第23話 ——ズズズズッ
やはりさっきの空き教室のあれは、ヒナだったみたいだ。しかし、おかしな話だな? 俺はなんとか自分の衝動を抑えたつもりだったし、ユウトもミヅキも、俺が突入しないようにしてくれたんだと思っていたんだが……。
俺はまた何かを間違ってしまったのだろうか。
「俺はまた、何か間違ってしまったのか?」
「そうだなあ。間違ったと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃないのかもしれないが……」
「ケイタってヒナの気持ち、考えてる?」
「ヒナの気持ち? 考えているつもりではあるが——」
待て。俺はヒナの気持ちを考えたことなんて……あったか!?
いや……ある。
あるにはあるんだが……。
気持ちを考えているというより、行動から察しているというか、決めつけているというか——。
なんてこった。
ヒナのことすら俺は……。
俺は、自分のことばっかりだ。
ヒナに喜んでもらいたい。
ヒナに一緒にいてほしい。
ヒナが元気だと嬉しい。
……。
自分のことばっかりじゃないか!?
しかもそれで、ヒナを思いやってるつもりだったし、ヒナの気持ちを考えているつもりだった。
だけど、よく考えてみろ。
それは俺がやりたいことであって、ヒナがやってほしいと思っているかなんて、わからないじゃないか。
あの動画の時もそうだ。
ヒナが「俺のことを好きだ」と言えば、「そうか、好きなんだな」と喜んだ。
「嘘告動画」なるものが流れてくれば、「そうか、嘘だったんだな」と思い込んだ。
さっきのこともそうだ。
ヒナがどう思うかなんて、本当は考えていなかった。「俺が出ていけば迷惑をかけるだろう」と勝手に決めつけていた。
あの時ヒナは……。
「——タ。ケイタ」
「あ、あぁ。すまんな、ミヅキ」
「大丈夫?」
「ああ。あれって、ただの告白……では無かったのか……?」
「あれは多分、あれこそ嘘告というか、罰ゲームというか……」
「罰ゲーム?」
「多分、ヒナになんかこう『いやらしいことを頼んでみて、ダメでも笑い物にできるし、実際に何かあればそれはそれで……』みたいな」
「……何で、ヒナなんだ?」
「それは——」
「あぁ、俺から話す」
「ユウト……ごめん。ありがと」
放課後、空き教室の前でもそうだったし、なんなら教室でも確かに何かみんな、俺に隠し事をしているような気がしていたんだが……。
ヒナに関係あることだったのか。ヒナがやらしい罰ゲームの対象にされているだけでも俺はすでに限界なんだが……聞きたくない。
聞きたくないんだが……。
あぁ、そうか。
俺が聞きたくないってわかることだったから、みんな俺に聞かせないようにしていたのか。
そんな話を、ここでしようとしてくれてるのは……。
多分、俺に今、必要な事なんだろうな。
ほら、漢らしいロックなバンドマンのユウトが、少し困った顔をしている。本当はユウトも言いたくないんだろうな。
人の気持ちを考えるってのはこういうことなのかもしれない。
ありがとうな。ユウト、ミヅキ。別に仲良くもない俺なんかに気を使わせてごめんな。
いや、仲良くないなんて思っちゃだめだ。マサヒロだって言ってたじゃないか。
俺は仲良くなりたくて、二人のことを知りたくて、今日ここにいるんだ。
真摯に聞き入れよう。
全てを。
「——イタ。ケイタ。大丈夫か?」
「あぁ、すまん。ちょっとぼーっとしてた。続けてくれ」
「あ、あぁ。別に嫌がらせってわけじゃないんだけど、クラスのみんなはあんまりケイタとヒナの耳に入らないようにしている噂があってな」
「噂?」
「最近、ひどい話が、結構有名になってて、その、言いにくいんだけど……」
「あぁ、言いにくいことを言わせてしまって悪いが、聞かせてくれ」
「あ、ああ。その、なんていうか、ヒナがこう、男を取っ替え引っ替えで……」
「彼氏が何人か変わっていた話か」
