第19話 キッスはまだか?(ミレイ視点)
マーケティングと動画に関する知識の勉強会とやらは一旦お開きになって、今度は実技の時間だ。ガリ勉がいると何をしていても勉強会になってしまうな。
「ご……ごほん。あーあー。『ハロッポ〜♪ 今日も御恩と奉公! 北條雅子です♪』 ……どうだ? 結構練習してきたんだが」
「お、おお。すげーな」
「これは女子の声だよマサコ」
「『えーっ。ほんとー? いっぱい練習してきたから、嬉しいっ♪』」
「マサハル。ちょっとその声で『フミタカくん大好き♪』って言ってみろ」
「『フミタカくん大好き♪』」
「ぐはっ!」
お兄ちゃんが仕留められたっ!? くっ。やるなあマサハル……。
!?
閃いたぞっ!
「マサハル。ちょっとその声で『ミレイちゃん大好き♪』って言ってみろ」
「『ミレイちゃん大好き♪』」
「ぐはっ!」
これは……キクな。お兄ちゃんも私もやられてしまった……。これはレオンもイチコロだろう。完璧だ。
「声は……大丈夫そうだな」
「ああ。この通りだ」
「そしたらゴールについてだな。ゴールをいくつか用意して、そこを目指してデートを進行させる」
「なるほど」
「一つ目のゴールは『本気でマサコを動画作りのパートナーにしたいと思わせる』ここだな」
「まぁ、そこまで行ったら勝ちだね。薄暗い公園かなんかで、マサコが『レオン……動画作り、一緒にやらない?』なんて言って、浮かれたレオンが『も……もももも……もちろんです!』だなんて言い出した時に、私とお兄ちゃんがドッキリの看板を持って現れるってわけね」
「あぁ。まぁ、パンチは弱えしレオンのリアクション次第ってのはあるが、それはゴールがどこであっても変わらねえ。面白い絵が撮れりゃあ十分だ」
「なるほど。して、セカンドゴールは?」
「せっかくだから告白なんてしちまうかっ! レオンにその気がありそうだったら『レオン……好き……私と付き合わない?』だなんてのもおもしれーんじゃねーか? 嘘告のリベンジだしなあっ!」
「おお、それでさっきの私とお兄ちゃんみたいに、ヤラレちまったレオンの前に私たちが看板を持って『嘘でしたーべろべろバー』だね?」
「あぁ。看板は必要かわかんねーが、『べろべろバー』だな」
マサハルがこの役目を変わってくれてよかった。私は告白なんてしたことが無いから、うまくできるか心配だ。その点このガリ勉は——。
「マサハル」
「ん?」
「マサハルは告白なるものをしたことがあるのか?」
「あぁ、そりゃあ俺だって恋の一つや二つ。告白だってそりゃあ一つや二つ」
「そうなのか!? マサハル——」
「冗談だ。15人の村人だぞ? 俺は」
「このやろうっ! 騙したなっ! ふんふんっ!」
「いたっくはねえな。悪い悪いっ! 冗談だよっ」
いじわるなガリ勉だ。わざとやっているのならタチが悪い。弄ばれている。許せない。
しかしまぁ、告白はしたことがないみたいだ。
ふむ。
許してやるか。
これが惚れた弱みというやつか。
私もこのまま、ヒナとケイタのようなバカになってしまうのだろうか……。
まあいい。
「して、告白の素人が演技なんぞできるのか?」
「あぁ。そこは問題ねえ。むしろそっちの方が悪かねえんじゃねーか? 告白慣れした女が好きな男なんかいねーだろ」
「あー。それは盲点だったな」
「だからそこはあえて練習しねー。ぶっつけ本番ファイト一発だな。おそらくそいつが一番効果的だ。告白フェーズまで行ければ、今回の作戦は大成功と言っていい」
「おーっ! 漢だねマサハル。第一フェーズでも成功。第二フェーズだったら大成功! 失敗の余地がないね」
「あぁ。ミレイがうまく釣り上げてくれたおかげだな。店もフミタカ兄貴の知り合いの店で予算内に収めてくれるっつー話だし、電灯の少ねえルートも決めた」
プロジェクトマサコのメインの舞台である『〜〜』は大人向けのイタリアンレストランで、夜は一人あたり5,000円以上はするらしい。
お兄ちゃんがお店の宣伝用SNSアカウント立ち上げに協力してやった友人が経営しているらしく、本件の相談をしたら、「青春しとるな〜」なんぞと言って受け入れてくれた。
明るいところで見ても問題はなさそうだけど、念には念を入れるマサハルの徹底っぷりだ。
この間私がゲームをしている間にお兄ちゃんと二人で下見に行ったと聞いた時は、泣きながら地面を転がりまわってやろうかと思ったけど、勘弁してやった。
もう、私を仲間外れにはしないと約束したからだ。
次は無いと思え。
「おいマサハル」
「なんだよ兄貴」
「そんなんでいいのか?」
「え?」
「お前はエンタメを何もわかっていないな」
「ど、どういうことだ?」
「第三フェーズもあるということだ」
「な……なんだと!?」
どうやらお兄ちゃんに妙案があるようだ。
◇
お兄ちゃんは部屋に戻って何やらおかしなものをたくさん持ってきた。なんだこれは……? 予備のシリコンバストに……アニメキャラの尻の部分が膨らんだマウスパット。
冷蔵庫からはコンニャクと……!?
私のおやつのゼリーじゃないかっ!?
何をするつもりだっ!
