第4話 動画を消して(ヒナ視点)
まさか、ケイタが私のことを好きだったとは……。いや、今思えば何も不思議じゃない。むしろ、気づいていなかった私の方がおかしいまである。
「ケイタは幼馴染だから」とか言いながら受け取っていた献身は、少なくとも愛のない相手に向ける類のものではない。それを勘違いしていたのは私の方だ。
……。
そして、ケイタを他の女に取られると勘違いして、ようやく気づいた自分の気持ち。
「別に、付き合ってから好きになるって、あるあるじゃない?」なんていう友達の言葉を真に受けて、これまで告白してきた男と何回か付き合ったことはある。だけど、しっくりこなくて、特に進展もなく、すぐに別れてを繰り返していた。
いや、進展が無いって言い方は無責任だったかもしれない。相手はいつだって前に進みたがっていた。問題は私の方で、手を繋ぐくらいはできても、キスとか……それ以上は無理だった。
バスケ部の田中先輩には「初めてなんてそんなもんだよ」って言われたけど、それだけは気持ちが悪いというか、どうしても前向きにはなれなかったんだよね。
一度だけ先輩の家に遊びに行った時、押し倒されそうになって焦った。全力で突き飛ばして、逃げ出し、気が付けば、なぜかケイタの家族と一緒に晩御飯を食べていたんだから驚きだ。
田中先輩はめちゃくちゃ怒っていて、そのまま別れることになったけど……そりゃそうだよね。後から聞いた話によると、男の家に行くとは、つまりそういうことらしい……。私は一般常識が足りなかったみたいだ。
だって、ケイタの家に遊びに行っても、そんな雰囲気になったことなどなかったのだから。
私がそんなんだから、田中先輩も、サッカー部の高橋も、一組の竹内も、割とすぐに私とは合わないなって思ったんだと思う。
半年も交際が続いた相手はいなかった。
そんなことしているうちに、一部の男子の間で『佐伯陽菜は男好きだ』なんて噂が流れたりもしていたらしい。うちのクラスの連中は、そんな噂を気にしてはいなかったみたいだけど。
……。
そんな私をケイタはどんな思いで見ていたのだろう。
私だったら……。
……。
くだらないことを考えるのはやめよう。私とケイタは違う人間なのだから。わからない。大事なのはこれからだ。
だって、私とケイタは付き合っているんだから。
ふふふ。
「ヒナー! ご飯よー!」
「はーい」
◇
「今日はからあげよ」
「唐揚げ好きー!」
「ケイタくんのお母さんがね、『最強のつけだれを生み出してしまった』なんていうから、レシピを教えてもらったの!」
うちのお母さんとケイタのお母さんは仲良しだ。いつも料理のレシピを考えては、交換しあっている。時々変なものを作ることもあるけど、大体は美味しい。
「んんんー! 美味しい! これは確かに最強だね!」
「ハハハ。ヒナ。ゆっくり食べないと火傷するぞ」
「だって美味しいんだもんー!」
「ヒナはいっつも幸せそうだな」
お父さんはいつも優しい。ケイタのお父さんが部長で、うちのお父さんは課長とか言ってたけど、会社のことはよくわからない。ただ、お父さん同士も仲良くて、土日になるとよく、一緒にゴルフに行っている。
「んんーーー! 今日が一番し・あ・わ・せっ♪」
「ハハハ! なんかいいことでもあったみたいだな」
「まあねー♪」
——ピコン
ん?
クラスのグループチャットだ。
動画……?
『嘘告に浮かれるケイタ氏 〜 俺もヒナが好きだっ!』
……。
ええっ!?
なんで。
あれ。
あ。
動画撮ってたんだ。
え。
意味わかんない。
なんで載せるの?