「そうだな。それだけならいいんだけど、なんていうか、こう、『頼めばすぐにヤラセてくれる』みたいな、そんな話をしてる奴らが最近いるみたいで……」
「……」
俺の知らないところで、そんなことになっていたのか。ヒナは多分、そんな感じじゃない。バカだけど……そんな貞操観念の緩いタイプのバカではないはずだ。
それも俺の願望なのだろうか。
いや、さすがにそんなことはない。
そうであってほしい。
ヒナの自由なんだが……。
俺はそういうことに口を出しても良いのだろうか。
「ケイタ……。俺はほら、あんまりクラスで友達も多くないからさ、よくわかんないけど、うちのクラスの奴らはそんな話しねーよ?」
「そうそう! 私たちも他のクラスの仲良い友達がそんな話したら『それはデマだよ』って伝えるようにしているし」
「……うちのクラスの奴らは、みんないいやつだもんな」
「あぁ、俺もそう思う。打ち上げとか、みんなで集まるとかなると、俺とかマサヒロみたいな、ちょっと浮いてる奴も誘ってくれるしな」
「うん。ヒナとかレオンとか……バカだけど明るくて、いいやつらが、クラス全体の雰囲気をよくしてくれるんだと思うよっ」
「あぁ。ユウトもミヅキもいい奴だ。マサヒロもミレイちゃんもレオンも、みんないい奴だ。俺はみんなで仲良くっていう、ヒナの作り出す空気が大好きなんだ」
「バカ。それは俺も一緒だって。みんなそうだよっ! ほら、レオンがバカなことしたって、変なことにならなかったろ? 普通絶対あんなことあったら、雰囲気悪くなるじゃん!」
「そうだよっ! グループチャットでは揉めてたし、次の日はちょっと教室でも騒いでたけど、何人かで集まって話したんだよ? 『当人たちが納得してるなら、私たちが首を突っ込むことじゃない』って」
あぁ、あの時、俺の知らないところでそんなことが起こっていたんだな。それこそ、ここにいる二人は別にクラスで浮いているというわけではないが、特定のグループに属しているわけでもない。
そんな二人が参加している話ということは、割とクラスのみんなが関わっていたんだろうな。
やっぱり、いい奴らだな。うちのクラスの奴らは。
「そっか、なんか、俺が思っていたよりも、気を使わせていたんだな」
——ズズズズッ
「な、何言ってんだよ。ケイタだって、いつもみんなの事助けてくれてただろ」
「そうだよ。クラス替えしてすぐ、私が机ひっくり返しちゃった時のこと覚えてる?」
「いや、覚えてないな……」
「はは。しょーがないか、ヒナヒナだもんね。ケイタは」
「すまん」
「私は覚えてるよ。仲良い友達とクラスが分かれちゃって、友達もいなくて、不安だった時に、何かにつまづいて、私の机とレオンの机を一緒に倒しちゃって、中身が全部飛び出てさ」
「あぁ、あれか、覚えてるぞ」
「そう。ほら、レオンって仲良くなるといい奴だけど、見た目もイカついし、結構仲良い奴以外には厳しいじゃん?」
「あぁ、確かに金髪だな」
「だから、ヒナとケイタがすぐに『大丈夫か』なんて言って、片付けるの手伝ってくれて助かったんだ! それで私のノート拾って『おお、字が上手いな』なんて……すごく嬉しかったんだよ?」
「そうなのか。俺はヒナについていっただけなんだが……」
「それでも嬉しかったの」
「そうか。ありがとうな」
——ズズズズッ
俺は本当にヒナについていっただけなんだけどな。ヒナしか見えていなかったから。でも確かに、ミヅキの字を見て驚いた記憶はある。
すごく、上手だなって。
「俺もそうだよケイタ。ほら、もう、わかったろ? 俺、ちょっとシャイなんだよ」
「あぁ、シャイだし、女が苦手な青春ロック……」
「まぁ、そういう事だな……。そんなだからさ、放課後、バンドの練習ある時にさ、初めてギター持って学校行ったらさ、ほら、やっぱ、ちょっとこう、周りの目線が気になったりさ」
「そうなのか!? バンドマンってそういうの気にしないもんだと思ってたんだが」
