第7話 シバくか……(ミレイ視点)
「ミレイ、ごはん食べよ」
「ん」
お昼休みの時間か。今日もよく寝た。午前中は体育も移動教室もなかったから、ぐっすりだ。毎度毎度、お昼ご飯の時間になるとすぐに赤いチェックのランチョンマットで包んだ二段重ねのお弁当を持って訪ねてくるこのバカだけが、私の眠りを妨げる。
ふむ。今日の弁当は……お稲荷さんと太巻き。助六だな。火曜日の弁当担当は、八つ上のお兄ちゃん。月曜日もお兄ちゃん。水曜も、なんなら木曜と金曜日もお兄ちゃんが弁当の担当だ。二人暮らしのバディである私は朝が苦手なのだから、仕方がない。
しかし、華の女子高生に助六とは、なかなかセンスのいいものを持たせてくれたな。むむ!? このお稲荷め! 高菜が入っているのか!? うまい……うまいじゃないか。野生のシルバーバックの如く側面を刈り上げた銀髪モヒカンの兄貴が作る弁当は、見た目の豪快さとは裏腹に繊細な味付けを誇る。
ゆえに、毎日のお弁当は私の密かな楽しみなのだ。もちろん、ゴリラにわざわざ「お兄ちゃん、お弁当おいしかったよ♪ いつもありがと」なんて、人語を介して伝達するような無粋な真似はしない。
米の一粒も残さずに、空っぽの弁当箱を返す。
それだけで十分だ。
むむ!?
またこのバカは、飯も食わずにウジウジしているのか。
「はぁ……」
「ヒナ、お弁当食べないの?」
「食欲がなくてさ……」
「まったく」
あの事件からバカ……もとい、ヒナの元気がない。
ケイタの方は最近マサハルとよく一緒にいる。気にしてないとか言っていたけど、本当に気にしていないのだろうか。だとしたら、メンタルがイカれてる。
とりあえず、お気に入りの猫スタンプをプレゼントしてやったから、まぁ、大丈夫だとは思う。……猫のスタンプは可愛いからな。
しかし、マサハル。あのガリ勉があそこまでブチギレたのは予想外だったな。そんなに話したことはなかったが、案外私とフィーリングが合うのかもしれない。マサハルがブチギれてなかったら、私もスタンプだけではおさまらなかったはずだ。
問題はこっちのバカだ。このバカはケイタのことが好きなくせに、なんであんなことをしたんだろうか。バカの思考は理解ができなくて本当に困る。
しかし、自分で引き起こした大災害の余波で一週間も継続ダメージを受け続けている景気の悪そうなバカ顔をみていると飯が不味くなる。せっかくゴリラが早起きして作ってくれたというのに。
もともとガリガリの私だ。これ以上痩せたらそのまま消えて無くなってしまうんじゃないか?
……。
特にこの世にしがみつくつもりもないが、さすがに私だって、簡単に消滅してやるつもりはない。
ふぅ。
このかまってちゃんは、ずっとかまって欲しそうな顔をしていることだし。
面倒だけど、ちょっと話を聞いてやるか。
「ヒナ、なんであんなことやったの?」
「え」
「嘘告とか、バカな小学生がやることじゃん」
「別にそんなつもりじゃなかったんだよ」
「じゃああれはなんなの?」
「賭けをしてたの」
「賭け?」
「うん」
「なんの?」
「ケイタが私のこと好きかどうかみたいな」
「バカなの?」
確かにヒナはバカだ。高校に入って知り合った時からずっとバカだ。しかし、このバカは人をうっかり傷つけることはあっても、わざと傷つけるようなタイプのバカではない。
別のバカに、これまたバカなアドバイスをされたらしく、しょーもない男に言い寄られれば、ホイホイついていっちまうようなバカでもあるが、それはまた別の話だ。
バカなだけで貞操観念のゆるいバカではない。「バスケ部のチャラい彼氏の家にノコノコついて行った挙句、ベッドに並んで座ったは良いものの、その気になって襲いかかってきた野郎を蹴り飛ばして逃げてきた」なんて話もあるくらいだ。
ヒナの持つ『ケイタに対する愛か義理かはわからんもの』が、本能的に他の男と一線を超えぬようにしてきたんだろうな。
このバカに惚れてしまったその他大勢の男どもには同情するが、まぁ、顔だけは可愛くて、明るい人気者のバカに惚れてしまったのであれば、そういう運命だったと割り切るしかない。
