第6話 趣味が悪すぎる(マサヒロ視点)
——ガヤガヤ
——ガヤガヤ
——ガヤガヤ
……。
くだらねえ。
なんで俺はこんなド田舎に生まれちまったんだろう。家から通える一番の進学校は、県内の公立高校で、偏差値が上から七番目程度。難関私立大学には毎年合格者を出しているが、最難関の国立大学には数年に一人進学する程度の、『自称』進学校だ。
一応地元では頭が良いと言われている奴らが集まっているはずだが……。
——ガヤガヤ
——ガヤガヤ
——ガヤガヤ
この通りだ。
せめて茨城の中でも土浦……、贅沢は言わねえ。水戸くらいに住んでいれば、話は別だったんだが、運の悪いことに、俺は総人口が一万人もいない村に生まれちまった。
小学校はクラスが一つというか、同学年に生徒が五人しかいなかった。中学に入っても、一クラス四十人を埋めることすらできやしねえ。男女合わせて十七人。それが俺の学友だ。
別に中学の奴らが嫌いだったわけじゃねえ。俺だって中学生の頃は、年相応にバカなことをやって楽しかったし、普通に好きな女だっていた。
だがな……どうにも話が合わねえんだ。
「タバコは何を吸っている?」だ、「この間パクったバイクが隣町のヤンキーのやつでよー」とか、「地元の先輩だと誰が一番強いんだ?」とか……。
マジで興味が湧かなかった。
幸いなことに俺は勉強が得意だった。塾には行けなかったが、一学年の人数が少ないのと、そもそも勉強に興味のある生徒が俺しかいなかったこともあり、教師を独占できたのは運が良かったのかもしれない。
……。
いや。
中学三年間、ほぼマンツーマンで勉強を見てくれた担任の佐々木は、なぜこんな田舎の中学校で教師をしているのかわからないほど優秀だった。しかも、卒業してからも何かと世話を焼いてくれている。それを考えれば、生まれた土地が悪かったとも言い切れねえな。
まぁ、とにかくだ。SNSなんかを見ていても、俺の出身地は完全にガラパゴス化していて、都会のやつからしたらフィクションだと思われるような村だってことはわかっていた。
だから、ある程度勉強ができる奴らの集まってくる高校に進学すれば、気の合うやつの一人や二人、見つかるんじゃねーか、なんて思ってたんだ。
それが……。
——ガヤガヤ
「この間、英語の中村と揉めちまってよぉ」
「あいつムカつくよな。海外留学経験みたいなのを鼻にかけているというか、いつも『僕が海外にいた頃はね、君たちみたいに言われたことだけやって満足している生徒はいなかったよ。日本の教育がいかに遅れているか、外の世界を知らない君たちにはわからないだろうけどね』とか、日本から出たことねえやつを見下してるというか……」
「なっ! だから言ってやったんだ。『先生って出身大学はどこでしたっけ〜?』って」
「あいつ、学歴コンプ酷いから効いたっしょ!? どうなった?」
「顔真っ赤にして『どの大学に行ったかじゃなくて、何を学んだかが大事なんだ』みたいなことを一生騒いでたわ」
「うわぁ。やっぱFラン出てるやつはしょーもねーな」
これだよ。
自分の成績をいじくり回す権限を持った大人と揉めて喜んでやがる。
確かに英語の中村はまぁ……鼻につくところがあんのは分かっけどよ、別に悪いやつじゃねえ。質問に行きゃちゃんと答えてくれるし、それなりに言ってることも普通の大人だ。
いかんせん、チビで禿げてる上にマウント癖があるから、無駄にプライドの高ぇうちの高校の連中からすりゃ目の上のコブなんだろうが、揉めて得することなんか一つもねえってのにな……。
自称進学校に入ったとて、会話のベクトルが違うだけで、俺の中学の奴らと、さほどレベルは変わらなかった。
まあ、どうにもならないことを嘆いていても仕方がねえ。佐々木は言っていた。
『高校で話が合う奴が見つからなくても、大学に行けば見つかるかもしれない。それでダメなら社会人になってから探せばいい。会社にいなければ旅をしてみろ。出会いなんてそこらじゅうに転がってるさ』
って。
だから、俺は今できることをやろう。大学は国立。給付制の奨学金狙いだ。俺の学力と、母子家庭というバックボーンを最大限に活かせば、上京して一人暮らしってのも視野に入る。すでに情報は入手済み。あとは学力を向上、維持するだけだ。
……。
別にクラスの奴らも、話が合わねえだけで嫌いじゃない。なんなら、わりといい奴が多いと思う。俺が勉強していても邪魔してこねえってのは、中学の奴らとだいぶ違うところだな。
「じゃあ、体育祭の打ち上げは今週の土曜日、駅前のお好み焼き屋で決定ね!」
「オッケー!」
「楽しみだねー!」
「詳細はグループチャットに送っとくから見といてねー!」
「はーい!」
……。
なんだ打ち上げって。聞いてねーぞ。俺は体育祭でも結構活躍した気がしたんだが……。
てか、グループチャットなんてあったのか?