嘘告って……。
別に嘘じゃないのに。
消させなきゃ。
「ごちそうさま!」
食器も片付けずに部屋へ駆け込んだ私を、両親がどう思ったのかはわからない。
混乱する頭の中で、言葉が浮かんでは消えてを繰り返す。
その中に、一つだけやたらとクッキリとしている単語があった。
『ヤバい』
これだけはまったくブレる様子がなかった。
◇
——ピコン
——ピコン
——ピコン
リビングから自分の部屋に移動する間に、すでに通知が20件も溜まっている。レオンのバカ、何やってんの!? 信じられない。
しかも『嘘告』って、それこそ明確に嘘じゃん。
とにかくバカレオンに動画を消させなきゃ。
『ねえ! 動画! 消して! 意味わかんないんだけど!』
返事が来ない。
グループチャットの方がどんどん盛り上がっていく。
——ピコン
——ピコン
——ピコン
『やば』
『ケイタかわいそ』
『趣味悪すぎだろ』
『冗談だって』
なんでこのバカはグループの方には返事してるの!? ってか、マサヒロ怒ってるじゃん……。
[怒った猫のスタンプ]
ミレイ!?
定期テストでは毎回一位を取っているガリ勉のマサヒロは何やら怒っている様子だし、普段グループチャットなんかに絶対トークを送らないミレイがスタンプを送っている。
レオン……返事してよ!
そうだ、通話……!
——トゥルルル
——トゥルルル
——トゥルルル
出てよおおおお! 思わずスマホをベッドに投げつけてしまった。
——ポヨンッ……バキッ
え!?
マットレスのバネは想像していたよりも反発力が強かったらしく、私のスマホを跳ね飛ばし、ベッドフレームにあたったスマホの液晶はバキバキになっていた。
え!?
嘘!?
待って。
意味わかんない!!!
……。
だめだ、動くけど、操作がほとんどできない。
——トゥルルル
着信だ!
誰からの着信かは確認できないが、おそらくレオンからの折り返しだろう。
液晶操作ができないスマホのサイドボタンを押して、通話に出る。
『ちょっとレオン! 何やってんの!? マジで! 早く消して!』
『あー、動画は消したよ。別に冗談じゃん。賭けはお前の勝ちだから、弁償はもういいよ』
『そういう話じゃないでしょ! 嘘告って、違うじゃん!』
『別に間違ってはいないだろ。ヒナもケイタのことは好きじゃないって言ってたじゃん』
『だからってこれは違うでしょ!』
『意味わかんねえ。カメラあるのわかってて、悪ノリしたのはヒナじゃんか。普通にフリかと思ったんだけど?』
『マジで話になんない……頭おかしすぎでしょ』
『別に、冗談だろ。ケイタはそんな気にしねーって。お前のやることなら全部許すだろ。あいつは』
『それは、そうかもしれないけど……』
それはそうだ。確信がある。あいつは明日になれば、必ず待ち合わせ場所に来るし、私を責めたりはしない。
そして私が謝れば、「気にすんな」とか言って終わるはず。ケイタはいつもそうだ。
……よくよく考えれば、私たちはすでに付き合っているのだから、嘘告もクソもないだろう。
焦りすぎて頭が回らなくなっていたみたいだ。
『だから冗談で済ませるのが一番だって! マサヒロが大袈裟に騒いでるだけで、別に誰も気にしてねーよ』
『そうなの?』
『そうだよ』
私のスマホから、グループチャットはもう見れないが、確かに通知が多い割には、マサヒロとレオンの二人でトークしていた気がする。
『そっか……。動画は消したんでしょ?』
『消した消した』
『ケイタからはなんかあった?』
『無い。あいつは気にしてないというか、そもそも見てないんじゃないか?』
『そうだったらいいけど』
『だからもう気にすんなって! じゃあな! マサヒロがうるせーからバトってくる』
『ちょっ』
——ガチャ
……。
……。
……。
あのバカ。勝手に通話を切って……。
スマホの液晶はもう使い物にならない。どうやら、今の通話で最後の灯火が消えたようだ。
どうしよう……。
知らないうちにかなり時間が経っていたみたい。
もう深夜一時……。
家族同士で仲が良いとはいえ、さすがにこんな時間にケイタの家のチャイムを鳴らすわけにはいかない。
まいったな。
……。
不意に夕方、二人しかいない教室で、私の彼氏になった瞬間のケイタを思い出す。
『ああ。……嬉しいよ』
すごく嬉しそうだった。
バーベキューで鶏の丸焼きを作った時も、柔道の大会で優勝した時も、私が「ケイタと一緒の高校に行きたい」って言って勉強を始めた時も……ケイタは嬉しそうにしていた。
それでも、今日が一番だったと思う。
……。
動画、見てないといいな。
見てたとしても、謝れば許してくれるよね。
ケイタだし。
彼氏だし。
まだお風呂にも入ってなかったな。
……。
◇
結局お風呂に入って、ベッドで目を瞑ったけど、一睡もできなかった。
ひどい顔をしている。
ケイタが見たら、心配するかもしれない。
……。
待ち合わせ時間まではまだ一時間もあるが、とにかく家でじっとしていられなかった。一秒でも早くケイタに会って謝りたかった。
ケイタが来ない。
当たり前だ。まだ待ち合わせの時間では無いのだから。
昨日の夜はあっという間に過ぎていた時間なのに、なぜこうも長く感じる?
