その小夏も、昨日は外にでることもなく一日中クライシスゲームをしていた。
本当にずっと無防備な状態でソファーに転がっていたので、何度か戦闘中の小夏に「少し休め」と言葉を込めていたずらをしたんだが、普通にぶっ飛ばされた。
小夏も麻莉亜のお陰で大分掴んできたようで、レベルは上昇傾向、今は3まで上がっているようだ。
一方の俺もかなりゲームをやり込んだ。
一昨日の夜からウチに来た蓮華や小春と全然違うゲームをしたりして遊んだりもしたが、二人が出かけている時は小夏に負けじと頑張った。
現状ではオンラインでいつでも対戦できる雑魚クライシスの最大レベルの奴と通常勝負で勝てればレベル6まで、真剣勝負で勝てればレベル7まではレベルが上げられる仕組みになっているのだが、一応俺も5までは上げられた。
麻莉亜から徹底的に対雑魚クライシス用の思考パターンを教えてもらい、それをしっかり踏まえて臨めば麻莉亜のアシスト抜きでも割りと安全に稼げるということも分かったし、とりあえず俺もレベル7までは目指していきたい。
真剣勝負でも勝てるとは思うのだが、その場合はさすがに怖いので麻莉亜をアシストに置くつもりではあるが。
とまぁ、そんな感じでゲームも掴めてきたし、これで俺も割りと堂々と学校生活を送れると思う。
黒波に何かちょっかいを掛けられても、むしろ返り討ちにしてヒーローになったりする妄想もしっかりしてきた。
生徒の大半はレベル2~3、教師でも3以上上げている人間はいないらしいので、レベル5もあれば俺も黒波のようにハーレムを作れるんじゃないかと、少し期待しながらの登校。
が、現実はそんなに甘くなかった。
ゲームの話なんて誰もすることなく割りと普通に学校生活を送っているし、それ以前に俺には友達どころか知り合いなんてもんもいなかった。
そりゃそうだよな。
いくらレベル5で優位に立っているからと言っても、それをみんなが知らなければ意味ないし、ブラックメシアのように犯罪者を懲らしめたみたいな実績があるわけでもないんだから。
それ以前に七原なんて、中身を見る前に名前で敬遠される。
ずっと不登校を続けていた訳だし、俺に良い印象を持っている奴なんていない。
現実は思ったよりも厳しかった。
残念。
どうにかしてここから俺もハーレムルートに入れないかなと色々考えながら最後の授業。
ごくごく普通の英語の授業中に突然教室の扉が開いたと思ったら、黒波が入ってきた。
「おい、時間取るぞ」
黒波は二人の生徒を引き連れて授業中に勝手にズカズカと教室の中に入ってくる。
教師はそれを咎めもせず、何の文句を言うこともなく教壇から降りた。
それを見て驚いたのは俺だけだ。
他の連中は「何だよめんどくせぇ……」みたいな反応を見せている奴もいたが、それでも普通に黒波の乱入を受け入れていた。
まるで学級崩壊だ。
何で教師は何も言わない!?
どうしてあいつの好き勝手させるんだ!!
「今日はアンケートを取る。チームブラックウェーブに関することだ」
黒波は俺を一瞬見た後にやっと笑い、クラス全員に向けてそう言葉を発した。
同時に黒波と一緒に来た男と女が手に持っていたプリントを配り始める。
「まさか七原が来てるとは思わなかったが、まぁ、いい。これを全員漏れ無く書け。全員書いたらまとめて……お前、俺の所に持ってこい」
「…………」
黒波はそう言って英語担当の教師をもお前呼ばわりした。
その態度は完全に王様だ。
教師も教師で小さく頷いているし、色々終わっている。
小夏からも少しだけ話を聞いたが、まさかこんなにも滅茶苦茶なことになっているとは思わなかった。
黒波も異常なことをしているが、それを受け入れている奴らもどうかしている。
まるで知らない間に俺だけ異世界に来たかのような感じだ。
「あれ、七原に渡してもいいのか?」
「まぁいい。七原ぁ、お前もアンケート答えていいんだぞ? 俺のチームに入れるようなことはないがな!! はーっはっはっはっは!」
「…………」
前の席の奴はそれを聞いてアンケートを俺に渡してきた。
俺は呆然としながらそれを受け取り、中身を見てみる。
『世界を救おうブラックウェーブ。あなたもチームブラックウェーブで一緒に世界を救い、英雄の仲間入りをしないか?』
というタイトルの後に名前、学年、クラス、ゲーム内職業、レベル、顔写真……? と、まぁ、若干変な項目があるが、基本的な情報を記入する欄がある。
その後は自由記入欄も含める色んな形式でのアンケートがずらずら書かれていた。
・エボルは人類の敵である はい・いいえ
・七原は人類の敵である はい・いいえ
・ブラックウェーブに興味がある かなりある・ある・いまのところはない
・ゲームに関する有力者を知っている 自由記入
・ゲームに関する攻略情報を持っている 自由記入
・経験値以外でも、チームにこんな貢献ができる 自由記入
等々。
そしてチームに入った特典として、学年トップの久志川によるゲーム講習を受けられるみたいなことが書いてあった。
「…………」
ふざけている。
何が七原は人類の敵である、だ。
顔写真ってアレだろ!?
