二、
その頃、現の世界では一つの異変が起きていた。
日本から遠く離れた、「魔の三角海域」と呼ばれるアメリカ東部に位置する海域に、巨大な何かが観測されるようになった。
しかし、それは普通の人間には視認できていなかった。それなのに、飛行機や船のレーダーには巨大な何かが探知されていたのだ。
異変はそれだけにとどまらなかった。
世界各国の海辺にある集落、そこに根を張る土着信仰の指導者が、突如、狂乱し始めたのだ。その中で、あるものは大いなる神の再来を喜び、またあるものは大いなる災いを予見していた。
いずれにしても、何かが起きている。
それをいち早く探知したのは、宮の統括者であり、学園の理事長を務める術者、市原吉江だった。
「……思った以上に、計画を早める必要がありそうね」
吉江はけだるそうに加えていた煙管を口から離し、ため息交じりに紫煙を吐き出し、寝転がっていたソファから立ち上がる。
だらしなく着崩されている着物から、白い肌が顕わになる。それを気にすることなく、ずるずると裾を引きずりながら、吉江は電話の受話器に手をかけ、ある番号を押した。電話がつながり、受話器から不機嫌そうな男性の声が聞こえてきた。
「……なんのようだ?」
「あら、久しぶりなのにずいぶんな挨拶ね……少し、話さなければならないことがあるの」
これから起こる、この国の異変について、ね。
吉江は電話の相手にそう言いながら、手に持った封筒の中身、星が写された写真を取り出し、眺めた。そこには、星を読み取ることのできる人間にしかわからない、星が写したこの世界の未来が示されていた。
人間界でも精霊界でもない別の空間。
そこにうごめく何かがあった。
それのいる空間では、まるで眠っているかのように、風が規則正しく吹いている。そして、その風に運ばれて、名状しがたいにおいと気配が運ばれてくる。
その周辺に、人影があった。いや、人ではない。よくよく見れば、手にはかぎ爪と水かきがついている。そして、胸や首には、まるでえらのようなものが、ぱくぱくと開閉している。
人間の形をした何かは、その存在を前に、両手を上げ、声を上げた。まるで、それを己が信ずべき信仰の対象をかたどったものであるかのように。
――いあ、いあ、くとぅるふ、すたぐん、ふんぐるい、むぐるぅなふ、るるいえ、ふたぐん
闇の中、人間では理解できない、冒涜的な言葉の響きがこだまする。
そして、その声を聞いてなのだろうか、中央のその巨大な何かから、黄色い光が見えた。
まるで、長い眠りから目を覚ましたかのように。




