第12話 ジュルルル……プチッ!(レオン視点)
店に向かう途中、俺たちは、いろいろなことを話した。北條さんは常陸北高校の二年生で、彼氏は募集中。この美貌で彼氏がいないとは驚きだが、俺にとっては都合が良いだけのことだ。
そして、料理研究会に所属しているらしく、美味しいチャーハンの作り方や、きれいに卵焼きを焼く方法なんかを詳しく教えてくれた。
踊れる、喋れる、料理もできる。そしてこの美貌だ。もう、何をやっても動画がうまくいく未来しか想像できない。そして、インターネットという戦場で共闘する中で深まっていくであろう二人の愛。
「パラパラのチャーハンを作るなら、まずは中華鍋をチンチンに熱するの。少し多めの油を馴染ませて、溶き卵とお米を入れたら一気に……聞いてる?」
「あ、ああ」
「レオンって、へんなのーっ♪」
「はは! まいったなーっ!」
この小さな口から一瞬だけ聞こえた単語を、俺は聞き逃さなかった。それを脳内で反芻し、ごくりと飲み込む。
ふぅ。
チャーハンは主食だが、しばらくはおかずに困らなそうだ。
そんなくだらない話をしているうちに、俺たちは自然と名前で呼び合い、タメ口で喋るようになっていた。
「あー。あったあった」
「あれか」
俺と雅子に気を使ったのか、空気のようにひっそりしていたミレイが突如声を発する。どうやら、このこぢんまりとした洋食屋が、俺たちの恋の舞台になるらしい。なかなか雰囲気のある店を選んだもんだ。
——ガラン
「いらっしゃいませー」
「予約の飯島です」
「お待ちしておりました。奥の席へどうぞ」
「ありがとうございます」
外観は少しくたびれた印象だったが、中は案外きれいなもんだ。間接照明とキャンドルで照らされた薄暗い店内。一枚板の四人がけテーブル。アンティークっぽい椅子。この田舎町には場違いな、大人の雰囲気のおしゃれな店だ。
「ミレイ、この店、高いんじゃないか? 予算は一人二千円だぞ」
「大丈夫。ソフトドリンク飲み放題とメインのパスタかピザ、サラダとスープがついて、ちょうど二千円の店らしいから。パスタは大盛りも無料らしいよ」
「おお! よくこんな店知ってたな? 高校生が来る感じじゃなくないか?」
「お兄ちゃんが教えてくれたんだ。まぁ、ディナー二千円も、私たちからしたら大金だよね」
ミレイに兄貴がいるのか……。本当によくわからないやつだ。こいつ、いつもうつ伏せで寝ていて、『五組の眠り姫』なんて呼ばれてるらしいし。謎の多い女だ。
だが、そんなのはどうでもいい。今は雅子だ。
「雅子の動画見たよ。すごい伸びてたね」
「ねー。私もびっくりしちゃった。でも、やっぱり編集とか難しくてさ」
「正直に言わせてもらうと、もったいない。って感じだな」
「やっぱりかー」
「まずタイトルが『JKがドビダンス踊ってみた』ってだけだと、ユーザーを取り逃がすことになる」
「というと?」
「使える文字数、媒体に掲載されて途切れない三十文字を最大限活かすべきだ。例えば……『【HOJO】北関東の田舎JKがドビダンス踊ってみた〜初投稿』とか」
「HOJO って名前?」
「雅子のハンドルネーム的なやつ。今は(仮)だが、これがあるとないとじゃ大きく違う」
「そうなんだ! すごいねレオン! HOJOは捻りがないねー。どうしよう悩むなー!」
「それなら——」
それから俺たちは、2時間飲み放題であるドリンクバーのおかわりを忘れるほど、夢中になって語り合った。どんなタイトルがウケるのか、編集はどうするとか、ユーザーがどう動くとか、技術的な話、マーケティングの話はもちろん、動画を伸ばしてどうしたいのか、将来の夢なんかも……。
元々、踊っただけで動画が伸びれば、それ以上のことは考えずに結局ファンが離れていくようなバカ女が多い中、自ら何かを学ぼうとしていた女だ。ちょっとマニアックな技術の話なんかにも食いついてくる。
元々は見た目に興味を持って声をかけただけだが……こんなに話の合う女は初めてだ。常陸北高校であれば、学力も低くないだろうし、見た目も良い。ダンスもできて、話も合うなんて……絶対に逃しちゃなんねぇ。この女。