「気にするんだよ。バンドマンだって。でも、ケイタが『ギター、かっこいいな。ちょっと弾いてみてくれよ』なんて言い出してさ……いや、あれも恥ずかしかったんだけどさ」
「あぁ、あれか、あれは……楽しかったな」
「あぁ。そしたらヒナが『リクエスト! COSMOS』なんて言い出して、あぁ、合唱のあれかーなんて……」
「まさか、本当にリクエストが通るとは思わなかったな。うまかったし」
「とりあえず弾いてみたら……多分、あれもそんなちゃんと弾けてなかったと思うんだけど、ヒナが歌い出して、そしたらなんかみんなで歌い出してさ」
「あぁ、楽しかったな」
「すげー楽しかった! ロックを感じたよ。その日からじゃん。俺がバンドマンって呼ばれ出したの」
——ズズズズッ
俺も昔、ヒナが突然やりたいとか言い出すから練習してみたけど、ギターって難しいんだよな。
何曲か覚えたやつは弾けるけど、いきなりリクエストされた合唱曲を弾くって……すごいことだと思う。
「確かに。やっぱりヒナはすごいな」
「あぁ……何を食って生きてきたらあんなふうになれるんだろうな」
「カラアゲ……かな」
「カラアゲかぁ。俺、胃に来るんだよな。揚げ物」
「ははっ。プロフィール帳に書いておくよ」
「おいおい、もっとかっこいいこと書いておいてくれよ」
「ユウトは、言いにくいことを俺のために言ってくれるし、ちょっと凹んだ顔をしたら慰めてくれるいい奴って書いておく」
「……それはそれで照れくさいな。でも、ヒナだけじゃなくてさ、一緒にいるケイタもそうなんだよ。俺たちにとってはさ」
「……ヒナの家のカラアゲと、うちのカラアゲは、レシピが一緒なんだ」
「ははっ! それならうちにもシェアしてくれよっ! オカンに作ってもらうよ」
「私にもお願いっ! カラアゲ! 食べてみたい!」
——ズズズズッ
「あぁ。今度お母さんに頼んでみるよ」
「あは、あはははっ!」
「え!? ユウト、泣いてるの?」
「いやぁ、ロックだな。ケイタ! こっちこい!」
「お、おう」
そう言って俺を呼び寄せると、ユウトは顔をぐちゃぐちゃにしながら抱きついてきた。
「ケイタ! 俺はお前のこと好きだぞっ! これからも仲良くしてくれっ!」
ユウトはなぜ泣いているんだ。わからないけど、俺のことを想ってくれているのはわかる。優しくていい奴なんだな。
「唐揚げ、ちゃんとレシピ教えてよ……そしたら作ってくるから——」
抱き合う俺とユウトの上から被さるようにして、ミヅキも抱きついてきた。さっきまで照れて逃げていたユウトだが、今回は逃げ出さないみたいだ。
……。
ミヅキの顔がある位置、俺の首元。濡れている気がする。ミヅキも泣いているのか……なぜ。
——ズズズズッ
あぁ……。
またか。
いつからかわからないけど、泣いてたのは俺だったのか。
それで、二人は気を使ってくれたのか。
……。
マサヒロの時と一緒だな。
俺はなぜか自分が泣いていることに気づけないんだ。
まったく。
俺は勘違いばっかりだな。
……。
プロフィール帳を作りながら、薄々気づき始めていたんだが……ヒナの友達だと思ってたみんなは、ちゃんと俺の友達でもあったみたいだ。
ヒナが周りを巻き込むから、俺もついていっただけなのに、周りの友達から見れば、俺も巻き込む側の人間だったらしい。
俺がヒナにしてもらったことを覚えているみたいに、みんなも、みんななりに覚えていることがあるみたいだ。
そこに俺がいることもある。
それが少し……いや、結構……いや、とてつもなく嬉しい。
ヒナの問題は何も解決していないのに、不謹慎かな。
……。
まだ、問題は残っている。
マサヒロに相談してみよう。
俺には頼れる友達がいるんだから、頼ろう。
少しだけ、本当の意味で強くなれた気がした。
「ありがとな。二人とも」
「ふふ。二人とも、好きだよ」
「ロックだな」
なぜか泣き出してしまった俺たち三人は、『残り十分です』のコールが来るまで、そのまま抱き合っていた。
……ロックだな。




