第27話 チクるとか、復讐的な……(パシリ視点)
状況がうまく飲み込めない。何があったんだ……何で僕たちは仲良く田中の吐いたゲロの掃除をしているんだろう。
僕は喧嘩をしたことなんかない。小学校の時も、中学校も、やんちゃなやつはいたけど……僕はいつだってパシリで、殴られる側だ。
……それでも、さっきの先輩。ケイタさんより怖いヤツは見たことがなかった。
田中だって身長はかなり高いし、運動神経も悪くないはずだ。実際、たまに肩パンとかされるとめちゃくちゃ痛いし、本人は喧嘩が強いみたいな感じで話していた。
それが……。
「ゴホッゴホっ」
「だ、大丈夫か? 田中……」
「あ、ああ」
「だから、ヒナさんに変なことするとヤバイって言ったじゃんか」
「まさか、ここまでヤバイとは……思ってなかったんだよ」
この通りだ。
僕がビビりまくっていた田中がケイタ先輩の前だと、何もせずに一発でゲロを吐かされて、他の奴らは最初から白旗だ……。
今だって言われた通りにおとなしくゲロを片付けているんだから、すごい話だ。
「俺と佐藤はケイタさんと小学校が一緒だったんだけど、小四だか小五の時、当時有名だった不審者を血祭りにあげたってのは有名な話だ」
「サトミが『ヒナさんが止めてなかったら、殺してたんじゃねーか』って言ってたよな……」
「さとみ?」
「俺らの同級生。そのサトミが不審者に連れ去られそうになった時、ケイタさんとヒナさんが現れて、助けてくれたらしいんだけど」
「……」
「ヒナさんが不審者に殴られた瞬間、ブチギレたケイタさんが不審者をボコボコにしたって……」
「マジで殺しちゃうんじゃないかと思ったって言ってたな……」
「中学では柔道強すぎてめっちゃ表彰されてたし、不良の先輩とかも絶対ケイタさんには手を出さないようにしてたんだよ」
「そういえばさ、俺の兄貴も——」
佐藤と鈴木が語るケイタさんの武勇伝は、フィクションとしか思えないものばかりだった。
僕はそんな危険な人間の逆鱗に触れるようなことをさせられていたのか……。
「田中、お前もう、変なこと考えてないよな?」
「変なこと?」
「チクるとか、復讐的な……」
「あれは……そういうレベルじゃねーだろ……。お前、アレに投げられてみろよ……。ゲロで済んでよかった。マジで内臓が出るかと思ったぞ……」
「よかった、田中がそこまでバカじゃなくて」
「あぁ、兄貴……大丈夫かな。殺されちまうんじゃねえか?」
あの田中が、やり返す気力すら無くなっている……。いや、確かにすごい迫力だったけど……まさかこんなことになるとはなぁ。
田中の兄貴は大丈夫なんだろうか……ケイタさん、相当怒ってたよな……笑いながら、脅してたし……。
「とにかく、ヒナさんの噂、否定して回ろう。明日」
「あぁ……。まぁ、バスケ部とクラスの連中と……あとはまぁ、一年の教室回って忠告するかぁ」
「そしたら、俺は明日一組に行くから、高橋は三組、佐藤は四組、鈴木は五組でパシリは六組でいいか?」
「あぁ」
「おっけー」
「了解」
「う、うん」
当たり前のように僕も人員としてカウントされている。六組か。中学が一緒のやつが何人かいたよな。まあ、噂を流すんじゃなくて、否定するなら、問題はないか。
「そしたら、明日の昼休みにでも各教室に行って、一旦注目させてから注意・忠告する形でいいか? それから、クラスのグループチャットに入れてもらって、文書でも忠告しよう」
「あぁ。うちのクラスには俺が流しておくよ、ってかまぁ、うちのクラスは俺たちが話さなきゃ、別にみんなも話さねーだろ」
「サンキュー高橋。バスケ部の連中には俺が言っとくわ。この噂、マジでヤバイから気をつけろって……」
「オッケー。そんで、田中、兄貴はどうするんだ?」
事の発端になった田中の兄貴……バスケ部の三年で、ヒナさんと付き合ってすぐ別れたとかなんとか。
兄貴から聞いたヒナさんの性的な話を振りまいていたのが田中なわけだし、兄貴は兄貴で三年やバスケ部の連中に話しまくるから、学校中で噂になったのだから……。
想像するのも恐ろしい。
「今日、家に帰ったら……言ってみるよ『ヒナさんの話は人にしない方がいい』って」
「それで収まるんか?」
「いや、わかんねーけど……ダメだったらあのバケモンに襲われるのも自己責任だろう……」
田中は兄貴と仲が良いとはいえ、明確な上下関係はあるようだが、身を挺して兄貴を助ける気は無いらしい。
「そしたら、レポートの書式はどうする?」
高橋が問いかける。書式は自由で良いと言っていたが、ドキュメント形式にするか……スライドを作るか……迷いどころだな。
「ス、スライドで良いんじゃ無いかな……。活動内容は、
『各クラスのグループチャットで警告』
『教室を回っての声かけ』
『場面を見かけたら都度警告』
『田中の兄貴への伝達』
で、俺たちの責任範囲でのモニタリングを各クラスの友達がいれば任せて、主観でいいからどんな感じかを計測したものをグラフ……いや、一般生徒のコメントで月曜の朝に一ページ入れれば、ケイタ先輩に見せられるんじゃないかな。僕、作ってみるよ」
僕たちの声かけ活動に効果があると仮定したら、この形が無難ではあると思う。とりあえず明日の活動後にアプリで資料を——
「パシリ、お前……」
「あ、ああ、ごめん! 田中! でしゃばったかも!」
「いや、やるなぁ……。明日、これまでの金持ってくるからさ……そのスライドに載せてもらっていいか?」
「え?」
「俺も、昼飯代に使わせた金、明日持ってくるよ」
「俺も……」
「俺もだ、悪かったな……」
鈴木に佐藤、高橋……。
金、返してくれるのか。
……。
別に金なんていいのに……。
僕が欲しかったのは、金よりも……友達だったんだ。
「じゃ、じゃあさ! 明日から僕がこのグループのリーダーってことで、いいかな?」
「お前、そういうとこだぞ……」
「調子に乗りやがって」
「ケイタ先輩がバックにいるからって……」
「なんでこう、いつも空気が読めねえんだ」
……。
どうやら僕はまた何か間違えてしまったらしい。
中学の時もそうだったし、小学校のときも……。
そういえば、コイツら、最初は普通に仲良くしてくれてた気が——
——プッ
「はははは」
「ははっ。お前、本当に調子にのるとうぜーよな」
「明日からリーダーか……リーダーって……小学生かよ……ふふっ」
「レポートよろしくな……リーダー」
——ガシッ
ゲロのかかった制服のまま、田中が僕の肩を抱く。
「じょ、冗談だってっ!」
「良いんだよ。ヒナ先輩の噂撲滅委員会のリーダーっ! よろしくな」
「……へ?」
どうやら僕は大役を担う事になってしまったらしい。
また、間違えてしまったみたいだ。
それでも、明日からの学校生活は少しだけ生きやすそうだ。
綱渡りよりはマシか……。
やれやれ。