……。
そういや、4月。クラス替えのすぐ後に誘われた気がするな。
『これ! クラスチャットのログインQR読み込んでね!』
『おお。ありがとなー』
『一週間でリンク切れるから早めに入ってね!』
『おお。ありがとなー』
あー。
あの時は、ノートの清書に集中していて……グループに入り忘れちまったようだ。
くそっ! 完全に自滅じゃねーか……!
今更グループに入れてくれとも言いにくいし、まぁ、打ち上げなんかに誘われないのは寂しいもんだが、別にイジメってわけでもないし、しゃーねーか。
お好み焼きには興味があるんだがな……。
まぁ、いっか。どうせ行っても、話は合わねえだろうしな。そんなことより、佐々木お手製英文集の第二十八弾『NEE HORIESAN』でもチェックするか。
——What he doesn't know won't hurt him. → 旦那にバレなきゃ問題ないさ。
ふむふむ。
「ヒナ。マサハルがグループにいないぞ」
ん? 佐伯陽菜と山本圭太か。幼馴染とか言ってたけど、付き合ってんのか? しかし、俺以外にもグループに入ってねー奴がいたのか……。良かったな、マサハル。お前は気づいてもらえて。
——I'm not a homewrecker, but... → 家庭を壊すつもりはないんだけどさ……。
ふむふむ。これは……入試に出るのか?
「え? マサハルって誰?」
佐伯陽菜……薄情な奴だな。クラスの中心で誰とでも仲良くしているような顔をして、クラスメイトを忘れるとは。可哀想なマサハル……いや、そんなやつクラスにいたか?
まあいい。
——Quick, hide! My husband's home! → 早く隠れて! 夫が帰ってきた!
I got fucked over!!
佐々木め……やりやがったな! あいつは教師のくせに時々妙な悪戯をしかけてきやがる。
「ガリ勉のマサハルだ」
「ガリ勉はマサヒロだよ!……本当だ。グループには誘ったんだけどな」
Wait, they were talking about me this whole time!?
——No shit, Sherlock. → ご明察だ、名探偵さん
Shut up, Sasaki!
くそっ! 集中力が途切れてしまった!
「マサハル」
「ん?」
「今週の土曜、体育祭の打ち上げでお好み焼き屋に行くんだが、一緒にどうだ?」
「あ、ああ。行って良いのか?」
「当たり前だろ! クラスメイトじゃないか!」
「じゃぁ、参加させてもらおうかな」
「おお、良かった! 勉強の邪魔じゃないか?」
「別に、そんな毎日勉強ばっかしてるわけじゃねえよ」
「ガリ勉なのにか?」
「お前はガリ勉をなんだと思ってやがる……」
「お好み焼きも食わずに勉強ばかりしていると思い込んでいた」
「ガリ勉だってお好み焼きは食うんだよ!」
「そうなのか!?」
「それから、俺はマサハルじゃねえ! マサヒロだ! 覚えとけ!」
「何!? いつからだ!」
「母親の股から捻り出された時からだボケェ! 思春期に悩んで改名するような名前でもねえだろ!」
こいつはなんなんだ!? ボケてんのか、天然でやってんのか、俺をおちょくってんのかわかりゃしねえ。
「ところでマサヒロ、グループチャットには入らないのか?」
「あ、いや、誘ってはもらった気がするんだが……入り忘れちまってな」
「そうなのか!? ヒナ! マサヒロのことをグループチャットに招待できるか?」
「いけるいける♪ はいこれ! QRコード! 今入って! 忘れるでしょ! ガリ勉のくせに!」
「お前たちはガリ勉をなんだと思ってるんだよ!」
「勉強のしすぎでグループに入り忘れるやつ♪」
「それは……ガリ勉だな」
「ハハハ! 何それ! 意外! 勉強ばっかしてるからもっと堅苦しいやつかと思ってた!」
「偏見がすぎるぜ……」
「「「ハハハ!」」」
めっちゃ周りに笑われてんじゃねーかっ! くそっ。夫婦漫才に巻き込まれちまった。
……。
こんな大声出したの久しぶりだな。
——ピコン
グループチャットが早速動いている。
[手招きする猫のスタンプ]
『ようこそマサハル』
『マサハルじゃねえ! マサヒロだ!』
[笑う猫のスタンプ]
[笑う猫のスタンプ]
[笑う猫のスタンプ]
いつもうつ伏せで寝ている、飯島美麗がひたすらスタンプを送ってきやがる。くそっ。変なイジラレキャラになっちまった。
おのれケイタめ。許さんぞ。クラスのやつと話が合わんと思っていたが、ケイタに関しては宇宙人なんじゃねえかと思うレベルだ。マジでこいつは佐伯陽菜のことしか興味が無いみてえだ。俺の名前すら覚えてねえ。
