第22話 空き教室の前で……あれ、ヒナだよな?
あとは六人。『二年五組のプロフィール』もだいぶ埋まってきたな……。
みんな快く協力してくれて助かる。だいぶクラスメイトのことを理解してきた。
進学校にいながらタバコなんか吸ってるヨウスケは、ちょっと不良なのかと思ったら妹の弁当を作ってやってる良い奴だった。
アニメオタクの北野は成績が良くて、日吉大学の推薦を狙っているらしく、ガリ勉のマサヒロに警戒心を抱いているらしい。
ヒナと仲の良いレナは、ヒナの彼氏三号の辰村とやらと仲が良くて、付き合う付き合わないで悩んでいるヒナの背中を押したことを後悔していた。
……。
みんなから話を聞いてみると、俺が思っていたよりも、みんな考えて生きているし、一人一人がちゃんと人間だった。
ひなにベッタリの雛をやってて、人間じゃないのは俺だけだったみたいだ。
このプロフィール帳が完成する頃には、俺も少しは独立した生命体になれているのだろうか。
そうだといいな。
よしっ! 頑張るぞっ!
今日は……藤田悠斗と高木美月。
ユウトは帰宅部で、中学時代の友人とバンドを組んでいるとか言ってたな。ミヅキはお母さんが書道の先生で文字が上手いとかなんとか。
今日でもうちょっと詳しく知れると良いんだが。
——トントン
む? ヒナか。
「ケイタ、今日は?」
「あぁ、すまん。今日はユウトとミヅキの日なんだ」
「そっか、その手帳のやつ?」
「ああ。そろそろ完成だ」
「そっか、頑張ってね」
「おう。ありがと。また明日なっ!」
「うん、バイバイ——」
——ガチャ
「ヒナー! 後輩が呼んでるよー!」
「なんだろ? ちょっと行ってくるね! バイバイケイタ!」
「おお、気をつけろよ」
「うんっ! ありがと!」
……。
ヒナは相変わらず人気者だ。友達がいっぱいいて引っ張りだこだ。先輩にも後輩にも人気だし、もちろん同級生にも人気だ。
俺は後輩に呼び出されたことなんか……あると言えばあるか。
……。
また、ヒナに恋する若者からのアプローチなのだろうか。
ヒナは可愛いしモテるから、大変だな。
……。
また、付き合ったりするのだろうか。
……。
だめだ。
あの日に、俺の箱から飛び出してしまった『好き』の気持ちが、悪さをし続けている。
気にするな。気にするな。
そう言い聞かせようとしても、いうことを聞きやしない。
いくら体を鍛えても、筋肉をつけても、掴めないし殴れないものにはなんの効果もない。
ベンチプレスが100kgを超えても、リンゴを握り潰せても、瓦を何枚破れたところで、悪さをする『好き』を抑えることの一つや二つもできやしない。
……。
俺は本当に強くなっているんだろうか——。
「わりぃケイタ、待たせたなっ!」
「ごめんねっ。ちょっと先生に捕まっちゃってさっ」
「ん、あぁ、全然構わないぞ。今日は時間をとってくれてありがとうな」
「ははっ! ケイタの変な手帳だろ? 全然良いよ。俺もケイタと遊んでみたかったし」
「ねっ。『私だけ聞かれないのかなー?』ってちょっと寂しかったんだから」
「俺も俺もっ!」
「おお、それは、悪いことをしたな」
「ははっ! 冗談冗談!」
「じゃあ、いこっか!」
……。
バンドマンのユウトも、文字が綺麗なミヅキも、良いやつだな。今日は三人でカラオケに行こう。
駅の近くにあるカラオケは、ドリンクバーを注文すれば、1時間10円で歌い放題という謎の価格設定だから、高校生の遊び場として大人気だ。
みんなと一緒に行くと驚かれるんだが、俺は意外と歌が上手いらしい。ヒナがカラオケ好きで、一時期通っていたからかもしれない。
とにかく盛り上がるタイプの曲を歌うと、みんなが驚きながらもノってくれるから、俺もカラオケが好きだ。
バンドマンのユウトはどんな歌を歌うのだろうか。
期待してしまうな。
ん? 空き教室の前でなんかやってるみたいだな。
一年生か?
