一、
勇樹が『ネクロノミコン』を閉じたと同時に、ふと、頭の中で桜の声が聞こえた。
「……」
だが、振り返っても周囲を見渡しても、桜の姿は見当たらない。
気のせいと判断して、勇樹はニコルと彩から借りていた本を積み重ね、持ち上げた。
「……そう言えば、これ、どうすればよかったんだ?」
勇樹は、この本の所在がこの図書館のものなのか、それとも二人の所有物だったのかわからず、どうしたものかと、思案に暮れていた。
ふと、胸元に震えるものがあることを感じ、手に持った本を机に置き、首にさげていたお守り袋を取り出す。どうやら、シルフが眠っている翡翠が震えているようだ。
「……シルフ?」
「勇樹~。こから出して~」
袋の中からシルフの声が聞こえてきた。どうやら、目が覚めたらしい。
勇樹はお守り袋の口を開き、翡翠を取り出す。すると、翡翠は淡く光りだし、その光の中からシルフの影が現れる。
「やっと出てこれた~」
シルフはそう言いながら、大きく伸びをする。
どうやらずっと翡翠の中で眠っていただけなのだが、翡翠自体がかなり狭い空間になっていたため、窮屈な状態だったらしい。
「……何調べてたの?」
「……あいつのことだよ」
あいつ、という言葉にシルフは一瞬、キョトンとしたが、勇樹が何を示しているのかを察し、顔を曇らせた。
「勇樹、あれに触れてはいけない……」
「わかっている。だけどな……」
このまま人間と精霊の縁が切れたままというのは、あまりにも悲しすぎやしないか。
勇樹はそう言うと、机に置かれた本を持ち上げ、図書館から出ようとした。
そのころ、桜は暗い空間の中で目を覚ました。
立ち上がろうとするが、両手と両足を拘束されているらしく、身動きすることができない。
――ここは……
桜は今の姿勢で集めることができる出来る限りの情報を集め始めた。
自分がいるこの部屋の床は、石畳で作られている。ここに連れてこられる前に、礼拝堂にいたことと照らし合わせて、ここが教会の地下であることは容易に想像できた。
次に、できる限り体を動かし、周囲の状況を確認する。
周りには、自分と同じように両手足を縛られて寝かされている生徒が数名いた。そして、彼らが全員、見習い召喚士であることに気づいた。
どうやら、桜と同じように教官を尋ねて、捕らわれてしまったようだ。
――本当に、教官が黒幕なのかな?でも、だとしたら何が目的で……
桜は近くの壁に寄りかかりながら器用に立ち上がり、壁伝いに扉まで移動した。当然、両手が縛られているため、扉を開けることはできない。だが、鉄格子の向こう側を見ることはできる。
鉄格子の向こう側、扉の外を見ると何かの魔法陣のようなものが目に入った。だが桜は、それがただの魔法陣ではないことがわかった。
――あれは……召喚陣?だとしても、いったい何を……
桜は、それを見た時、勇樹が口にしていた、旧支配者の言葉が頭の中に浮かんで来た。
なぜ、それが浮かんで来たのかは分からない。だが、ここに監禁されてい理由は理解できた。
桜の頭には、およそ現代に生きている人間には想像できないであろう言葉が浮かんでいた。
生贄――これから召喚される神への供物、という言葉が。