どうせ可愛い子は即チームに入れてハーレムの仲間入りにするとか、そんな丸出しの下心からなんだろ!?
こんなの止めさせろよ!
何で誰もやめさせない!?
教師もちゃっかり記入してるし!!
っつーか、みんな結構真面目にアンケート書いてるし!!
この通常では考えられない異様な現実を前に、じわりじわり、俺の中で嫌なものが増幅していくのが分かった。
「おい九条。お前の親は七原勤めだったな? 周りから冷たい目で見られているんじゃないのか?」
黒波はゆっくり小夏の席まで歩いて行き、そう小夏に話しかけた。
それを受けても小夏は黒波に顔を向けることもなく無視を決め込んでいる。
さすが小夏だ。
こんなアンケートには見向きもしていない。
その姿に少しだけ安心感を覚えた。
「お前も俺のチームに入れ。七原はダメだがお前は許そう。そんな周りの目から俺が守ってやる。何ならお前には特等席を用意してやってもいいんだぞ?」
黒波は小夏の席に腰掛け、にやにやしながらそう言う。
小夏は完全に無視しているが、それをいいことに黒波が小夏の顔に手を触れやがった。
小夏は嫌そうにその手を振り払っていたけれども、その手つきがいやらしく見えた俺の我慢は限界だ。
その瞬間に俺は席を立って声を上げ、ゆっくり黒波の方へと寄っていく。
「お前ふざけんなよ? こんなことが許されるとでも思ってんのか?」
「ほう……。お前にも向かってくる度胸があったとはな……てっきり、尻尾巻いて逃げるのかと思ったわ。くっくっく」
「度胸とかじゃねぇだろ。何だこれ!? 授業中に人のクラスに勝手に入り込んできやがって! 勉強の邪魔なんだけど!」
俺は全く授業聞かずに、BPSでお前の妹とリレー小説してたけどな!
「くっくっく。笑わせる。世の中こんな状態になっているのに何が授業だ。そんなものは必要ない。今必要なのは世界を救う力を付けることだ。違うか?」
「力を付けるがいいさ。世界を救うがいいさ。ただし、みんなに迷惑をかけずにだ。力を付けるためなら何をしてもいいと思ったら大間違いだぞ」
「七原の分際で生意気なこと抜かしてんじゃねぇぞ! みんなに迷惑!? これから俺がエボルを倒し、世界を救おうってのに邪魔が入るほうがよっぽど迷惑! 今世界には力が必要! それ以上に優先すべきことなんてない! アンドロイドに支配され、こんなくだらないゲームを強制される世界なんてのは誰も望んじゃいねーんだよ!! 一刻も早く終わらせて、元の世界に戻すことをみんなが望んでる! なぁ、みんな!?」
黒波がそう言って教室内のみんなに問いかけると、思った以上の拍手が巻き起こった。
中には「そうだ!」とか「いいぞ!」とか「七原は黙ってろ!」なんて言う奴もいる。
その様子から、黒波は俺が思っている以上にゲームでも人望でも着々と力を付けていることが伺えた。
「だからって! だからって……お前の好き勝手に授業を中断させたり無茶苦茶したりしていいってもんじゃないだろ!! みんな迷惑してる!!」
『…………』
俺が同意を求めるように教室内を振り返るも、俺に同調する者は誰一人としていなかった。
「仕方ないんじゃないのかなぁ。こうやって多少無理してでもみんなで協力しないとエボルを倒すのなんて無理そうだし……」
「俺達はお前と立場が違うんだよ七原!」
「お前が何言っても無駄! お前がエボルを倒すっつーなら別だけどな!」
「おいおい、自分で作って自分で壊すのかよ! 気難しい陶芸家かっつーの!」
「はーっはっはっはっは!」
同調どころか、そんなクラスの連中の声が聞こえてきた。
顔の知っている奴も知らない奴も、こぞって俺を馬鹿にし、攻撃してきやがる。
「嘘だろ……」
咄嗟に教師の方を振り向いてみるも、教師はこの事態を見てみぬ振りをしていた。
「くっくっくっく、そういうことだ七原。お前はエボルと同じ人類の敵。そのお前を俺は必ずブチ殺してやるからな! 覚えておけ」
「…………」
長い時間現実逃避して引きこもっていたツケが回ってきたんだろうか。
俺の知らない所で、俺の弁明も通らないまま勝手に俺が人類の敵にされている。
教師も……何も動こうとしない。
小夏が現実見ろと言ってきた理由が今更理解できてきたかもしれない。