「なんかやってるみたいだな——」
『さ、さささ、佐伯先輩っ! ふ、ふふ、筆おろし、してもらえませんか?』
『ええぇ? 筆は……自分でおろしなよ……』
——クスクス
しょーもない願い事を唱える声が聞こえてきた。
それを見て笑っている四人……。
何をやっているんだ、こいつらは——。
「あ……ケイタ。あっちから行こっ! なんかやってるみたいだし」
「……」
「行こう行こう!」
「お、おう」
ユウトとミヅキに急かされて、現場から離れてきてしまったが……。
佐伯先輩って……ヒナのことだよな?
……。
なんだったんだ……今のは。
セクハラじゃないか。
……。
戻るか……?
いかん。
ヒナだったとしても、俺の出る幕じゃない。
俺の出る幕じゃない……よな?
◇
カラオケはいいな。歌っている間は他のことを考えられないから、少なからずモヤモヤが飛んでくれる。
ユウトはバンドでギターを弾いていることがわかった。本業がボーカルではないけれど、時々歌うらしい。
俺の知らないインディーズの曲や、古いバンドの歌を歌っているけれど、やはりバンドマンだけあって歌が上手い。
上手いというよりも、魂を感じるってやつだな。地声に近い高音を張り上げて歌っている。これが青春ロックってやつか。
ミヅキは……童謡が好きみたいで、子供の頃にみんなで歌ったような曲から、合唱曲、大きな劇団でやっているようなミュージカルの曲なんかを歌っている。
これはこれで新鮮だな。ヒナは流行りの曲とか、みんな知っている名曲とかばかり歌うし、俺もその方針だ。
ミヅキは字が上手いだけじゃなくて、ミュージカルなんかも親とよく見に行くらしい。知らなかったな。
「ユウトはバンドマンだからわかるけど、ケイタが歌上手いのは意外だね」
「なーっ! 良い声してるよ。あんまり喋らないけど、結構でかい声も出るんだな」
「ありがとう。歌は、結構好きなんだ」
「私も好き! 流行りの歌とかはあんまり聞かないけど、二人の歌う曲は好きだったよっ」
「いや、俺のは流行りの曲なんかじゃなくて、青春ロックという、男の魂を乗せて歌う曲で——」
「『銀杏BOYZ』だっけ! あれ好きだったなー」
「おお、おお!? 高木、わかるのか!? なんかイメージとギャップが……」
「えー? どんなイメージだったの?」
「そ、それは」
「なになに?」
「おい、近づくなっ!」
「えー? なんでかなー?」
……。
知らなかった。おとなしそうに見えていたミヅキは、結構大胆で、いたずらっ子な一面があるみたいだ。
チャラいというよりも、硬派なバンドマンのユウトは、そんなミヅキに揶揄われて顔を赤くして、照れている。
なんか、青春っぽいな。
「お、俺は女が苦手なんだよ……」
「そうなの〜? なんで〜?」
ちょ、ちょっと近くないか?
お、おい。
そんなくっついて……これが、小悪魔ってやつか。
こんなに真面目そうなのに。
本当に人は見た目によらないんだな。
「ケイタ! 何をボケッと見てやがる!? 助けてくれっ!」
「お、おう。すまん。ミヅキ。ユウトが興奮してしまうから、勘弁してやってくれ」
「興奮してるの? えー? なんでー?」
「ケイタ! お前! どっちの味方なんだ!?」
「ええええ!? おお、すまん」
「ははっ! 冗談だよー♪ ユウトの反応が面白すぎてさっ」
「ふぅ。勘弁してくれよ」
「はははは!」
「ユウトはピュアなんだな」
「うるせえっ! ケイタはヒナと——」
「ユウト」
「おっと、すまん」
ユウトが何かを言いかけると、さっきまでユウトを誘惑していたはずのミヅキが少し真面目な顔でそれを遮った。
俺がヒナと……?
