第14話 ちょっと目を瞑ってみて(マサヒロ視点)
ケイタの誕生日パーティ計画の進捗は問題なさそうだ。ヒナに任せた企画の部分が心配だが、まぁいい。
とりあえず、会場とケーキと料理に不備がなければ、俺とミレイのサプライズ企画で盛り返せる。
問題は……サプライズ企画だ。正直、こいつは賭けに近い。まず、企画が通るか……。そして、成果物のクオリティ次第ではおじゃんだ。
故に、セカンドプランも用意しておかねば。まぁ、そこは佐々木に聞けばいい。あいつは勉強だけではなく、料理やイベントごとの企画にもやたらと詳しい。一体何者なんだか。
中学の教師のくせに、うちの母親がやってるスナックにほぼ毎日来て、酒を飲んでいるかと思いきや俺の勉強も見てくれるし、わけのわからんやつだ。
まぁ、最近、友人との交流にかまけて、学校の休み時間に勉強ができなくなっているにも関わらず、特に支障が出ていないのも、結局やつのおかげなのだから、未成年の俺は、黙って優秀な無料家庭教師の存在に甘えていればいい。
まあいい。
ミレイの住んでいるマンションとやらはあれか? 俺たちの通う高校のある駅から徒歩三十分。
一時間に一本しかないバスに乗れば、だいたい十分程度の閑静な住宅街にある三階建ての新築マンション。
家賃が安い地域とはいえ、我が家の経済事情では決して手の出ない水準の価格ではあろうな。まったく贅沢なやつだ。
今日は、ケイタの誕生日パーティ会場の下見兼、レオンのバカをどう〆《しめ》るか……第一回『ガラパゴス村民同盟』の会合だ。
ケイタのやつはヘラヘラしてやがるから、特に校内でレオンとぶつかるようなことはしないが、俺はまだ納得していない。
塩ラーメンと一緒に飲み込んでいたあいつの涙を横で見ていて、納得できるやつがいるのか?
せめてレオンが誠意を込めた謝罪を一回でもしていれば、話は別だが、あのバカは「冗談だって! 本気にすんなよ」しか言わねー。
いや、ケイタの涙がどうこうは、嘘だ。シンプルに俺がムカついているんだ。
くそっ。
春先はうちの学校の奴らをバカだと思って、見下していた俺が一番感情的なバカだったのか。
まだまだ学びが足りねぇみてーだな。
しかし、休日だというのに、勉強もせずにレオンをシバくための作戦会議をしているなんて、もはやガリ勉とは言えないんじゃないか?
しかも女子の家でって……。こんなん、もうガリ勉どころか不良じゃねーか。
おいおい。オートロックかよ。贅沢の極みだな。えーと、ミレイの部屋は……302だっけ。
——ピンポーン
『はい』
「俺だ」
『合言葉は?』
「**** ***」
『入れ』
適当に罵倒してやると、自動ドアが開いた。合言葉なんて決めてないだろ。
◇
「いらっしゃい」
「おお、綺麗にしてるな。ってか、外から見るより広いな。間取りは?」
「3LDK」
「おいおい。贅沢すぎやしねーか? 兄貴と二人暮らしなら一部屋余るだろ? 俺の部屋にしてやろうか」
「いいよ。今日から住む?」
「冗談だよっ!」
「別に住んでもいいけどね」
この女だけは本当にわからん。いや、ヒナもケイタもレオンも、それぞれ頭がおかしくて理解できない行動をするのだが、ミレイに関してはまたベクトルが違っている気がする。
「兄貴は?」
「自分の部屋にいるよ」
「挨拶してもいいか?」
「いいよ」
今日も休日にお邪魔しているわけだし、当日だって、結構な人数で押しかけるわけだからな。お兄さんにはしっかり挨拶をしておかなければ。
——コンコン
「ういー」
「友達来た」
「はいよ」
「挨拶したいってさ」
「え? ああ、おう」
——ガチャ
「あ、初めまして。長田雅博と申します! ミレイさんとは同じクラスの学友で、11月29日にも大勢でお邪魔させていただくということで、ご挨拶に参りました。これ、つまらないものですが」
「あ、どうもご丁寧に。ごゆっくりどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ではでは」
「はい。失礼致します」
——ガチャ
ふぅ。緊張したが第一関門は突破だな。佐々木に持たされた鎌倉銘菓を気に入ってくれると良いのだが……。ミレイの兄貴、全然似てないな。
いや、顔は似ている。
クールな感じのイケオジなんだが——ガタイが良すぎやしないか? チビの俺からでも見下ろせるくらいチビなミレイと同じ親から生まれたとは思えない。
「ミレイ」
「ん?」
「兄貴、あんまり似てないな」
「よく言われる」
「でも、顔は似てるな。イケオジだ」
「それは私が可愛いってことかな?」
「鏡見ればわかんだろ」
「ん? 口説いてんの?」
「カメラはどこにあるんだ?」
「ないよ」
本当につかみどころのない女だ。俺は大学に入るまで恋愛なんぞにうつつを抜かす気は無いから問題ないが、家に男を連れ込んでこんなことをしていたら、いつか何か起こっても文句は言えんぞ。
まったく。
さて、リビングだが……広いな。キッチンも三口のガスコンロだし、冷蔵庫もファミリーサイズだ。物も少ないし、四人で遊ぶには充分……いや、それ以上だ。このキャパなら十人はいけるな。
「ミレイ、テレビはないのか?」
「テレビはないけど、これはあるよ」
ミレイが何やらリモコンをいじっている。
——ウィーン
「おお、スクリーンか! やるなぁ」
