九、
勇樹たちは見えない何かの正体が名状しがたい触手の塊であることを知り、本能の部分でその存在がここにいてはいけないのだと言うことを確信した。
勇樹が身構えると、触手が勇樹だけではなく、周辺にいる生き物と言う生き物全てに襲いかかった。
「シルフ!」
勇樹が手甲に憑依しているシルフに呼びかけると、ニコル達のまわりに風の障壁が現れ、触手の軌道を対象者からそらし、床にあるいは壁に激突させた。
だが、いつの間にか侵入していたのだろう、ネズミやトカゲと言った小動物の類は触手にとらわれ、徐々に干からびていった。
「……う、わ……」
「うっ……」
その様子を見ていた彩は不快感に顔をゆがませ、リーネは胃袋からこみあげてくるものをこらえきれず、その場で嘔吐してしまった。
インクがかけられていなかった部分が、徐々に紅に染まっていき、ようやくその全貌をあきらかにした。
「……さっさと倒してしまえばよかった……」
「……一気に決めよう」
その姿を見た勇樹はぽつりとつぶやき、ニコルはそれに応えるかのように、聖書に記された言葉を紡いでいく。
別にキリスト教徒と言うわけではないが、ニコルの言葉を聞いているうちに、勇樹は自分の心が落ち着いていき、このおぞましい生物――いや、生物と呼べるのかどうかは定かではないが――を前にしても、落ち着いて対処できそうな気がしてきた。
ほぼ完全に明鏡止水の領域へと入った勇樹は、胸の前で腕を十字に交差させ、振り下ろした。同時に、しゅっ、という鋭い音とともに風の刃が塊へと飛んでいき、触手を一瞬で切り裂いた。
切り裂かれた塊は、断末魔を上げたり、死の間際の痙攣を起こしたりすることはなく、そのまま、まるで霧のように消えていった。
「……本当に、あの教官は何を考えているんだ……」
勇樹はこの生物を召喚したであろう召喚士の教官は何を考えているのか、その意図が読めず、そっとため息をついた。
冒涜的な生物を討伐した勇樹たちは、リーネの容体が落ち着いてからさらに先へと進んで行った。
途中、いくつか階段を降りたものの、特に変わったものや誰かを監禁できそうな部屋は存在していなかった。
が、ふとシルフが壁の前で立ち止まり、勇樹に声をかけた。
「勇樹、この壁の向こうにへやがあるよ」
そう言って、シルフは壁をぺしぺしと叩く。勇樹は言われるままに壁に近づき、布の切れ端を垂らしながら、何処かに風の通り穴がないか探してみた。
すると、垂らしていた布が、かすかではあるがゆっくりと動いた。
「……シルフ、頼めるか?」
「ガッテン!」
元気良くそう返事をすると、シルフはいきなり突風を吹かせ、壁を破壊した。
ものすごい量の土煙と轟音を立て、壁が崩れ落ちた。
「ばっ……シルフ!もっと穏便にやってくれ!!天井が崩れるだろ!!!」
勇樹の叫び声が廊下に響いた。
かなり頑丈な作りの廊下であるため、そうそう簡単には崩壊しそうにないが、人が入らなくなって久しい建物のようだから、どのような衝撃で崩壊するかわからない。
「……ごめんなさい」
いつになく必死な勇樹の顔に、シルフは珍しくしゅんとなり、素直に謝った。
そっとため息をつくと、勇樹はシルフが開けた穴の中を覗き込んだ。
「おいおい……こいつは……」
そこには、大量の書物と、何かを実験的に呼び出そうとした痕跡が残されていた。