あの動画の話か。
特にこの二人は何かチャットで発言はしていなかったが、やはり、結構クラスのやつには見られていたんだな。
あれは、別にヒナが悪さしたわけじゃなかったんだし、レオンも面白がってやっただけだ。
周りの奴らが気にするほど、俺は傷付いてはいない。
確かに、あの日は動揺したが……それだけだ。
マサヒロに奢ってもらったラーメンと一緒に涙は飲み干したからな。
「あー、あの動画のことなら大丈夫だぞ。気を使わないでくれ」
「そっか。ケイタ、無理してない?」
「ありがとう。ミヅキ。全然無理なんかしてないぞ。ヒナのあれは嘘じゃなかったらしい」
「え? どういうこと?」
「それがな——」
◇
「——ってなわけなんだ」
「そんな感じだったんだな」
「レオンはしょーもないことするねー」
ちょっとこれだとレオンが悪者になってしまうな……。まぁ、この件に関しては、悪者と言っても仕方がないかもしれんが。
「まぁ、そういうことだから、気にしなくていい」
「そっかぁ、ケイタは結局、ヒナのこと……好きなの?」
「あぁ。好きだ」
「お、男らしいな。そんで、付き合いなおしたのか?」
「いや、そういうんじゃないんだ」
「???」
「俺はヒナのことが好きだ。ヒナも好きでいてくれたら嬉しいんだが……少し、ヒナに頼りすぎてしまっていたからな」
「そうなの?」
「あぁ。俺はヒナの友達と遊んで、ヒナのやりたいことをやって、ヒナのサプライズに対応するためにいろいろ練習して……全部ヒナだったんだ」
「そ、そうなんだ。別に良いと思うけどね。私だったらそんな幼馴染いたらすぐに襲っちゃうかも」
「高木! お前はそんな……肉食だったのか」
「さぁ、どうだかね♪」
「女ってのはこれだからよ……」
「ん? ん?」
「わわわわ! やめろっ、くっつくなっ!」
「ユウトって可愛いねー」
「くそっ。勘弁してくれっ!」
顔を真っ赤にして逃げるユウトにくっついて、ミヅキがからかっている。「嫌だ嫌だ」と言いながらも、ユウトもなんだかこう、嬉しそうに見えないこともない。
……ユウトとミヅキはそんなに接点があるようには見えていなかったが、仲良しだったみたいだ。いや、今日仲良くなったのか?
まぁ、仲の良いことは良いことだ。ノートに書いておこう。
高木美月と藤田悠斗は仲が良いと。
「で、なんで付き合わないの? 全然意味わかんないんだけど」
「あ、あぁ。俺はヒナだけだったんだ。依存ってやつだな。クラスメイトとは仲良かったつもりではあったんだが……みんなのことを何も知らなかったんだ?」
「へー? そうなんだ。私もあんまりみんなのことは知らないけどな」
「そうなのか? ほら。だから今、こうやってみんなのプロフィールを作ってるんだ。そうしたら、少しずつみんなのことがわかってきた」
「あー、この『ケイタの変なノート』はそういうことだったんだ」
「これ、そんな風に思われてたのか……」
「ははっ! クラスメイトのプロフィール帳なんて作る人いないよー! でも、面白いねケイタ!」
「あぁ。みんなと仲良くなれて、少しずつヒナだけじゃなくなってきたみたいだ。マサヒロは他人のために怒れるいいやつだし」
「あー! チャットでキレてたよね」
「うむ。俺のために怒ってくれたみたいだ」
「ガリ勉の意外な一面を知ったね。マサヒロって勉強にしか興味ないと思ってた!」
「……そう思っていたのは俺だけじゃなかったんだな。まぁ、そんなこんなで頑張ってはいるんだが、ヒナが目に入るとどうしても、追いかけてしまうんだ」
「は、恥ずかしいこと言うなあっ! ケイタ! 男ってのはそういうもんだ! 好きな女の子がいたら目でおっちまうんだよ!」
「ユウトも、そうなのか?」
「そりゃぁそうだよ! まぁ、中学の時に好きだった女にはこっぴどく振られちまってな……それ以来、ロック一筋だ。タンクトップにジーパン履いてギターをかき鳴らしてりゃぁ女なんかいらねーよっ!」
「そういうもんなのか。ユウトは男らしいな。俺は少し女々しいからな……さっきだって、空き教室の前で……あれ、ヒナだよな?」
「あ、あぁ」
「多分……そうね」
「これまでの俺だったら、ヒナが告白? されているのを聞いて、いてもたってもいられなくなるところだった。多分ミヅキが声をかけてくれなかったら、あの教室に突入してしまっていたかもしれない」
「……」
「少しは成長できたみたいだ。自制が効くようになった。ヒナにも、みんなにも迷惑をかけないで済む」
「バカなの?」
「え?」
「ケイタは……バカだよな……」
「え?」
どういうことだ?




