第15話 乳(チチ)の問題は解決した(マサヒロ視点)
「これは……」
「すげえことになったな」
「予想以上だね」
「マサハルよ。こいつぁすげーことだぞ」
あれから一時間ほど経過したか……ミレイの手によって魔改造された俺の顔をマジマジと見つめる、眠そうな目とイカつい目。
いつの間にかミレイの兄貴は俺の事を名前で呼んでいた。もはや、マサハルかマサヒロかはどうでも良い。
とにかくマッドサイエンティストによるオペは成功したらしい。
「マサハル」
「おう」
「これは勝ったよ」
「そうか。早く鏡を見せてくれ。俺も気になる」
——パシャ
「はい」
鏡ではなく、スマホで撮影した写真を見せてきた。
……。
やるじゃねえか。
「これはイケるな。ウィッグはまだ選択の余地があるが、チビガリの体型が幸いしたか……」
「……」
「いかんせん骨ばった手の甲やらなんやらには男のそれが出ているが、特に喉仏も出ている方ではないし、髭の類も問題はねえか……」
「ガリ勉スイッチが入ったね」
「フミタカ兄貴、どうですか? 男の目から見て」
「このとおりだ」
自身の下半身を指差し、俺に微笑みかけてくるミレイの兄貴。本当にこの男は、『五組の眠り姫』と血がつながっているのだろうか。
「なるほど。ミレイ、女の目から見たらどうだ?」
「これは白旗だよ」
ミレイが白旗を上げるレベルであれば、大抵の男はイケるはずだ。
「なるほど、実際問題重要なのはそこじゃあねえ。初見でバレなかったとしても、ある程度近づいてわかっちまうんじゃあつまらねえ」
「ふむ」
「どうだ? ミレイ。このくらいの距離でよく見てみろ」
「あ、ああ。顔はまぁ問題ないけど、足と腕かな。どうしても骨張っちゃうところをどうにかしないと」
「顔がどうにかなるってんなら話は早え。幸い、十一月に入ったところだ。気温が全てを解決してくれる。腕と足は服で隠して、外では手袋をつけておく」
「それなら腕と足も問題ないね」
「あとはそうだな……。とにかく直接光が当たるのを避けるんだ。そうすりゃ簡単にゃあバレねーって事だろ?」
「そうだね。あとは、声かな?」
「あぁ、問題はそこだ。ガタイが小せえ分声帯が短えのか、男にしちゃあ声は高え方だが、あくまで男の範疇だ。あ゛……、あ゛あ゛あ゛……あー、あー」
「お?」
「どうだ?」
「おお!?」
「ちょっと高い声を出してみているんだが、それっぽく聞こえるか?」
「悪くはないんだけど、まだ裏声っぽさは抜けてないかな。惜しいって感じ」
「オッケー。ミックスボイスってやつが使えそうだ。ちょっと練習してくるぜ。ダメなら最後、ガスでも補給するか、風邪でも引いてることにすりゃあいい」
「……」
「どうした?」
「マサハルってガリ勉スイッチ入ると、早口だね」
「あぁ、悪い悪い。面白くなっちまうとどうもな。凝り性なのかも知れねえな」
「マサハルは凝り性だよ」
「ははっ! そうだな! あとはあれだな。乳はパッドを入れて、量販店で適当なブラでも買ってくりゃあどうにかなるだろ。問題は金だな……自慢じゃねえが、俺は貧乏なんだ。先立つものがねえ。時々、佐々木の手伝いをして小遣いをもらったりはするんだが……。なあミレイ。ブラっていくらぐらいするんだ?」
「……ものによるけど、安いやつなら1,000円くらいで買えるかな」
「そんくらいだったら……なんとか……」
「私のヤツつけてみる?」
「さすがに入んねーだろ。トップはともかくアンダーが問題だな。ガリガリだっつっても一応俺も男ではある。通常サイズの女子ならともかく、ガリガリのミレイとじゃあ、男のガリガリと女のガリガリだ。くそっ。こんなところでつまづくとはな」
「ふむ」
「あ、ちょっと待っとけ」
——ガチャ
突然、何かを思い出したのか、ミレイの兄貴……フミタカ兄貴は部屋に戻って行った。
くそっ。適当な詰め物をしてサラシで固めるって手も使えねえわけじゃあねえんだが、凹凸が出しにくい。
コートを着ていけばあるいは……いや、会場が室内となればそれも通用しねえ。
それに当日の気温次第ではカーディガンやらなんやらが限界だ。さすがのガリ勉も天候をコントロールすることはできねえ。
——ガチャ
「これ、使ってみろ」
!?
「兄貴、これは……」
「シリコンバストってやつだ。フリーサイズだから使えるんじゃねーか? ちょっとつけてみろ」
……。
ミレイの兄貴が持ってきたのは、首の根本から、肋骨あたり全体を覆う形で着るタイプの擬乳だった。
「ミレイ」
「ん?」
「ちょっと自分の部屋に行っててくれ」
「なんで?」
「今から俺が服を脱ぐからだ」
「ふむ」
……。
「早くいけ」
「ちっ」
何が「ちっ」だ。すけべめ。
どれ、おお、なかなかずっしりくるなあ。こんなもんぶら下げて日々生きてるんだから、女ってのも大変だ。
サイズ感も悪くねぇ。パーティグッズってのはこう、バケモンみてーな乳になるイメージだったが、俺の身長でこの感じだったら、違和感はさほどない。
服を着てみりゃ……おおっ! 悪くないんじゃねーか? 元々のこのシリコン自体にある程度の弾力があるから、ブラがなくても崩れねーし、ズレたりもしねー。着るタイプってのがここで活きてきたな。
「フミタカ兄貴、どうっすか?」
「あぁ。これは……アリだな」
「ちょっとミレイにも見せてやろう——」
「アリだね」
「うおっ! いつからいたんだ?」
「シャツを着るちょっと前くらいかな」
「このすけべめ」
「へへ」
まあいい。これで乳の問題は解決した。声に関しては付け焼き刃のミックスボイスでなんとかなりそうだし、あとは喋り方と……仕草だな。
歩き方と姿勢に男らしさがでちゃなんねえ。さっそく家に帰って特訓だ……。佐々木なら何かアドバイスをくれるかも知れねえしなっ!
「おっしゃー! 女装に関して解決だな。じゃあ俺は家に帰って特訓——」
「またれよ」
「あ?」
「まだ、女装しか決まっていない」
「あ……」
いけねぇ、俺の悪い癖だ。集中するとそればっかりになっちまう。