「フミタカ兄貴、コイツァ……?」
「シークレットエンディングも用意しといた方がいいんじゃないか?」
「シークレットエンディング?」
「キッスだ」
「キッス!?」
「あぁ。ラブストーリーに『キッス』はつきものだろ?」
「な、なるほど……さすがフミタカ兄貴だ。俺の想像をはるかに超えてくる。つまり、このアイテムを使って面白おかしくやらかすってわけだな?」
「あぁ、告白だかパートナーだかのターンが終わった後、『目を瞑って……絶対開けちゃダメだよっ』なんて言ってみろ。相手は朝まで目を瞑ってるだろうよ」
「くそっ! おもしれーじゃねーかっ! ん……ンン……。『ちょって目を瞑って。いいっていうまで、開けちゃダメだよ?』こうか!?」
「……」
「おいどうした、フミタカ兄貴?」
「キッスはまだか?」
「……」
「まぁ、こんな感じだな」
……。
なるほど、キッスか。
目を瞑らせて、この小道具を使って、キッスを演出するわけか。
さすがにそこまでうまくはいかないとは思うが……。
シークレットエンディングを迎えることができれば、最高の作品が仕上がるな。
「そうと決まりゃぁ、最高のキッスを演出するための小道具を選ばなきゃなんねえ。隠し持てるサイズで、唇の柔らかさを再現できるようなものがあれば最高なんだが……、この偽乳はデカすぎる上に若干硬えよな」
「にせちち……」
「こんにゃくは……くせえっ! こりゃぁ洗ってどうにかなるって問題じゃねえ。口のクセェ女になっちまって一発で空気が崩れちまう。となると……このゼリーがベターか?」
ガリ勉スイッチの入ったマサハルが、私のおやつのゼリーをパッケージから取り出し、真面目な顔をしてぷにぷに触っている。くちびるの柔らかさ。ゼリー。そんなもんなのか?
キッスなんぞしたことは無いからわからんが、マサハルはわかるのだろうか。
告白もしたことのないガリ勉が。
「マサハルはキッスもしたことがないのに、柔らかさがわかるの?」
「ああ? そんなもん、こうやって指で触りゃぁ……!?」
「どうした?」
「確かに……言われてみれば、柔らかさだけを演出しても仕方がねえ! 顔と顔が近づきゃ息もかかるし、見えてなくても空気は伝わっちまう。くそっ! 俺の経験不足がここにきて露見しちまった!」
「……」
「練習……してみるかっ! そうだ、ここには人間が三人もいるわけだし、練習の一つや二つ、イージーじゃねぇか。ミレイ! 頼んでいいか?」
「え……。まぁ、いいけど」
おいおいおいおい、マサハルのやつ……。
急に大胆じゃないかっ!?
お兄ちゃんもいるってのに……。
私だって初めてのことだ、うまくできるかはわからん。
まぁ、練習ってことだしな。
練習、練習。
練習。
よしっ! いつでもかかってこいっ!
「よしっ! サランラップを持ってきてくれっ!」
「サランラップ?」
「あぁ、サランラップだっ! さすがに男同士で直接口付けってのも色気がねぇ。サランラップ越しにとりあえず温度と距離感……肌の近寄る感覚を得る。それさえわかれば演出は可能だ。あーフミタカ兄貴っ! ちょっとヒゲをもうちょっとがっつり剃ってきてくれ。じょりじょりしたんじゃ台無しだ」
「お、おう」
——ガチャン
「野郎同士でってのもまぁ、色気のねえ話だが、色気よりも今は作戦が優先だ。あ? どうした? ミレイ。サランラップを切らしてんのか? そしたら——」
——ドガッ!
「ぐはっ!」
——ドタドタ! ガチャン!!
「な……なんだってんだ?」
なんて……なんてデリカシーのないやつだっ!
こいつはもう、ガリ勉じゃない。
アホだっ! アホだっ!
ヒナにもケイタにもレオンにも負けない馬鹿野郎だっ!
くそっ! くそっ! 弄びやがってっ!
うっかり本気で蹴りを入れてしまったじゃないか。
ふん。
いいきみだ。
バカめっ!
くそっ。
これだから、マサハルは……。
マサハルと遊ぶのは……。
おもしろいっ!
こんなに自分が感情的な人間だとは思わなかったぞ。
ふふ。
こいつと遊んでいるうちに、私もどんどんバカになっていくんだろうな。
もうわかっている。
これが恋というやつなのだろう。
面白くなってきたな。
このバカをどう料理してやるか。
楽しくなってきた。
人生ってのもなかなか面白いもんだな。
ふふふ。
あ、サランラップ。
……。
使うのは、このへんか?
——Chu......。
ふむ。
いいきみだ。
◇
マサハルとお兄ちゃんのキスシーンは、追い出されてしまったので見れなかった。また仲間はずれだ。悔しい。
結局、私のおやつのこんにゃくゼリーが採用された。レモン味。どこの誰が言ったかは知らんが、初キッスはレモンの味がするらしい。
私が合流した後、二人はゼリーをお湯につけたり、レンジでチンしたり、最適な温度を求めていた。結論としては、常温から脇に挟んで10秒が適温らしい。
目を閉じたマサハルの口にお兄ちゃんが、指にブッ刺したこんにゃくゼリーを当てて、最後には指ごと口に放り込んだのは面白かったなぁ。
しかも、そんなことされた上で「これだっ!」なんて言ってるんだから……やっぱりマサハルはガリ勉すぎてバカになってしまったんだろう。
やっぱりマサハルと遊ぶのは楽しいなあ。
ヒナとケイタも一緒だったらもっと楽しいんだろうな。
X-dayが楽しみ……サプライズ企画も上手くいくといいな。
最近楽しいことがいっぱいだな。
ふふん。
——グゥ〜〜〜
……。
小腹が空いたな。
「もぐもぐ」
ふむ。これが初キッスの味か。
悪くない。
——後日実行された『プロジェクトマサコ』は、レオンから愛の告白を引き出し、見事、シークレットエンディングに到達することになった。




