八、
おかしくなってしまった同級生たちを、どうにか元通りにすることができた桜は、彼らとともに再び階段を目指した。
だが、かなり深い場所にあるのだろうか。階段を上っても先ほどと同じような風景が視界に入っている。
「……これ、またあれが出てくるじゃないだろうな……」
「それは……わからない」
隣を歩いている召喚士――月守悠馬、というらしい――がつぶやいた言葉に、桜はそう答える。
本当のところを言えば、これ以上あのような物体が出てきてほしいとは思っていない。
だが、黒幕があの物体を突破されたときのための対策をまったく取っていないはずがない。
それを考えると、桜は不安を感じざるを得なかった。
桜たちが階段を上った頃、勇樹たちは礼拝堂にあった隠されていた階段を下っていた。
今のところは、何かに遭遇してはいない。だが、どういうわけか、いまも後をつけられているような感覚がする。
それに、先ほどからくすくすという不気味な笑い声が聞こえてくる。
「……シルフ、何か感じるか?」
「上に、なにかいる……」
「上って……」
そう言って、勇樹は天井を見る。
しかし、そこには何も無い。いや、視覚では感知できないだけで、何かが存在しているのかもしれない。いずれにしても、このままの状態で先に進むのは少しばかり気が引ける。
どうしたものか、と勇樹がニコルに目配せして案を求めると、急に、ニコルの体が浮かび上がった。どうやら、自分の意志やリーネの術で浮かんでいるわけではないようだ。
「シルフ!」
勇樹の叫びに応えるかのように、シルフの体は光の球体へと姿を変え、手甲の中へと吸い込まれていった。
シルフを手甲に憑依させ、勇樹は手刀を振り下ろし、風の刃を召喚した。刃はまっすぐ天井に向けて飛んでいき、何かを切り裂いた。
すると、今度は耳に突き刺さるような甲高い音がした。それと同時に、ニコルは床に着地する。
どうやら、目に見えない何かがニコルを釣り上げていたようだ。
「大丈夫か?」
「あぁ……すまない」
ニコルは立ちあがりながら勇樹に返すと、懐から文庫本サイズの聖書とロザリオを取り出す。その腕を見ると、小さな穴がいくつかあいている。その穴から、微かにではあるが血が流れている。
天井を見ると、風刃で付けた傷のあたりにうっすらと紅い線が見える。
どうやら、ニコルの血を吸ったようだ。その吸った血が輪郭を生み出しているらしい。
「嫌な奴だな」
「……まったくだ」
勇樹の言葉にニコルは苦笑いを浮かべながらそう答えた。
吸血生物は、いままで何度か課題で対立したことがあり、なれているつもりだった。だが、いままで相手にしてきた吸血生物はいずれも視認することができた。少なくとも、一定量の血液を吸ってから姿を現すと言う、悪趣味な性質を持ってはいなかった。
「さて、どうしたものかな……砂でもかけとくか?」
「いや、ちょうどここにインクがあるから、これを使おう」
そう言って、ニコルはインク瓶を一つ、空中に放り投げた。勇樹はそれに向けて「風渦拳」を放つと、衝撃に耐えられなかった瓶が割れ、中からインクが飛び散る。
インクは重力に従い下に落ちるはずだったが、勇樹の放った風で、重力を逆らい、天井近くにいる何かに命中した。
インクをかけられた物体は、一部ではあったがようやく勇樹たちにもその姿を視認することができた。
その姿は、勇樹たちが想像していた以上に名状しがたい姿をしていた。
おそらく、血を吸えば、鮮血のように真っ赤な色をした姿になるのだろう。黒いインクでぬれたその姿は、牙が生えた無数の触手の塊だった。その一つ一つがまるで意思を持っているかのように、ぐねぐねとうごめいている。その口からは先ほどから聞こえていた不気味な笑い声が聞こえてきていた。
そして、その牙は勇樹たちに向かって一斉に伸びていった。