さすがに、一年以上、ほぼ毎日、昼時になれば顔を合わせて下らない話を聞かされてきたんだ。そのくらいの分析は済んでいる。
「それで、なんで賭けが嘘告になるの?」
「ケイタが私を好きだなんて思ってなかったから」
「それ、本気で言ってたの?」
「なにが?」
「さすがに照れ隠しとかそういうのだと思ってたよ……」
「意味わかんない」
意味がわかんないのはこっちの方だ。
だめだ。
訂正しよう。
やはりこのバカのことはさっぱりだ。
◇
ヒナの話は全く要領を得なかったが、なんとか切り貼りを繰り返していくと、ようやく少しは話が見えてきた。
ルーズリーフを一枚取り出し、事実関係を箇条書きに並べる。あくまでヒナ視点での話だから、そこは注意が必要だ。
■——————ヒナ氏の証言1——————■
1. レオンに借金ができて体で返すか、賭けをするかの2択だった
2. 賭博の内容は「放課後の教室で二人きりになった時、ケイタがヒナに告るかどうか」
3. ケイタが告るに賭けたのはレオン、逆がヒナ
4. 二人は証拠保管用にスマホのカメラを教室に設置していた
5. 賭けに勝ったのはヒナ
6. ヒナがケイタに告白し、付き合うことになった
7. ヒナはカメラが設置してあることを途中から忘れていた
■———————————————————■
ふむ。
とりあえず、ここまではなんとなく整理ができた。
しかし、なんなんだ「体で返すか、賭けをするかの2択」って……。
ヒナは出会った時からそうなんだが、
「ケイタに『好きな人がいるの?』って聞いたら、『秘密』って言われたんだけど、秘密ってことは好きな人自体はいるってことでしょ? それで私気づいちゃったの……。すごく嫌だったの。他の人にケイタを取られるのが。そう思ったら、ああ。ケイタのこと好きだったんだって。気づいたら、『好き』って言ってた。賭けのことなんか全部忘れちゃってさ。でも、ケイタは私のことを好きだなんて思っていなかったから怖かった。それでね——」
みたいな感じで、事象と感情と因果を全部ごちゃごちゃにして話す上に、九割が感情の話だから、情報の整理が難しい。
普段の会話なら、私が寝ている間に勝手に話しているだけだからどうでもいいんだが、聞き込みをする刑事の立場としては非常に厄介な容疑者だ。
■——————ヒナ氏の証言2——————■
8. ケイタとヒナは二人で下校し、家に着いた
9. 家族と食事中に例の動画がグループチャットに流れた
10. レオンに消すように連絡した
11. 返事が来なかった
12. 通話を試みた
13. レオンは出なかった
14. スマホを投げたら画面が割れて自分から誰かと連絡を取ることが不可になった
15. レオンから通話が来て、動画を消したと聞いた
16. おそらくケイタは動画を見ていないとも聞いた
17. その時点で深夜の一時を回っていた
■———————————————————■
……。
理解が追いつかない。
クラスのグループチャットに変な動画をアップするレオンも、この時代に、このタイミングで連絡手段を失うヒナも、全く理解ができない。
私はそこまで理解力の無い人間ではなかったはずだが、こればかりは……。
いかん。頭が痛くなってきた。
■——————ヒナ氏の証言3——————■
18. 翌朝ケイタといつもの待ち合わせ場所で会った
19. その時点でヒナはケイタとまだ付き合ってると思っていた
20. ケイタは気にすんなと言った
21. ケイタは忘れてくれと言った
22. その「忘れてくれ」には、付き合ったこと自体を忘れる意味も包括していた
23. ヒナは了承した
■———————————————————■
……。
一応……なにが起こったかは、とりあえず……とりあえずだが、把握はした。
把握はしたんだが……理解はできない点がいくつかある。
先ほど私は「この女を少なからず理解しているようなこと」を言ったが、訂正しよう。おそらく私はこの生き物の思考を一生理解できないと思う。
「設置したカメラの存在を忘れる」とか、「ケイタへの連絡よりもレオンへの連絡を優先する」とか、「ブチギレてベッドに投げたスマホが破損する」とか。