本当に二十四時間って同じスピードで流れているの?
寝不足のせいで変なことを考えていると、ケイタが来た。
「おはようヒナ」
「おはよー」
ケイタはいつも通りだ。落ち着いている。動画は見なかったのかな?
「昨日はなんか、大変だったな」
さすがにそんな都合の良いことはなかったみたい。
「ごめんね。巻き込んじゃって」
「いいよ別に。いつものことだ」
「いつものことって……」
ここまでの迷惑をかけた覚えはなかったけど、昨日の事件もケイタにとってはいつものことらしい。
私はこれまでどれだけの迷惑をケイタにかけていたのだろう。少なくとも今回のような事件を起こした自覚はなかったけど……。
知らず知らずのうちに、これまでもこんなことをやらかしていたのかな。
……自分という生き物が、怖くなってきた。
「まぁ、俺も変に浮かれちまったけど、別にそんなに気にしてない」
「そうなの?」
よかった。少し眠たそうな目でしっかり前を向いているケイタは、本当に気にしていなそうだ。
「まあ、昨日のことは忘れてくれ」
「……え?」
「彼氏とか彼女とか、俺たちそんなんじゃないんだろ?」
え……。全然そんなんじゃなくないんだけど——。
それも忘れなくちゃいけないの?と言いかけたけど、やめた。
まっすぐ前を向くケイタの目が、少し赤いことに気づいてしまったから。
一晩泣き明かした私と同じ目だ。
ケイタは笑って許してくれる。
それは確信していた。
でも、ケイタは無茶をする奴だってことを忘れていた。
私が気づいていなかっただけで、これまでも、こんなことがあったのかもしれない。
そして、これからも……。
「あ、うん。そうだね。ごめんごめん」
「はは。良いよ。でもまぁ、俺も恥ずかしくはあったかな」
でも、これからのことは、防げる。
私がもっともっと、気を使って生きることさえできれば……。
「怒ってる?」
「怒ってないよ、忘れてくれればそれでいい」
「本当に気にしてない?」
「気にしてないよ」
「そっか。じゃ、行こ」
「おう」
もしかしたら、違う選択肢もあったのかもしれない。
ケイタは平気だって言ってるし、怒ってないとも言っている。
そして、「忘れてくれればそれでいい」とも。
昨日、勢いに任せて「好きだ」と言った私だけれど、一日経ったらなぜか、ひどく臆病になっていた。
少なくとも冷静になった今、ケイタに「好き」と言うのがすごく怖くなってしまった。ケイタが今一番聞きたくない言葉かもしれないから。
それが逆である可能性もゼロではない。
でも、そんな分の悪い賭けに乗る勇気は、今の私には……無い。
賭け事には向いてないことがわかったばかりだ。
少しくらい反省の色を見せないと、本物のバカになっちゃう。
ケイタが「忘れてくれ」と言っているんだもの。
私の「好き」に蓋をすればいい。
そうすれば元通りだ。
そして、これからは、せめて、私の知らないところでケイタを傷つけるのだけは、どうにかしよう。
私はバカだけど、そのくらいはできるはずだ。
ようやく自覚した私の初恋は、ただ、好きな人を傷つけて終わってしまった。
……。
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