第13話 やめろ! 俺は女が好きだ!(レオン視点)
くそ……。
マサヒロとミレイにはしてやられたぜ。まさかあの美女の正体がマサヒロだなんて……いや、男だなんてつゆとも思わなかった。
いや、なんかうまいこと行きすぎているとは思ったんだが、「人生には多くのチャンスが訪れる。問題はそれを掴み取る準備ができていないだけだ」なんて言葉もあるように、掴み取る準備をしていた俺の元に訪れたビッグチャンスだと受け取っていたんだ。
逃しちゃなんねーって。
ミレイの画面に映る美女からは無限の可能性を感じられた。動画配信者として……いや、あの時点で俺はすでに少し惚れていたのかもしれない。なんなら、雅子の正体がマサヒロであることを知った今でも若干割り切れていないフシがある。
いや、俺は女が好きだ。そこは断じて変わっていない。だが、これまで全く意識していなかったが、マサヒロのやつ。あの分厚い瓶底眼鏡を外したら、意外と顔が整っていたんだな。何せ、ウィッグを外した後も変わらずに可愛かっ——。
よせ! やめろ! 俺は女が好きだ! や、やめろ……こっちにくるな!
ぬわーーっっ!!
……。
どうやら俺は、ケイタの嘘告動画を作った代償として、妙な性癖を植え付けられてしまったらしい。くそっ。やりすぎだろ……。
正直悔しい。腸が煮えくり返る思いだ。俺の純情を踏み躙りやがって。
……。
俺の性癖が乱れたかどうかはどうでもいい。いや、どうでも良くはないが。
とにかく、奴らの計略は見事だった。それだけは認めざるを得ない。もしも、見た目だけはやたらと可愛いミレイなんかが「ちょっと放課後二人で話がある」なんて言った日には、カメラの存在を予想しながらうまく立ち回れただろう。
だが、奴らは俺が自ら雅子に会いたがるように、誘導し、まんまと楽しいデートを演出し、最終的には俺からの告白を引き出した。くそっ。頭のおかしなガリ勉と喧嘩なんてするもんじゃねーな。
ガリ勉の学習能力が悪ふざけに向いた時の危険性は計り知れねえ……。
まぁ、奴らもちょっと悪ふざけがしたかっただけで、動画を使って《《変な脅し》》をしてくるようなことにならなくてよかった。メインカメラ……ミレイのメガネも、今は俺の手元にあるし、他にも撮影した動画を全てファイルにまとめて送ってきやがった。
しかも、「この動画だったらお前のチャンネルで使っていいぜ」なんて言いやがる。
誰が使うか! 自分が女装にハメられて愛のプロポーズをさせられる動画なんてよ! 今すぐ焼却処分してやる——。
……。
この動画を失うということは、雅子に二度と会えなくなるということ……か。
くそっ! 俺は女が好きだ! 雅子の姿のマサヒロが異常なんだ! あれほどの美女であれば、俺以外の誰であっても魅了されるに違いない。
確かめよう。俺が……俺がおかしいわけじゃないということを。
それだけ確認したら、こんな動画はこの世から消し去ってやる。
そうしよう。
◇
メガネ型カメラのSDカードを読み取り、マサヒロから送られてきたファイルを開けば、そこには、多種多様な角度から録画されたあの日の俺たちがいた。
MIR_CAM_183421.mp4
MIR_SP_175203.mp4
MAS_SP_4827.mov
MAS_SC_184105.mp4
TAK_SP_185312.mp4
ふむふむ。MIRはミレイのメガネだから、MASがマサヒロか。TAK? 誰だよTAKって。あのヤンキーか……。ってか、五台もカメラ用意してやがったのか!? 気合い入りすぎだろ……。
とりあえずミレイのメガネから見ていくか。
——プゥン ……ガヤガヤ
おお! 意外と画質いいな。
『ハロッポ〜♪ 今日も御恩と御奉公〜! 北条雅子ですっ!』
マサヒロのやつ、ノリノリじゃねーか。ちゃんとオープニング挨拶してやがる。いや、ドアップで笑って……どう見ても女じゃねーか。これは誰でも騙されるだろ! くそっ。
しかし、 今日も《《御恩と奉公》》〜じゃなくて、《《御奉公》》か。語呂を意識したのか……。なかなか悪くないな。俺だったらもっと……ん? 俺だ。
『今日は……なんと、今、巷で話題の嘘告にて、ワタシの学校の友人をハメた主犯のわる〜い男に、ドッキリを仕掛けたいと思いまーす! 嘘告のリベンジ動画! わぁおっ! パチパチ〜♪ お? 早速ターゲットが現れましたね〜』
駅前の広場に現れた俺。薄暗い田舎の街灯に照らされながらも本人確認が可能な画質だ。間抜け野郎が車のガラスを鏡に見立てて前髪を整えている。
『おっとー。気合いが入ってますね〜。前髪をセットして、本日のデートへの意気込みが——』
<ぶわっしょい!