なにを食って生きていれば、こんなバカが育つのだろうか。そもそも、このバカはどうやってこの高校に入学したんだろう。
しかし、ヒナがバカであることによるノイズがひどいが、友人を賭博のネタにした点を除けば……そこまで悪質ではない気がする。
ヒナの証言が確かなら……な。
なんなら、ヒナ本人は『嘘告』をしたつもりはないどころか、普通にケイタに告白して、彼氏と彼女になれたと浮かれていたくらいだ。
……。
問題はレオンだな。
ふむ。
レオンのバカを一回シメるのは確定として、こっちのバカはどうしたもんか。
もう、一回死なないと治らない水準のバカなのだが、死なれても困る。だったら「せめて元気なバカでいてくれ」と思うのだが、ここまで拗れてしまうとなあ……。
ケイタはもう吹っ切れたように、周りには見せているし、別にヒナを避けたりはしてないんだが、さすがにこの件でケイタに頼るのは気が引ける。
ここはひとつ、ガリ勉の知恵を借りるとしよう。
とりあえず……。
「ヒナ」
「ん?」
——ピコン
“Mirei UuouU から、迷い猫と踊るウサギのスタンプがプレゼントされました“
「あげる」
「え!? ありがと……。ミレイがいつも使ってるこのスタンプかわいいよね」
「これもあげる」
「ありがと。お稲荷さん美味しいね」
「うん」
当たり前だ。うちのゴリラの作ったお稲荷だからな。
まったく。
かわいい猫とお稲荷で応急処置くらいはしておいてやるか。
世話の焼けるやつだ。
ちっ。頭が疲れたな……。
……。
……。
......zzZ
◇
——キーンコーン
ん。あぁ、もう放課後か。
くっ。愚か者の独白を読み取るのに頭を使いすぎて、午後も爆睡してしまった。
さて、マサハルは……いた。
「マサハルー」
「おう。ミレイか。珍しいな。どうした?」
「この後暇?」
「ガリ勉に暇な時間なんてねーよ」
「お好み焼き食べ行こ」
「お好み焼きかぁ、実に興味深い。興味深いんだが……いかんせん、先立つものがなくてな」
「二枚までなら奢るよ」
「決まりだな」
「勉強はいいのか?」
「腹が減っては戦はできぬってやつだ。ガリ勉だって腹は減るんだよ」
マサハルはガリ勉のくせに、意外と冗談の通じるやつだな。センスの無い悪ふざけにはブチギレるところも好感がもてる。
「他に誰か誘うか?」
「いや、二人で話そ」
「おい」
「なに?」
「カメラはねーだろうな?」
「ないよ」
こいつ……。私をなんだと思っているんだ。
「ミレイー、私帰るねー」
「ん。バイバイ」
「じゃあなーミレイ。マサヒロ」
「ん。バイバイ」
「おー! おつかれー」
なんで若干気まずそうというか、居心地が悪そうな顔しながら一緒に帰るんだこいつらは。本当に理解ができない。
……。
こんなバカ二人のために、私はガリ勉にお好み焼きを奢るのか。
「早く行こうぜ!」
「焦らなくても、お好み焼きは逃げないよ」
「わかんねーぞ?」
……わかるよ。
◇
——ジュワワワワー
やはりお好み焼きは逃げなかった。当然だ。逃げ出そうにも足がないのだからな。タヌキをモチーフにしたマスコットキャラクターが目印で、豚玉一枚400円と、学生に優しい価格帯のお好み焼き屋。真剣な眼差しで卵とキャベツの混ざった粉の塊を鉄板に広げるガリ勉は、話してみれば、意外と口数の多いやつだった。
「——あのスタンプ連打はなんだったんだよ」
「怒ってたんだよ」
「だったら援護しろよ!」
「あれは援護のスタンプだよ」
「わかるかよ……っとぉ!」
ツッコミながら豚キムチ玉を裏返すとは、このガリ勉、案外器用なやつだな。手持ち無沙汰だ。どれ。
「おい! ぺんぺんするんじゃねえっ!」
「普通ぺんぺんするんじゃないの?」
「ぺんぺんするのは素人だけだ。ふっくらしなくなる」
「プロは?」
「最低限のタッチで攻めるんだよ」
「それも勉強したの?」
「ガリ勉はなんでも勉強すんだよ」
「へー(そーっと)」
「こらっ! おとなしくしとけっ!」
「ちっ」
まったく。口うるさいガリ勉だ。誰の金でお好み焼きを食っていると思っているんだ。ぺんぺんくらいさせろ。しかし、学校の勉強以外も勉強していたとは……。こいつはなにを目指しているんだ?
