二、
教官は勇樹たちの姿を確認すると、何かをぶつぶつと唱え始めた。
どうやら、何かを呼び出すつもりらしい。
呼び出されるものについて、すでに想像がついている勇樹たちはそれを阻止するため、各々、臨戦態勢に入った。
だが、それよりも早く、教官の呪文が完成した。
呪文の完成と共に、地面が揺れる。
「ようやくだ……ようやく、我が悲願がかなう……」
「くっそ、させるかよ!」
召喚させてはならない、それを理解していたから、勇樹は教官に向かっていった。
すでに呪文は完成されている。今さら止めても無駄になることは、召喚術を使えない勇樹でもわかっている。だが、術者によって召喚されたものは、術者がそれにとどまり続けることを望まない限り、この世界にとどまることはできない。
つまり、召喚の途中であっても、術者の意識を途切れさせることができれば、完全な顕現を阻止することができるはずだ。
勇樹が行動した意図に気づいたのか、リーネは目を閉じ、言霊を紡ぎ始めた。
「其が拳は手力の拳、災厄を撃ち払う拳なり!」
リーネの放った言霊は、勇樹の拳に宿り、ほのかに光り出した。それを気にかけることなく、勇樹はその拳で教官を殴りつける。
通常ならば、大したことの無い勇樹の拳だが、リーネの言霊の影響を受けてか、殴られて教官は暗がりの向こうへと吹き飛んでいった。
それと同時に、揺れは徐々に収まっていった。どうやら、勇樹の予想は当たっていたようだ。
「……リーネ、頼むからもうこんなえげつない言霊は憑依させないでくれ」
教官が吹き飛んだ先を見つめながら、勇樹はため息交じりにリーネに頼んだ。その顔は不快感に歪んでいる。
殴りつけた時、勇樹の手には骨が砕ける感覚があった。おそらく、あごの骨が折れたのだろう。
あまり自分の拳で何かを殴った経験のない勇樹からしてみれば、正直なところ、気持ちのいい感覚とは言えない。
リーネが勇樹の言葉に謝罪を入れると、教官の声が響いてきた。
「やれやれ、あまりなめてもらいたくないな……」
「……あれでしゃべれるっていうのは、どういうことですか。教官」
勇樹の言葉に応えるかのように、教官は暗がりから姿を現した。だが、教官の顔には、勇樹に殴られた痕跡が全く見当たらない。
それどころか、勇樹に殴られたと言う事実自体がなかったかのように平然と振る舞っている。
「いやはや、言霊で強化されていたとはいえ、なかなかのパンチだったね」
教官は懐に手を入れ、一冊の小冊子を取り出しながら、勇樹のパンチを称賛した。
そして、冊子を開き、何かをぶつぶつと唱え始めた。そのつぶやきが終わると同時に、その場にいた全員が薄い氷が割れるような、ぱきぱきという音が聞こえてきたことを認識した。
「……簡単な防護結界、というわけですか」
「ほぅ……よく気づいたね、彩くん。普段の授業の時も、それくらい頭が回ってくれていたら助かるんだが」
彩の言葉に、教官は皮肉な笑いを浮かべた。
どうやら、その防護結界がパンチの威力を和らげたようだ。だが、あまりに強すぎたため、完全には威力を殺しきれず、吹き飛んでしまったらしい。
「……さて、邪魔が入ったが、これで終わりにしようか」
そう言うと、教官は再び、何かを唱え始めた。
だが、その言語はこの場にいた全員には、到底理解できるものではなかった。
紡がれる言葉、教官の口から放たれる言霊の一つ一つが、勇樹たちの心を恐怖で縛り、精神を犯し、肉体をこわばらせていった。