「さて、そろそろ時間か。ちょっと早いけど私は帰る」
「え? お、おう」
「それじゃ、ごゆっくり」
「じゃあな!」
「うい。ごちそうさま。バイバイ」
——ガチャッ……チャリンチャリン
気を遣ってくれたのか? ミレイは先に帰って行った。あいつにも見えたのだろうか。俺たちの未来が。ったく。仕方ねーな。結婚式には呼んでやるか。
友人代表のスピーチなんかを任せてやってもいい。今回だけだぞ。
「ミレイ、帰っちまったな」
「ねー。私たちも、そろそろいこっか」
「あ……ああ、そうだな」
「本当にご馳走になっちゃっていいの?」
「もちろん。漢に二言はない」
「かっこい〜♪」
かっこい〜♪ だってよ! やっぱり雅子もまんざらではない感じだ。確実に心の距離が縮まっているのがわかる。
雅子がトイレに行っている間に、会計を済ませておく。俺はスマートな男だ。女性の扱いだって慣れている。
さて……このあとは……。
◇
街灯が少なく、薄暗い道。来るときだって、幽霊のように存在感を消していたミレイだが、今度は本当にいない。つまり、雅子と俺、二人きりの帰り道だ。
ん〜。出会って初日に告白ってのはさすがに早いか? いや、でも、他の男に取られるって可能性を考慮すると、リスクリターンは……。
イケるっ! 今は彼女がいないだけで、元来俺はモテる男だ。身長も高い。見た目も良い。陰陽のどちらの話題にもついていけるし、やらないだけでやってみれば何でもできる男だ。
そんな俺の分析によると、雅子は俺を悪く思ってはいない。あんなに楽しそうにしていて、時々俺の肩をポンっと叩いたり、腕を掴んできたり、ボディタッチだってたくさんだ。
もしかしたら、すでに彼女は俺を好きなのかもしれない。勝率は……八割五分と言ったところか。
プロスペクト理論なんてのは負け犬の思想だ。
手札はAA……。男は黙ってオールイン。
チート使いのヒナには敗北したが、俺は生粋のギャンブラーだ。
落ちてる金を拾わねえバカはいねえっ!
伝えよう。帰り道にある中央公園で、動画配信の……いや、人生のパートナーとして、共に歩もうと!
「雅子、ちょっと時間あるか?」
「ん? 大丈夫。ちょっとなら」
「そんなに時間は取らせねーさ。ちょっと、この公園を通り抜けて帰ろうぜ」
「いいね。夜の公園。嫌いじゃないよ」
クールな女だ。いや、照れ隠しか? 雅子の放つ言葉の一つ一つが、俺の背中を押す追い風であり、告白までの道を切り開く剣のように感じる。どこかミステリアスな雰囲気の彼女は、現代の魔法使いなのかもしれない。
公園の中央。一際大きな街灯はスポットライトの如し。
よし……ここがベスポジだ。
「雅子」
「なーに?」
「俺と、付き合ってくれないか! 動画配信の……いや! 人生のパートナーとしてッ!」
「……」
沈黙。雅子は……俯いて肩を震わせている。
泣いているのか!?
俺は何かミスをしたのだろうか。それとも、突然すぎる告白に……感極まってしまったのか……。
後者だと……良いんだが……。
「雅子——」
「レオン」
彼女を呼ぶ俺の声が、遮られた。
「ん」
「目を閉じて」
「え、ああ」
「良いっていうまで、絶対に開けないでね」
「おう」
俺は、黙って雅子の言うとおり、目を瞑った。
それ以外に選択肢なんて……なかったんだ。
だって。
彼女の声が……震えていたから。
……。
一歩一歩近づいてきた雅子の足音は、俺のすぐ前で止まった。
右頬に触れる、冷たい手。
!?
あ、ああ、こ、これはまさか!?
——Chu...
あ、ああっ!? この唇に触れる柔らかいものは、まさかキッキキキキ……。
「恥ずかしいから……目、開けちゃダメだよ」
「は、はい」
もう一度、俺の頬に触れる、冷たくて、少しだけ骨ばった細い指。
——Chu...Chu...
アアアアアっ! 雅子のっ! 柔らかい……なにかが……口に……、入ってくるぅっ!
柔らかい。美味しい。良い香りがするッ!
