七、
桜は異臭を放つ玉虫色の物体を前にして、恐怖心を抱きはしたが、ありったけの勇気を振り絞り、自我を保つことができた。
「ドリアード、お願い!」
召喚していたドリアードに頼むと、扉を破ったときと同様、床に手を置き、力を込め、木の根を召喚した。召喚された木の根は、その鋭い先端を玉虫色の物体に向け、勢いよく伸びていった。
当然のことながら、その先端は物体に突き刺さる。だが、あまり効果がなかったようだ。
なおも小鳥のような声が聞こえてくる。
「うえ~ん、桜ぁ……」
「……こんなときに泣かないでよ……」
あまり役に立てなかったことを悟り、ドリアードは涙目になりながら桜のもとに駆け寄った。桜はそれを受けとめ、頭をなでてはいたが、ぽつりと困ったような声でそうつぶやいた。
そんな光景を前に、物体はそんなことは関係ない、といわんばかりに、触手を伸ばし、立ちつくしている見習い召喚士たちを器用に捕まえ、ずるずると移動し始める。
どうやら、桜たちをこの場所に監禁した人物の意図が行動に反映されているようだ。あるいは、このために召喚されたのか。
いずれにしても、このままでは、またあの部屋に連れ戻されることが目に見えている。
「お願い、力を貸して!」
桜は自分が召喚したわけではない精霊たちに協力を求めた。
無駄かもしれないことはわかっている。基本的に精霊が力を貸す人間は、自分を召喚したものかあるいは何かしらの契約を結んだもののみだ。
桜が召喚したのはドリアードだけであり、他の精霊は周りにいる召喚主に召喚された存在であるため、基本的に力を貸すことは無い。
だが、精霊たちは自分を召喚した人間が危険にさらされていると察知したのか、あとから何かしらの対価を桜に求めることができるためなのか。いずれかは定かではないが、桜の声にこたえるかのように召喚士を捕らえていた触手に、イフリートは炎を、ウンディーネは水の刃を放ち、触手に攻撃を加えていった。
水の刃に切り裂かれ、本体と切り離された触手が炎にあぶられると、異臭を放ち、ぼろぼろと崩れ落ちた。
むろん、それを見逃す桜ではなかった。
「ドリアード、ウンディーネ」
桜は精霊たちに呼びかけると、その意図を察したのか、名を呼ばれた精霊は見習い召喚士を捕えている触手を本体と切り離すべく、攻撃を放った。
「イフリート!」
桜はイフリートの名を叫ぶ。呼ばれた意図を察したイフリートは、幾分か小さくなった本体に向かって火の球を投げつけた。火球が本体に命中すると、物体は先ほどの鳥のような声ではなく、甲高い耳に障る音を立て、のたうちまわった。
しかし、先ほどと同じように、物体は端からぼろぼろと崩れ落ち、その形を維持できなくなっていった。炎が無くなる頃には焼け焦げた跡しか残っていなかった。
「……これ以上、いないよね?」
桜がそう呟くが、その物体以外に奇妙な生き物が出てくる気配は無かった。
どうやら、あれが唯一の門番だったようだ。
桜はそっとため息をつくと、恐怖でおかしくなってしまった仲間たちの治療に取りかかった。