——ウィーン
『あははは! いきなり最高の絵が撮れましたよ〜!』
『雅子』
『ん? どうしたの? ミレイちゃん』
『あれ、お兄ちゃんの車』
『……。あははははは! 視聴者のみなさ〜ん♪ 彼は、本日のアウトカメラマンが乗ってくる車を選んでくしゃみをぶちまけてくれたみたいです! あのくしゃみ、内側からのカメラに収まってたら最高ですね〜♪』
TAK_SP_185312.mp4。これか……。
ミレイの兄貴が収めたであろう動画ファイルを開いてみる。
『うわ、やべ、こっち来た。こいつ……中に人がいるって気づいていないのか』
TAKらしき人物の声が入ったカメラには、少し緊張した顔で前髪を整えているイケメンの高校生が写っていた。
<ぶわっしょい!
『うわっやりやがった! べちゃべちゃじゃねーか!』
——ウィーン
『おい』
『すすすす! すみませんでした!』
『気をつけろよ』
——ウィーン
『ふぅ。今のちゃんと撮れたかな?』
撮れている。俺がくしゃみを放つまでの間抜けづらも、ヤンキーに絡まれたと思ってビビり散らかしている姿も全て、完璧にカメラに収められている。
ぐああああああ!
鏡なんかなくても、暗い部屋で一人、顔を真っ赤にしていることは感覚でわかった。とんだピエロじゃねーかヨォぉぉぉぉぉ!
今のシーンは……そうだな、TAKのカメラに切り替えて、俺の顔が見える形にして、音声だけはメインカメラのものを……いや、どうでもいい。メインカメラに切り替えだ。
俺と合流するタイミングで実況をやめ、完全に雅子スイッチが入ったマサヒロ。こうしてみるとただの美女だった。動画を止めて見ても、アップにしても、男だとは全くわからない。
いや、こうしてみると、全体的に若干薄暗い……というか、灯りの下に行かないようにしてやがるな。まさか、駅から店への動線で灯りが少ない場所を選んでいたのか……。ここまでくると、むしろ感心しちまうな。
ふぅ。とりあえず最後まで見るかぁ。
◇
夜の公園を歩く二人の後ろ姿を高画質で捉えているのは、MIR_SP_175203.mp4——ミレイのスマートフォンのカメラだ。やはり先ほどまで見ていたメガネのカメラと比較すると、画質が良い。薄暗い公園でもしっかりと、心の距離を縮めようとしている二人の雰囲気まで捉えていた。
公園の中央。まるでスポットライトが当たったような円の中心で止まった間抜けなピエロは、勢いよく振り向いて、ミュージカルスターの如く口を開いた。
『雅子』
『なーに?』
『俺と、付き合ってくれないか! 動画配信の……いや! 人生のパートナーとしてッ!』
『……』
自分の醜態であることを一瞬だけ忘れて、見入ってしまった。素晴らしい告白じゃないか。こんな告白をされて落ちない女はいない。そうに違いない。
沈黙。
雅子は……俯いて肩を震わせている。
泣いているのか!?
いや、これは……。
笑いを堪えてやがるっ! く、く、クソガアアアアアアア!
ちくしょう! 忘れていた! こいつは男だ!
『マサコ——』
『レオン』
『ん』
『目を閉じて』
『え、ああ』
『良いっていうまで、絶対に開けないでね』
『おう』
や、やめろ……何をする気だ……。
サラサラのロングヘアーを脱ぎ捨てて、ウィッグの中から何かを取り出すのはマサヒロ。画面の中の俺が目を閉じた途端、雅子はこの地球上から姿を消し去った。
アガガガガガ。
そして、取り出した何か……これは……ゼリーだ。プルプルの……老人や乳幼児に食べさせてはいけないゼリー。
な、何をするつもりだマサヒロ。
パッケージから徐にゼリーを取り出し、右手の人差し指と中指をゼリーにブッ刺したマサヒロは、それを……。
それを……。
……。
左脇に挟み、温めている。
アガガガガガガガガガガガ!
