二、
勇樹が人気のない教室でシルフに呼びかけると、一分足らずでシルフは姿を現した。
「あら?珍しいわね」
「あぁ、少し聴きたいことがあってな」
勇樹の言葉に、シルフは何でも聞いて、と言って、勇樹の肩に乗った。それを気にすることなく、勇樹は先ほど桜から聞いた話をそのままシルフに話した。
シルフは少しばかり考え込んだが、首を横に振った。
「ごめん……精霊界に何か変なことが起きているかはわからないの……」
でも、気のせいかもしれないけど、少しこっちに来づらくなっている気がするの。シルフは少し不安げな表情で勇樹に語った。それを聞いて、勇樹も考え込んだ。
だが、退魔士としての戦闘訓練以外に、霊的なものの知識を学んだ事がないため、思い当たるものはなかった。
「勇樹、こういうときに頼りになる陰陽師が一人いるんだけど……話、聞いてみてもらっていい?」
「かまわないけど、なんで自分で聞かないんだ?」
シルフの頼みを勇樹は快く承諾したが、なぜ自分で尋ねないのか、そのことについては問い詰めた。シルフは少し困ったような顔になり、なかばいやいやながらと言った感じで、あいつと話すのはあまり好きじゃないの、と答えた。
勇樹はその理由に、ある種の理不尽さを感じたが、それでも陰陽師と言う人間には興味があったため、わかった、とだけ答えた。
「それじゃ、少しおまじないするね……目を閉じて……」
シルフに頼まれ、勇樹はそっと目を閉じた。ふと、眉間にシルフの手が触れ、何か暖かなものが流れてくるのを感じた。
「はい、おしまい」
「もう終わりか……で、なんのまじないだ?」
「「夢渡り」で陰陽師に会うことができるようにするおまじないよ。勇樹は、私たちの力を引き出すことしかできないから」
悪かったな、と心のうちで勇樹はつぶやいたが、それに気づいていないシルフは淡々と夢渡りで出会えるはずの陰陽師について説明を始めた。
その夜。勇樹は入学時に割り当てられた部屋で横になっていた。
とにかく眠かった。二度も精霊をその体に宿したのだ。それだけでも、それなりの霊力と生命力を消費するのに、シルフを二度も呼び出したのだ。生命力よりも、霊力の方にかなりの負担がかかってしまったのかもしれない。
考え事や誰かに電話をすることもなく、そのまま意識が闇の中へと落ちていった。
ふと目を開けると、そこには満天の星空があった。
「これ……夢、なのか?」
「そう、これは夢だよ」
勇樹のつぶやきに答えるように、若い男の声が聞こえてきた。
声のした方に向き直ると、そこには白い浴衣のようなものを着た、同じ年くらいの少年がいた。その胸元には、翡翠と同じ色をした宝石が埋め込まれていた。
「……もっとも、夢であって夢ではないのだけれど」
少年はそう言うと、こちらへ、と言って、勇樹をいざなった。その先には、テーブルと椅子が用意されていた。
すすめられるまま、勇樹は椅子に腰かけた。
少年もまた、勇樹の前に腰かけ、じっと勇樹を見ていた。
「あ、あの……」
「俺は土御門護……なるほど、シルフの言っていた通り、少し変わった人間だな」
護、と名乗った少年は、なおも勇樹を見つめながら、そう言った。どうやら、この少年が、今朝方シルフが紹介すると言った陰陽師らしい。
「あ、えっと……」
「名前」
「はい?」
勇樹自身、初対面の護とどう接したらいいのかわからず、しどろもどろしていると、護が急に勇樹の名を聞き出そうとしてきた。
あまりにも唐突と言えば唐突なその行為に、勇樹は少し困惑して、聞き返してしまった。
護はその態度にまったく驚くことは無く、なおも質問をぶつけた。
「君の名前だ。それとも、君かお前でよければそう呼ぶが?」
「……月影、勇樹です。勇ましい樹で『勇樹』」
「……」
勇樹が名乗ると、護はすっと顔を上げ、星を眺め始めた。勇樹もそれにつられるように星を見上げる。
陰陽師は、星の位置を読み解くことで、今何が起きているのかを知ることができるという。おそらく、護は今、星の位置を確かめることで、何が起きているのかを読み解こうとしているのだろう。
「……月影の姓に記憶にないな……勇樹、と呼んでいいかな?、君は陰陽師や巫女の家系じゃないのか?」
悪気がないことは、彼の眼を見ればわかる。だが、その質問に、勇樹は少しばかりの憤りと悲しみを感じずにはいられなかった。