「んで、話ってなんなんだ?」
「あー。うちのバカがもうずっと落ち込んでてさ」
「自業自得だろ」
「いやー、それがまた複雑でさ」
「なにが?」
私は昼休みに事実関係をまとめたルーズリーフを見せる。
『20XX年10月XX日 嘘告事件調査ファイル 佐伯陽菜の証言要約』
「なんだこれ」
「報告書」
「おぉ、そりゃ話が早えじゃねーか。ミレイ」
「えらい?」
「えらいえらい……。ちょっと待て。えらいんだが……ちょっと時間をくれ」
渾身の提出物をガリ勉に褒められるのは悪い気がしない。しかし、ガリ勉でもこのXファイルを読み取るには時間が必要みたいだ。いや、気持ちはわかる。なんなら製作者の私だって、まだ完全にこいつを理解しているとは言い切れない。
「簡単に言えば、ヒナが馬鹿すぎて拗れたけど、嘘告自体が事実ではない」
「……なるほど」
おおっ! バカと違ってガリ勉は話がはやい。二十三行の箇条書きに一言加えるだけで「なるほど」だ。これからヒナと話す時はこいつに通訳を任せてもいいかもしれない。
「まぁ、自業自得ではあるんだけどさ」
「とりあえずケイタには、俺から伝えておくかぁ。『ヒナのバカはお前を騙すつもりとかそんなんじゃなかった』ってよ」
「さすが、ガリ勉は話が早くて結構じゃねえか。ヒナのバカは自分では言えなくなっちまってやがりやがるからよぉ。助かるぜえ」
「ミレイ」
「ん?」
「俺の真似か?」
「似てる?」
「練習不足だな。鍛え直してこい」
「あー」
ちっ。結構特徴は捉えてたつもりなんだが、付け焼き刃のモノマネは簡単に見破られてしまった。んー。ポイントは「ねぇよぉ」と「やがるからよぉ」だと思っていたんだが、それだけではガリ勉とは言い切れないらしい。
「俺も別に、あいつらのことはよくわからんけどよぉ」
「けど?」
「最近、一つわかったことがある。ケイタはみんなが思っているよりも、鈍感ではないみたいだ」
「あー」
「そして、なんだか、自分が我慢すれば良いと思っているフシがある」
「なるほど」
「今はだいぶ吹っ切れたみたいだけど、いや、それも本当かどうかはわかんねえが……。とにかく、嘘告事件の次の日はひどかったぞ」
「そうなの?」
「もう、道路で鼻水垂らしながら泣くわ、ラーメン食いながらまた泣くわで、俺の手持ちのポケットティッシュを全部使い切りやがった」
「ケイタって泣くんだね」
「なー。普段通りの無表情のまま、なんなら本人も泣いてることに気づいてなかった」
「あー」
そりゃそうだ。どんな裏があろうとなかろうと、この話の被害者はケイタだ。
私は恋心なんてものがいまいちわからないが、「ずっと好きだった相手と付き合えた! やったー!」と思ってたら、「嘘でしたーべろべろバー! 面白かった? ジョークジョーク」なんて言われたら、八つ裂きにしてしまうかもしれない。
想像するだけでムカついてきた。くそっ。お好み焼きはガリ勉にガードされている。他に何か八つ裂きにするものは無いのだろうか……。
とにかく、そんなケイタに助けを求められないから、ガリ勉の知恵を借りに来たのだ。
「ただ、ちょっと前みたいに『ヒナだけ!』って感じではなくなったな」
「それはそうだね。今は『マサハルだけ! ちょっとヒナ』って感じだもんね」
「茶化すなよ」
「んー。さすがにガリ勉でも、曇ったバカを元気なバカにする方法はわからないかー」
「ガリ勉を舐めるなよ」
「ほう?」
「来月、ケイタは誕生日らしい」
「なるほど?」
「ヒナの彼氏がいない時は、大体当日はヒナが何かしら祝い事をしてくれるらしい」
「……。『幼馴染とは』って考えさせられてしまうね」
「幼馴染がいねえどころか、一学年に五人しか同級生がいなかった村人には、難しい問いだな。入試でその問題が出たら、さすがの俺でも混乱しそうだ」
「少子高齢化は幼馴染すらも奪い取っていくんだね」
「それで、今年は俺もそのパーティにお誘いを受けているんだが、ミレイも一緒にどうだ?」
「私は誘われてないんだけど」
「今誘っただろ」
「じゃあ行く。さすがガリ勉だね。ケイタの誕生日がX-dayってわけだ」
「決行は11月29日だ」
「決まりだね」
やはりマサハルに頼ってよかった。具体的な策はまだ決まっていないが、少なくともプランを立てる段階までは進めそうだ。友達の誕生日パーティなんてのは、初めてで何をすれば良いかわからないけど、ガリ勉がどうせ予習してくるから、次の作戦会議で詰めればいい。
「ミレイ」
「ん?」
「俺はマサヒロだ」
「あ」
「覚えとけ」
「ん」
「しかしなぁ……」
「ん?」
「問題はレオンだな」
「あのバカはもう救えないね」
「……シバくか」
「やっちまうかー」
「……」
「マサハルの村ってどこ?」
「旧中園」
「あー。北の方の村か」
「ミレイは?」
「右妻」
「おお、ミレイは西の村か」
「そう。中学の同級生二十三人しかいない」
「俺は十七人だ……」
「「なるほど」」
このチビメガネがやたらと交戦的なのは、田舎者の血みたいだ。村人ってのはこれだから困る。
「まぁ、そんな物騒な話じゃねぇが、俺に策がある」
「聞かせて」
「あのな——」
その日。
北関東のとあるお好み焼き屋で、私とマサハルの二人。
『ガラパゴス村民同盟』が結ばれた。




