四、
教官の不気味な呪文が響く中、勇樹はドリアードの木の葉に、イフリートの炎を灯させ、自分の周囲に浮かべさせていた。
勇樹が右手をかざすと、木の葉はまっすぐ教官に向かって飛んでいった。
ドリアードの力が宿った木の葉は、鋭い刃物のようになっているため、向けられた相手を切り裂くことができるのだが、木の葉は教官を傷つけることなく、すべて弾き飛ばされてしまった。
どうやら、さきほどリーネの言霊で強化された拳を防いだものと同じ障壁が教官の築かれているようだ。
「……ウンディーネ!」
木の葉を呼び出したまま、勇樹はウンディーネの名を叫ぶ。名を呼ばれたウンディーネは、小さな水泡を勇樹のまわりに呼び出した。
どうやら、木の葉と炎の混合技だけでは障壁を破れないと踏んで、数で押し切ることを選んだようだ。
「いっけぃ!!」
勇樹が叫ぶと、木の葉と水泡がまっすぐ障壁に向かっていった。
全ての木の葉と水泡が的中すると、ぱきん、という何かが割れるような音が聞こえてきた。どうやら、障壁が破壊されたようだ。
そのタイミングを見計らったかのように、彩の詠唱が響き、何かが燃えるような音がきこてきた。
「聖なる業火、火神の拳よ!」
最後の言葉が響くと、炎の球が教官に向かって飛んでいった。その球体を、呪文詠唱に集中していた教官が回避することはできず、命中した。教官は肉と服が焦げる嫌なにおいをまといながら、暗闇の向こうへと吹き飛んでいった。
勇樹は吹き飛んでいった教官を追いかけ、拳を構えた。その拳は、鋭くとがった岩となっていた。ドリアードの力で呼び出した樹木に、ノームの岩をまとわせて作った拳だ。どうやら、本気で殺すつもりのようだ。
シルフの風でいつも以上に早く、そして軽やかな動きで吹き飛んでいる教官を捕え、その拳を思い切り叩きつけた。
かなりの重量の拳が、教官の腹と背を貫き、内臓と血液を周囲に飛び散らせた。
駄目だし、と勇樹は右手を前に突き出した。突き出された拳の先で、風が球状に渦巻いた。
「こいつで、しまいだ!」
勇樹の叫びと共に、突風が吹き、宙に浮いていた教官の体を暗がりの向こうにある壁に叩きつけた。風がやむと、ぐしゃっという、何かがつぶれる音が暗がりの向こうで聞こえてきた。
どうやら、壁に激突した衝撃が、肉体の耐久を超えてしまっていたようだ。
「勇樹、浄化する。少し下がっていてくれ」
ニコルの言葉に、勇樹はうなずき、そっとニコルの後ろに下がる。
聖書をわきに挟み、聖水の瓶を取り出したニコルはその蓋をあけ、中身をその場にまく。本来ならば教官の遺体に直接かけるべきなのかもしれないが、ニコル曰く、聖水は穢れたものを清めるためだけでなく、穢れた場を清めることもできるからしい。
おそらく、ニコルが詠唱を行うには、この場が穢れきってしまっているのだろう。
聖水をまきおえると、瓶を懐にしまい、ニコルはわきに挟んでいた聖書を取り出し、頁を開いた。
「……主よ、我が言葉を聞きたまえ。我が望みに応えたまえ」
ニコルの言葉が始まると、すっと、何かが通って行ったような感覚を覚えた。
場が清められ、ニコルの言葉に応じた何かがここに来たのだろう。
しばらくの間、ニコルは聖書を開き、清めの言霊を紡ぎ続けた。




