三、
恐怖。
おそらく、今この場にいる全員の心をむしばんでいる感情を一言で表すならば、それなのだろう。
とにかく、勇樹たちは教官が紡いだ言葉からこれ以上ないほどの恐怖を感じ、身をすくませてしまっていた。
「さて……都合がいいことに精霊も多数召喚されているようだから……」
もう一度、儀式を再開してみようか。
どうやら、先ほどの攻撃で儀式は中断されていたようだ。
だが、今この場には自分が計算した以上の生贄がいる。精霊だけではない、精霊使い、精霊拳士、巫女、エクソシスト、魔法使い。見習いながらも、精霊や神にその力を借り、マナをコントロールする術を学んで来た若者たちが、この場には多数いる。
これだけの人数を生贄にすれば、たとえ星辰がそろっていなくても、旧支配者を呼び出すことは可能だろう。
勇樹はその言葉を聞いて、恐怖と言う感情が一気に薄れていった。
「……ない……」
「――ん?」
「冗談じゃない!」
勇樹は心のうちをむしばむ恐怖を打ち消すかのように、声を上げた。
自分だけではない。パートナーと友人や精霊が、シルフやドリアードが犠牲になる。そんなことをさせられるはずがない。
「シルフ!ドリアード!」
立ちあがった勇樹はこの場にいる精霊たちの名を叫んだ。
呼びかけられたシルフは右の手甲に、ドリアードは左の手甲に憑依した。
続いて、勇樹はウンディーネ、ノーム、イフリートの名を叫ぶ。呼びかけられた彼らも同様に、勇樹の方へと向かっていく。
彼らは手甲に憑依しない。いや、すでに手甲にシルフとドリアードが憑依しているため、「できない」といった方が正確だ。
「みんな、力を貸してくれ!」
勇樹がそう叫ぶと、呼び寄せられた精霊たちはこの人間が何を意図しているのかを察した。
憑依できるのは一体のみ。だが、肉体に憑依させるのではなく、精霊の加護を受けるだけであれば、何体同時であろうと可能だ。
精霊たちは目を閉じ、意識を勇樹に集中させる。すると、勇樹は体の中に何か暖かなものが流れ込んでくる感覚を覚えた。
それが精霊たちの、四大精霊が自分に加護として与えてくれたマナであることを察するのに、大して時間はかからなかった。
そして同時に、右の手甲からも同じように力が流れ込んでくるのを感じる。
――ありがとう、みんな
勇樹は心のうちで精霊たちに礼を言い、ふたたび教官に向き合った。
教官のその目は驚愕と好奇心に輝いている。
無理もないだろう。言ってみれば、勇樹は今、すべての四大精霊から直接マナを受け取った状態にいる。本来ならば、肉体が崩壊しかねないその状態を、目の前の生徒は、マナを完全に調和させ、自分の前に立っているのだ。
このような事例は、今まで出会ったことがない。
「ほぅ……実に美しい」
教官の心からの、そして素直な感想だ。勇樹の体からあふれ出るマナは、確かにこれ以上ないほど清冽で、そして、美しいかった。見る人が見れば、神や、あるいは救世主を思わせる存在感だ。
しかし、勇樹はその言葉が届いていないかのように、左手を前に出し、木の葉を呼び出した。
そして、その木の葉はイフリートのマナによって燃え上がっている。だが、その形は崩れておらず、まるで木の葉の周囲だけが燃え上がっているかのようだった。
ふと後ろを見ると、勇樹と同じように恐怖に打ち勝った桜が魔法陣の中で何かをつぶやいている様子が見えた。
どうやら、桜が勇樹だけではコントロールしきれないマナをコントロールしているようだ。
勇樹の視線を感じたのか、桜は目を細め、微笑んだ。勇樹はそれを見て、ほっとするのと同時に、協力してくれていることに感謝し、しっかりとうなずいて答える。
「さて、そろそろ始めるとしようか」
教官がそう言って、ふたたび呪文を詠唱し始めた。