俺も前々からしっかりと世の中のみんなに混じって同じ苦労や悲しみを背負い、打倒エボルを目指して共に戦っていく方向に向かうべきだったんだ。
だが、それを知るのが遅すぎた。
既にクラス全員を敵に回しているような状況で、俺にはどうすることもできない。
「なぁ九条。俺はお前のこと気に入ってんだ。俺がしっかり面倒見てやるからどうだ?」
「邪魔。帰って」
「お~! ツンツンしちゃって可愛いね~。本当は今直ぐにでも強い男に守ってもらいたいんじゃねぇのか? どうだ? な?」
黒波がそう言うと小夏がキレて机をバンと叩き、立ち上がった。
黒波はそれに臆することもなく、相変わらずにやにやした感じで小夏の顔に手を触れようとする。
パシッ。
最悪の現実を前に呆然としていた俺だったが、そんな黒波の行動を見て考える前に反射的に手が動いた。
黒波の手を小夏に触れさせる前に勢い良く掴み、黒波を睨みつけてやる。
「帰れよ。クラスの全員がお前に同調しようと、俺の敵でいようと関係ない。こんなことは許されない。世の中の混乱に乗じて好き勝手してんじゃねぇ。やるならしっかり手順を踏んでやれ。それなら文句は言わねぇ」
「くっくっくっ。お前が少しは骨のある奴と知れて俺は嬉しいぞ。そうでなくては面白くない」
そんな睨みも黒波には全く効かなかった。
黒波はサッと俺の手を振りほどいて不敵に笑う。
「一段落ついたら、お前に挑戦状を叩きつけてやる。もちろん、クライシスゲームでな」
「そんなに俺が憎いならいつでもかかってこい。ただし、通常戦闘でだ」
「ふん」
俺がそう返すと、黒波は鼻で笑ってそれに応えた。
そしてそのまま教壇へと戻っていく。
「いいいか? 見ての通り七原は俺の邪魔をしてくる敵だ! エボルを倒されると困るから俺の邪魔をするんだ。こんな奴が何食わぬ顔で世間を歩いていること自体がおかしいと思わないか!? みんなはこいつが憎くないのか!? 倒したいと思わないのか!? お前らのチーム加入、期待しているぞ」
黒波はそれだけ言って教室を出て行った。
続いて取り巻きの二人も出て行く。
それを確認すると俺も放心しながら自分の席へと戻った。
「七原ぁ~、お前、しゃしゃり出ない方がいいんじゃねぇの~?」
「あいつマジで七原を殺しかねないぞ~?」
「お前学校来ない方がいいぞ」
そんな声が聞こえてくる。
俺に視線も集まっている気がする。
冷たい視線だ。
「静かにしろ。七原はエボルとは関係ないと何度も言ったはずだ。七原は悪くない。七原も気にするな。アンケートは授業が終わったら時間を取るから後にしろー。授業続けるぞー?」
「…………」
教師のそんな声が聞こえてくる。
俺を擁護しているつもりなのか。
あんたも黒波を容認していたじゃないか。
間違っている。
こんなふざけたことが許されるわけがない。
クラス全員が……世の中の全員が俺を敵と見ている。
こんな現実からは逃げたい。
全てから逃げて自宅で大人しくしていたい――。
…………。
そう思った時、尾ノ崎に泣かされる小春の顔が思い浮かんだ。
黒波に触れられる小夏の姿が思い浮かんだ。
俺も逃げてちゃダメなんだ。
現実と戦わないと。
小夏だって酷い目にあいながらも、強い意志を持って戦っている。
俺だってそれを跳ね除けて現実と戦っていかないとダメなんだ。
上等だ。
黒波でも何でも来い。
俺が間違ってないということを思い知らせてやる。
お前らが間違っていると思い知らせてやる!
【Tips】
黒波空吾
17歳 男 高校3年生 172cm 64kg A型
海人とは同学年別クラスで帰宅部。
親は巨大企業立尾製作所のアンドロイド部署の準トップで、実家は金持ち。
幼少の頃から世間から賞賛される七原を疎ましく思っており、それを現在まで募らせている。
横柄で生意気で権力欲が強い。
勉強もスポーツもそこそこだが、親が立尾の良い位置にいるという以外特別秀でていることがなく、そういう性格もあって学内でよく問題を起こしていた。
エボル出現前までは学内で煙たがられている傾向があり、スクールカースト中位にいながらもその一部を味方につけ、グループ内で番を張っていた。