もともと、マサヒロの頭皮とウィッグの間に挟まったそれは、ある程度温まっていたのだろう。数秒……数秒だけ、己の左脇でそれを温めたマサヒロは……目を閉じて、物欲しそうな顔で、何かを待つ俺の唇に……。
——Chu...
そっと、右手のゼリーを当てた。
いや、おそらく吐息や鼻息を演出しようとしていたのだろう。顔面がかなりの至近距離まで迫っている。これはこれでもうキッスと言ってもいいかもしれない。待て。俺はマサヒロとのキスなど望んではいない。
俺の口からゼリーを放し、マサヒロはピエロの耳元でそっと囁いている。
『目、開けちゃダメだよ』
『は、はい』
——Chu...Chu...
こいつ……右手のゼリーを俺の口にねじ込んでやがる。なんで俺は恍惚とした表情を浮かべているんだっ! やめろっ! アップにするな!
——ジュルルル……ブチッ!
『あ』
マサヒロの右手から吸い取ったこんにゃくゼリーが俺の口に収まると、先ほどまで完璧な女性の声を演じていたマサヒロが、今日初めてオスの声を漏らした。
『ぶぐっ、ぶぐぐぐっ!』
スマホのカメラには、思わず吹き出しそうになったミレイが、必死に笑いを堪える声が入っている。
数秒……ほんの数秒の間……。
俺は最高に幸せそうな顔で、こんにゃくゼリーを咀嚼し……。
飲み込んだ。
……。
◇
そのあとはもう散々だ。雅子がマサヒロだと気づいた時の俺のリアクションは、往年のひな壇芸人をはるかに超える……芸術の域に達していた。
なんだよ「マ……ママ……」って。
はあ——。
どうやら、動画編集、ウェブマーケティングを高水準でこなせる俺に最も向いていたのは、演者だったみたいだ。
ネタ……、脚本を書く才能を持つガリ勉による演出は、最高のアクターを生み出していた。
くそっ。
おもしれーじゃん。
……。
正直、最初は腹が立ったけど、もらった動画を見ているうちに、マサヒロとミレイの二人に対する怒りなんて、とっくに消えていた。
奴らが撮影した動画に夢中になっていたし、なんなら、どう編集すればより魅せられるか、そんなことばかり考えていた。
だが、胸の奥に残る確かな不快感。
いや、これは悲しみだ。
失恋の悲しみだ。
俺は雅子に本気で恋をしてしまったんだ。
きっと、初めて動画を見たときには好きになっていて、少なからず楽しい時間を共にして……。
やつはガリ勉だから、動画に関してもちゃんと勉強したんだろうな。動画配信に興味がありつつも、知識がわずかに足りない女を見事に演じていた。そして、俺の得意領域について、関心を持って聞き、新しい知識を得られたと喜び、未来について語る。
見た目に惹かれたのはもちろんだが、雅子と話す時間がすごく楽しかったんだ。
……。
くそっ。
とんでもねーことをしてくれたもんだ。
……。
弄びやがって。
……。
ん? なんだこれは。
なぜ俺は泣いているんだ。
あぁ。
偽物の女に騙されたのが、悔しくて泣いているんじゃない。
ミステリアスな空気に包まれた、サラサラの黒髪が似合う美女。チャーハンを作る話でわざわざ「チンチン」だなんて、ふざけたことを言って俺をからかってくる……おもしれえ女。そして、動画投稿や編集、マーケティングについて、同じ方向を向いて、未来について語れるパートナー。
……。
俺が本気で好きになった女ともう会えない。
それが、どうしようもなく悲しいんだ。
……。
『嘘告は、ざまぁまでがセットだろ?』
……。
くそっ。
俺の純愛が偽物だったとは思わない。
偽物であって欲しいとは思うが。
……。
そんなことはどうでもいい。
たった、たったの四時間、一緒にいた女を失っただけでこれだ。
……。
『……俺もヒナが好きだ。本当はずっと……初めて会った時から……』
……。
ケイタ。
ごめんな。
俺、バカだから全然わかってなかった。
……。
ごめんな。
ごめん。
……。
今流れている俺の涙がなんなのかは、本人にも、さっぱりわからなかった。
—— 第一幕 完 ——




