五、
ニコルが清めの言霊を紡いでいる間に、勇樹は手甲からシルフとドリアードを解放した。
手甲から解放されたシルフは、ウンディーネたちの隣へすっと飛んでいった。
四大精霊が勢ぞろいしている。その光景は、本来ならば生きているうちに遭遇することがまずできないであろう。
「みんな、ありがとう」
勇樹は力を貸してくれた四大精霊たちに礼を言った。シルフ以外の全員が勇樹のその態度に驚愕した。
今まで、精霊使いが自分たちを勝手な都合で呼び出し、協力させてきたが、そのことに感謝の意を示した精霊使いは少ない。それこそ、ここ数百年はそのような人間が存在しなかったほどだ。
だというのに、この少年は後ろにいる少女の助けをかりながらも、四大精霊全てのマナを受けとめただけではなく、精霊に感謝する心を持っている。
まして、彼は召喚術を使用できない精霊使いだ。そんな彼が、精霊と向き合い、接している。
この少年と少女ならば、あるいは。
「……少年、汝に一つ問いたい」
不意にイフリートから呼びかけられた勇樹は、きょとんとしたまなざしで精霊を見る。なぜ呼ばれたのかわからないので無理はないが、それを察しているのかいないのか、イフリートは続けた。
「汝にとって、精霊とはなんだ」
「……隣人、ですかね」
いや、違う。
勇樹はイフリートの問いに応えてすぐ、自分の答えが違うと否定する自分がいた。いや、精霊は隣人という認識は間違いではない。
だが、「ただの」隣人なのだろうか。彼らは、ただ単に都合のいい時に呼び出し、力を貸してもらうだけの存在ではない。それはしっかり認識している。だからこそ、単なる隣人ではなく、「善き隣人」という表現がされるのだ。
そこまで考えて、勇樹はシルフの方を見る。
今まで、シルフと過ごしてきた時間を思い出すと、ただ単に隣人と呼ぶには、あまりにも濃密だった。
そう、それを考慮して答えるのならば……。
「助け合うべき、友人……かな」
「……そうか」
ならば人の子よ、必要とあらば我が力を頼るがよい。
勇樹の言葉に満足そうにうなずいたイフリートは、その言葉を残してすっと姿を消した。どうやら、精霊界に帰還したらしい。
一体、何の意味があったのか。
勇樹の頭の中には大量の疑問符が浮かんだが、それを処理する間もなく、続けてウンディーネが質問をしてきた。
「あなたは、精霊と人とのかかわりをどうみますか?」
またも、どのような意図を以て聞いているのかわからない内容の質問だった。
ほんの少しだけ思案して、勇樹はその問いに答えた。
「壊れています」
即答だった。いや、これ以上に応えようがない。精霊だけではない。科学で何事も証明できるようになった今日、神と人間の関係も崩れている。
都合のいい時にだけ呼び出し、加護を願い、それ以外の時には見向きもしない。祭りもしない。
願えば、なんでも叶えてくれる便利な道具、としか考えていないのだ。
いや、だからこそ。そう思い直し、勇樹はさらに続けた。
「だからこそ、人が、精霊の恵みを思い出さなければならない」
その言葉を聞き、ウンディーネは勇気を愛おしげに見つめた。
いつも思っていたことだ。
シルフとの縁が深いためなのだろう。宮で学んでいる同級生たちだけではない、教官たちでさえ、精霊や神に何も感じていない。
全てが自然から、精霊や神の力で与えられていることを忘れている。だからこそ……。
「……あなたが、人と精霊との架け橋になれることを祈っています」
そして私も、そのために力を貸しましょう。
ウンディーネがそう言うと、イフリートと同じように精霊界へと帰還した。
――ノームも同じような質問をするのか?
一瞬だけ身構えた勇樹は、ノームを見た。
だが、ノームは特に質問をすることなく、そのまま帰還した。その態度に、身構えて損をしたと感じた勇樹だったが、今度はシルフが勇樹に問い詰めた。
いつものような明るい態度ではない。風の大精霊、その貫禄を感じさせる雰囲気を漂わせながら、シルフは勇樹に問うた。
「精霊をその身に宿し、操る者よ。汝が我らの力を操るのは何がためか?」
ある意味で、一番の難問かもしれない。勇樹はシルフの問いかけをそう感じた。
勇樹自身、戦うことが好きではない。もっと言うならば、木陰の下で読書をしたり、音楽を聞きながら眠りこけたりと、のんびりすることが何よりも好きだ。
それゆえに、戦うこと自体、できれば避けたいと感じていた。
だが、今回は初めて、戦わなければ、と感じた。
守らなければ。
ただそれだけのために、勇樹は拳を振るっていた。そして、その思いが、勇樹を戦いへと導いていた。
「……友を、精霊と人を守るために」
自分のまわりにいる人たちだけでもかまわない。自分が戦うことで、誰かの笑顔を守っていきたい。
それが、勇樹の純粋な思いだった。
その言葉に、シルフは満足そうな微笑みを浮かべ、帰還した。
シルフが帰還すると同時に、緊張の糸が切れたのか、勇樹は床に倒れ込んだ。