だがまぁ、こいつが誘ってくれなきゃ俺はバカな英文を覚えて、脳の容量を無駄遣いするところだったわけだからな。そこは感謝しておくか。
お好み焼きも食えるしな。
……。
ちょっと話が合わねえより、宇宙人くらいの方が案外面白いのかもな。
まぁ、こんなのも悪くはねえ。
◇
「おはよー! マサヒロ」
「おっす」
あれからだいぶクラスに馴染んだ気がする。相変わらず話は合わねえけど、中学の時ほどではない。よくよく話してみれば、趣味と言っていいのか……うまい飯屋の情報交換くらいはできる奴もいた。
別に特定のグループに入っているわけじゃねーけど、それでもケイタやヒナとは顔を合わせれば自然と挨拶をする仲だ。
俺は俺で勉強があるし、あいつらはあいつらで色恋にうつつを抜かしてやがるからな。若者は青春するもんだ。俺も大学に行ったら、酒と恋に溺れてやる。
高校はまぁ、今くらいでちょうどいい。
◇
気がつけばもう十月か。受験まで……あと一年ちょっと。今の学力をキープできればまぁ、入試も奨学金も問題ねえ。評定もマックスだし、教師たちからの評価も悪くねえ。金の問題がなかったら、私立の推薦とかでもいいんだけどな。これでも一応進学校だ。高田と日吉の枠も1つずつ指定校推薦がある。
まぁ、体調を崩したり、変なことさえしなければ、一般入試で問題ねえ。ガリ勉の俺が勉強できねーやつから指定校の枠を奪うってのも悪いしな。指定校推薦は無いものと考えて……と。
——ピコン
スマホの電源を切り忘れていたみたいだ。
——ピコン
——ピコン
くそっ。これだよ。こんなもんが手元で光ってちゃ勉強にならねー。ちゃっちゃと電源を切るか。
——ピコン
——ピコン
……。
珍しいな。こんな通知が来るのは。クラスのチャットか。
電源を切る前にとりあえず通知マークを消したい。俺はこれがあると勉強に集中できねえんだ。
ちょっとだけ確認しよう。
……。
[怒った猫のスタンプ]
『ニヤケすぎだろ』
『めっちゃ本気にしてるwww』
『俺もヒナが好きだっ![キリッとした顔]』
【 [[動画を再生する]] 】
『嘘告に浮かれるケイタ氏 〜 俺もヒナが好きだっ!』
……。
俺は無意識のうちに再生をタップしてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『じゃあさ、私と付き合わない?』
『へ?』
『好き……って言ってるの』
『マジか……』
『ケイタはどうなの!』
『俺もヒナが好きだ。本当はずっと……初めて会った時から……』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……。
「は?」
それから先は勉強どころじゃねえ。
なんていうか、シンプルにブチギレてしまった。
これはもう、話が合わねえとかじゃねえ。
趣味が悪すぎる。
しかも、なんだよこの無駄に凝った編集は。
カメラが何台セットしてあったのかはわからんが、複数のアングルから撮影された映像がテンポよく切り替わり、ケイタが照れた瞬間には顔がアップになる。告白の台詞にはわざわざエコーがかけられ、絶妙なタイミングで効果音やテロップまで差し込まれている。
この無駄に高い編集技術を『ケイタの浮かれた表情を全力で笑いものにするため』に使っていやがる。信じられねえ。なんでこんなくだらねえことに、ここまで手間をかけられるんだよ。
……クソ。
体育祭の打ち上げに誘ってもらった時のあれが、最初で最後の発言になっていたなんてことはどうでもいい。気がつけば俺は、決して自分から発言することのなかったグループチャットにトークを打ち込みまくっていた。
『何やってんだよ』
『ケイタが面白かったから、編集頑張ったw』
『全然面白くねーんだけど』
『冗談じゃん』
『ガキかよ』
[怒った猫のスタンプ]
『は? ガキはそっちだろ』
『クソが。消せよ』
『は? なにキレてんの? 意味わかんな』
クソボケレオンが……。マジでこいつは意味がわかんねえ。ケイタとは別の宇宙人じゃねーか。どうやってうちの高校に入ったんだよ。
『なんでマサハルキレてんの?』
『意味わかんな』
『勉強のしすぎで頭おかしくなったんじゃね?』
『www』
[威嚇する猫のスタンプ]
『ガリ勉は勉強しとけよつまんねーから』
『マサハルは勉強しとけ』
『マサハル』
ボケの取り巻きどもがはしゃいでやがる。つかよぉっ、テメェらが今、笑い物にしてる奴の持ちネタを使ってんじゃねーよ!
