一、
それからどうなったのかはわからない。
気づくと、勇樹の視界には白い天井が見えていた。どうやら、病院か、保健室に搬送されたらしい。
次に感じたのは、けだるさだった。
おそらく、四大精霊の加護を一度に受けた反動なのだろう。自身の霊力とマナがかなり消耗しているように感じる。
近くでは聞きなれた少女の声がする。
「桜?」
「……おはよう、勇樹くん」
声のした方に視線をやると、ピンク色のツーピースに身を包んだ桜がいた。彼女の来ているそれが寝巻であることに気づくのには、それほど時間はかからなかった。
どうやら、彼女も入院しているらしい。
「あれから、どうなった?」
体を起こし、桜に問いかける。四大精霊から何かの問答を受けて、それに応えてからの記憶がない。
どのような経緯で、自分たちが今ここにいるのか、そして、教官はどうなったのかが気にかかる。
桜は、あのあと起きたことを自身が覚えている範囲で答えた。
補習を終えて駆けつけた耕介が満身創痍の自分たちに代わり、教官と医務の人を連れて来てくれたこと。ニコルと彩、そしてリーネ、桜の四人が事の顛末をかいつまんで説明したこと。
教官の遺体があると思われる場所には、高熱で何かが燃えた跡があったこと。そして、何かが呼び出された気配はないことを。
「そうか……結局、教官がなぜ邪神を呼び出そうとしていたのかは、わからずじまい、か」
だが、案外それでよかったのかもしれない。
勇樹のそのつぶやきに、桜はただ、複雑そうな笑みを浮かべるだけだった。
全てを聞き終えて、安心したからなのだろうか、勇樹は体と瞼が重くなっていくのを感じ、体の思うまま、ベットに倒れ込み、ふたたび眠りについた。
次に目を開けると、そこは新緑の森の中だった。
移動した覚えはない。だからおそらく、ここは夢の中なのだろう。
「……俺、夢渡りできるほど霊力が強いわけではないはずなんだがな……」
ぶつぶつと言いながら、森の中を歩く。森の中を歩くと言うこと自体、あまりない勇樹だったが、この上なく心地よいと感じる。それは、この場に満ちたマナの影響なのだろうか、それとも頬をなでる風が心地よいのだろうか。
思案しながら歩いていると、開けた場所についた。その中央で、一人の少女が切り株に腰かけ、歌っていた。
勇樹はその少女に見覚えがあった。いや、少女のことを「知っている」。
常に、それこそ桜よりも長い時間、勇樹の傍らにいて、陽気に振る舞う、おてんばな少女。
勇樹の身に危険が訪れると、真っ先に駆けつけ、力を貸してくれる精霊。
「……シルフ、なのか?」
「やっと来たね、勇樹」
呼ばれた、ということなのだろうか。
勇樹はシルフのもとへ歩み寄った。シルフは依然、切り株に腰かけたままだ。
切り株の近くまで来ると、シルフは勇樹の手を取り、立ちあがった。そして、少女とは思えないほど厳かで、しかし美しいまなざしを勇樹に向けた。
「我ら四大精霊の問いかけに答えた人の子よ。我等は汝を力を貸すべき契約者と認め、ここに約定を交わす」
どうやら、勇樹と契約の約定を交わすつもりらしい。それも、四大精霊を代表して。
それはつまり、今後、力を貸してほしい時に四大精霊を呼び出し、その力を行使することができるということになる。
だが、それは本来、召喚術を行使する精霊使いの、いわば特権のようなものだ。精霊の力を行使するという意味で、勇樹もまた精霊使いだが、召喚術を行使することはできない。
だからこそ、疑問に思う。自分でいいのだろうかと。
だからこそ、不思議に思う。なぜ自分なのかと。
勇樹が迷っていることを察したのか、シルフは口調を変えた。
「……お願い、あなたなら、精霊と人間の架け橋になれる。二度とあいつみたいな人間を生み出すことがないようにすることも、きっとできる」
他の誰でもない、四大精霊の問いかけに満足のいく答えを導いたあなただから、みんな契約したいと望んでいる。
そこまで言われると、悪い気もしない。何より、一番頼りにしている存在が、こうして頼って来てくれたのだ。
期待にこたえなければ、失礼に値する。
勇樹はシルフの前にひざまづき、契約の言葉を唱えた。
「我が名は月影勇樹。四大精霊との契約を望むもの也」
我、契約の証しとして、こののち、我が拳は人と精霊とを守るために振るうことを誓わん。
勇樹が約定の言葉を口にすると、シルフは勇樹の手を取り、勇樹を立ちあがらせた。
「契約はここにはたせり。今より我ら四大精霊は、契約者「月影勇樹」が約定をたがわぬ限り、永久に加護を与えることをここに誓う」
契約の儀式を締めくくる言葉を紡ぐと、シルフは勇樹の手を取ったまま空へと浮かんでいった。
不思議と、恐怖を感じない。森が見渡せる位置までくると、シルフは勇樹の両手を取ったまま、くるくると回り始めた。
まるで、上空で踊るかのように。
「お、おいシルフ……」
少しばかり気恥かしくて、勇樹は顔をわずかに赤く染めていた。
それでもシルフは踊りをやめない。
「勇樹、私ね……ううん、私たち精霊はね、いつか、もう一度、こんな風に人間と踊れる関係に戻りたいと願っているの……だから、精霊を大切に思ってくれているあなたが契約してくれて、うれしい」
そう言われると、悪い気がしない。
勇樹は微笑みながら、しばらくの間、シルフの思うままにさせていた。