「地上波は見ないけど、これでサブスクのドラマとか映画とか観てる」
「いいなあ! これは最高だ!」
「なんか観る?」
——ポフポフと自分の座っているソファの隣を叩きながら来いとジェスチャーするミレイ。
「あとでな」
「ぶー」
何が「ぶー」だよ。俺は今日遊びに来たんじゃねえ。遊ぶにしても、やることをやってからだ。とりあえず会場の下見はオッケーだな。コンロも冷蔵庫も問題ねえ。
あとは、もう一方の作戦会議だ。
「よし、やるか、ミレイ」
「やろう」
◇
あの事件の後、俺は調べたんだ。『嘘告』ってなんなんだって。いや、そもそもそんな文化はフィクションの中でしか、ありえねーモンだと思い込んでたんだよ。
俺の中学は男女合わせて17人しかいなかったし、小学校なんて5人だぞ? そんな中で例の『嘘告』なんて事象が発生してみろ。何が起こるか分かったもんじゃねえ。
いやはや、しかしながらこの『嘘告』とやらは奥が深い。最近その手の動画やら、ウェブ小説やらをちらほら読んでみたんだが、なかなか面白い。いや、話自体も面白いんだが、フォーマットがいい。
1話で主人公がバカな女と男に騙されて落ち込み、2話で何かしらが起こり、3話で転校してきた美少女が主人公に惚れて……。この展開の速さが昨今のインターネット利用者とマッチするんだろうな。
そして、最終的に重要なのは「ザマァ」だ。悪さした奴がひどい目に遭って、ようやく嘘告は完成する。
……。
つまり、レオンの作ったあの動画は、未完成ってわけだ。しかし、調べる中で出てきた「ザマァ」は、どれもこれも強烈だ。勧善懲悪どころじゃねぇ。
仕掛けた男が、バットでボコボコにされた上に高校を退学になったり、クラスメイト全員で最終的に仕掛けた側の女をハブにして不登校に追い込んだり……。
まぁ、物語として見る分には面白いんだが、さすがに中学の連中に声をかけて、バカを攫ってボコボコ〜みたいなのはやりすぎだろう。友達をそんなことに利用するのも、まともなモラルの人間がやることじゃねえ。
そんな話をミレイにしてみたんだが、どうもこいつはわかってんだかわからねーんだか、よくわからん眠たそうな顔で俺を眺めている。
「で、結局何すんの?」
「嘘告リベンジなんてのはどうだ?」
「具体案を述べよ」
「それはだな。
1. 空き教室にカメラを仕掛ける
2. ミレイが放課後に呼び出す
3. ミレイがレオンに愛を囁く
4. レオンが喜んでOKする
5. ドッキリでした〜
6. ちゃんちゃん♪
ってのはどうだ?」
「……どうだかなあ。ガリ勉にしては、ひねりが足りないんじゃない?」
「まぁ、具体的にどう盛り上げるかはこの後詰めるとして、プロットとしては悪くないと思うんだが」
「レオンが私に惚れてるかどうかはわからんよ」
「惚れてなくてもお前に告られたら、その時点で浮かれちまうんじゃねーか?」
「なぜ」
「鏡を見てこい」
「ほー?」
「まぁ、これだとミレイに負担が集中するから、あれだよな」
「それはいいんだけどさ。さすがにあのバカも気づくんじゃない?」
「いやーそうだよな……」
「さすがにね」
「すまん! この案はボツにしてくれ! ちょっと『嘘告』について調べるのに時間を使っちまって、『ザマァ』の案が安直だったな」
「ふむ」
「何かいい知恵はあるか?」
「むむう」
両腕を組んでソファーに寝転がってしまった。リベンジドッキリを仕掛けるという案自体は悪くないと思うんだが……。
ゴロンと寝返りを打ったミレイと目があう。
……。
「あ”?」
「……」
「おい。何を見ているんだ?」
「ひらめいた」
「お?」
そう言って立ち上がると、黙ったままミレイは自室からポーチを持ってきた。なんだ? あぁ、化粧品か。こんなものを何に使うのだろう。
「こっち向いて」
「あ?」
——ひょいっ
そう言って、床に座る俺のメガネを外し、前髪を、右手の手のひらで持ち上げるミレイ。
……おい。おでこが丸見えじゃねーか。
「ふむ」
「何がふむなんだよ」
「ちょっと目を瞑ってみて」
「なんで?」
「いいから」
「ふむ」
……何をする気だ? くそ。妙にドキドキするな。こいつ、俺のことを弄んでるんじゃないだろうな。まさか……さっきは否定していたがカメラでもあるんじゃねーか!?
「あ」
「お」
「目、開けちゃダメだよ」
「顔、近くねーか?」
「……そうだね」
「ああ」
なんでそっちが照れてんだよ!? くそ。どうやら、ケイタの被害は俺にまでトラウマを植え付けてしまったらしい。
ちょっと顔のいい女と二人で何かってなると、すぐにカメラの存在を疑っちまう。コイツァ重症だ。
「んで、さっきからなんなんだよ」
「マサハルがやろう」
「え?」
「さっきの計画、マサハルでいこう」
「どういうことだ?」
「ちょっと顔をかせ」
「あ? おい! 何しやがる!」
「おとなしくしろ」
「うぎゃっ」
「お兄ちゃん! こっちにきて!」
——ガチャッ! ドタドタドタ!
俺を押さえつけながらミレイが兄貴を呼ぶと、ガタイの良い兄貴がすぐにリビングへと駆けつけてきた。
「おま! すけべごとは俺のいない時にやってくれよ!」
「お兄ちゃん。こいつを押さえつけておいて」
「え? なんでだ?」
「いいから」
「お、おう」
やたらとガタイの良い兄貴に押さえつけられたヒョロガリの俺は、このバカに好き放題弄ばれる以外の選択肢を失った。