クソがっ。北野。テメェが狙ってるであろう、最難関私立大学の指定校推薦枠を一つ奪ってやろうか。俺はマジでできるぞ。
『ガリ勉が調子乗んなよ』
『ボケがよぉ! ガリ勉様が日吉の指定校推薦枠を一つ潰してやろうか!?』
『は? なにマジになってんの?』
『ガリ勉なめんなよ!』
『意味わかんな』
『**** ***!』
『さすがにそれは一線超えたわ』
『テメェらは最初から一線超えてんだよ』
[ブチギレる猫のスタンプ]
ミレイはなにがしてえんだよ! こいつも怒ってんのか?
だめだ……。
わけがわからん。
——ピコン
『ごめん! 寝てた!』
ケイタ、寝てたのか!? マジかよ!? てか、今何時だ!?
——深夜二時
草木も眠る丑三つ時じゃねーか!
俺はこんなバカどもの相手を五時間もしていたのか!?
勉強もせずに……マジかよ。
『ケイタ、大丈夫?』
ミレイが初めて文字を打った。良かった。こいつはふざけていたわけじゃなかったんだな……。
『全然気にしてないよ! 見事に引っかかってしまったのは恥ずかしいけどな!』
『だから言ったろ、冗談だって! ケイタはこんなことでキレたりしないっしょ』
気にするだろ普通よぉ! ケイタはキレなくても、俺がキレてんだよボケが!
[怒った猫のスタンプ]
『可愛い猫だな』
[怒った猫のスタンプ]
[泣いている猫のスタンプ]
[落ち込む猫のスタンプ]
『まぁ、俺は気にしていないから、寝よう。明日も学校だ』
[眠る猫のスタンプ]
『ケイタが大丈夫って言ってるんだからこの話は終わりな!』
[呆れた猫のスタンプ]
『ケイタ! 元気出せよー!』
『おやすみ』
……。
くそっ。
バカとの言い合いに夢中で、ケイタのケアを忘れていた。本物のバカは俺じゃねーか。とりあえず、だいじょうぶか?っと。
『大丈夫か?』
『大丈夫。なんか庇ってくれていたのに、悪いな!』
『いや、お前が大丈夫ならいいんだけどさ』
『ありがとなーマサヒロー』
『なんかあったら言えよ。おやすみ』
『ありがとー。おやすみ』
はぁ……。
こいつがいくら宇宙人でも、これは気分が悪いだろ。
大丈夫なわけねーよなぁ。
というか、なんでこれを大丈夫だとジャッジできるやつが同じ学校にいるんだよ。
一応偏差値は65くらいあったと思うんだが……。
はぁ。
ヒナの演技は無駄に本格的だし、レオンは無駄に編集に凝ってるし……。
くだらねえ。
その才能をもっと人の役に立つことに使えよ。
はぁ。
寝よう。
……。
そういや佐々木が言ってたな。
『あ? どうしようもなく落ち込んだ時? バカみたいに酒飲んでゲロ吐いて寝たら、ゲロと一緒に悩みなんか流れていくよ』
『きったねーな。しかも、未成年は使えねーじゃん』
『未成年ならラーメンだな。人生の大体の問題はラーメン食っときゃどうにかなる』
『そういうもんかねえ』
……。
……。
……。
寝れねえなぁ……。
『体育祭の打ち上げでお好み焼き屋に行くんだが、一緒にどうだ?』
……。
ケイタ。
塩ラーメンって食ったことあるかな。
……。
明日誘ってみるかー。