あぁ。キッス……というのは、レモンの味をすると聞いたことがあるが、本当だったんだな。
こんな綺麗な女性と、初キッス。
俺、俺……っ!
もう我慢ならんっ!
——ジュルルルッ
——プチッ!
「あ」
む……。
なんだ今の音は、声は……?
まあいい……。
そんなことより、雅子の舌が……美味しい……。
……。
美味しい!?
マ、マサコの舌が……チギレてしまった!?
——ゴクリッ
口の中に残る雅子の舌を勢いよく飲み込み、目を開く。
そこには……。
「こらっ! 目を開けちゃダメだって言ったろー♪」
雅子の服を着たガリ勉がいた。
「マ……ママ……」
「もう。ママじゃないわっ♪」
雅子の声で、マサハルが……いや、マサヒロが話している。
「マサ……マサコ……」
「マサコじゃないわ♪」
「マサハルーーー!!!」
「マサハルじゃねえ。マサヒロだ」
「どうなってんだよぉぉぉぉ!?」
——ガサッ
「あ、あははは、あははははははははは!」
「ミレイ!? おま、帰ったんじゃ……」
普段寝てばかりで、物静かなミレイが爆笑しながら姿を現す。
「やっば! マ……ママ……ママママ……ってっ……くっ……ははは!」
「いや、誰だよ!?」
別の方向から現れたのは……昼間のヤンキーにいちゃん!? 俺の真似をしながら腹を抱えて笑う二人の手には……カメラが起動していることを示す赤いランプのついた、スマートフォン。
……。
「テメェらっ! やりやがったな!?」
「ガハハハ! 怒んなよ! ジョークだって!」
「ふっざっけんなっ! 俺の純情を弄びやがって!」
「カッカッカ! せっかく協力してやったってのに、怒ってんのか? お可愛い奴だなぁ、レオンちゃんよぉ」
「あぁ!? 協力ダァ!? なんのことだ!? クソガリ勉てめえ!!!」
「レオンよぉ〜。お前のあの作品は未完成だったじゃねーか」
「何を言って——」
薄暗い公園の街灯の光のおかげでわからないが、おそらく真っ赤な顔で叫ぶ俺の肩にポンっと手を置き、マサコ……いや、マサヒロはニヤケた顔で囁きかけた。
「『嘘告』は、『ざまぁ』までがセットだろ?」
「……」
「違うか?」
……。
くっそーーーー! やられた! まじかーーー!
……。
まじかーーー!
——トントン
あ!?
「あげる」
ミレイはそう言うと、大きな黒縁メガネを渡してきた。
「カメラついてるやつ」
「うわああああああああああ!」
「大丈夫。別にグループチャットに流したりはしないよ。家に帰って確認してみて。いい顔してたよ♪」
「ふざけやがって……!」
「殴るの?」
く……。首を少し傾けながら上目遣いで俺をみてくるミレイは、どうしようもなく可愛い顔をしている。こいつ……わかってやってやがる。
「そんなダセェこと……するかよ」
「かっこいい〜♪」
くそ。やられた。どこでみていたのか、さっきのマサコ、いや、マサヒロの真似をしながらミレイが煽ってくる。こいつ……めちゃくちゃ活き活きしてやがる! 普段の眠そうな顔はどうした!?
「いやーしかし、想定以上の出来だなこれは!」
「まさか、こんにゃくゼリーを使うフェーズまで行くとは思わなかったね」
「ああっ! こいつが噛みちぎった時は、ゼリーを喉に詰まらせやしないかとヒヤヒヤしたぜ!」
「レオン……本物の女の人に、やっちゃダメだよ?」
「やらねえよおおお!」
クソクソクソッ! 何が初キッスはレモン味だ! こんにゃくゼリーじゃねーかよ! あの野郎、丁寧に温めてやがったな……。人肌に……どこにしまってたってんだ!?
「あー、ちょっといいか? レオン」
「あ?」
改めてマサヒロが話しかけてきた。真剣な目をしている。これ以上何か話すことがあるのか!? 俺は一刻も早く家に帰りたいんだが!
「……」
「なんだよ! 言いたいことがあるなら早く言え!」
「……」
「なんなんだよっ!」
「告白の返事がまだだったな」
「いらねえよ!」
高平礼音様のサクセスストーリー第一章が始まるのは……。
今日ではなかったようだ……。
……。
ちくしょうっ!




