第10話 ヒナは最後だ
「おはよう!」
「おはよ」
ヒナはいつから早起きをできるようになったのだろう。最近は待たされることも、めっきり減った。俺自身、ヒナを待っている時間も嫌いではなかったのだが、まあいい。
遅刻せず待ち合わせ場所に来れるのは良いことだ。俺の都合でヒナにだらしない生活をさせることもない。娘の成長を少し寂しく思う父親とはこういうものなのだろうか。
「へくちっ」
「風邪か?」
「んんー。わかんない」
「ほら、ティッシュだ」
「ありがと」
なんやかんやでもう十一月なんだ。いくら地球温暖化が進行しているとはいえ、ちょっとは冷える日もある。ヒナは天気予報を見る習性がないから、よく、外気温に真っ向から喧嘩を売っている。
関係あるかは知らんが、ヒナはよく風邪を引く。体が弱いというわけではないのだが、ちょっとした咳が続いたり、くしゃみが止まらなくなったりするのはよくあることだ。
……。
あれから、マサヒロが教えてくれたんだが、どうやら例の事件はヒナにとってもサプライズだったらしい。
ことの顛末としては、『俺がヒナに告白するかどうか、レオンと賭けをしていて、証拠保全用に撮影していた動画をレオンが勝手に編集してグループに流した』とのこと。
そしてあの告白は、何やら勢いに乗ってしまったヒナの暴走によるもので、ヒナはカメラの存在自体を忘れていたとかなんとか。
何が何だかさっぱり分からない。
ただ、ヒナは昔から理解のできない行動ばかりするから、ヒナのおバカなハプニングが重なれば、こんなことにもなるんだってのは、長年連れ添った俺からすれば、納得はできる。
「長年好きだった女の子から嘘の告白をされて喜んでいた勘違い野郎」は、「長年好きだった女の子からの告白を嘘だと勘違いして落ち込んでいた勘違い野郎」でもあったみたいだ。
……。
本当は誰も気にしなくていい。ただの笑い話で終わる話だったんだな。
いかんせん、勘違い野郎の俺は、自分で想像していた以上にショックを受けてしまったようだ。マサヒロとラーメンを食いながら泣き出すほどに。
まぁ、おかげでマサヒロとは仲良くなれたし、ミレイともそうだ。クラスの他の連中とも、前より話すようになった。でも、みんな少し気を遣ってくれているのか、例の動画の話は誰もしない。
バカだけど明るくてクラスの人気者だった、レオンとヒナは、少し浮いてしまったようだ。しかし、うちのクラスの連中はみんなバカではあるが、悪い奴はいない。だから、特に誰かを除け者にしたり、攻撃するようなこともなかった。
「ケイタ」
「ん?」
「誕生日パーティ楽しみだね」
「ああ。何やら準備してくれているみたいだな。何をするんだ?」
「内緒。でも期待してて」
「おう」
あれから俺なりに考えていた。結局、マサヒロから「ヒナが俺を笑いものにした動画を撮ろうとしていたわけではない」と聞く前も今も、「ヒナのことが好き」という俺の気持ちは、一ミリも変わっていなかった。
あの五時間程度の恋仲が嘘じゃなかったとしたら、ヒナも俺のことが好きらしい。だったら、また付き合ってもいいんじゃないか? なんて言う奴もいるかもしれない。
ただ、そこだけは整理が追いついていない。いや、正確にはそこだけではないのだが……。
前にも話したと思うが、俺はそもそもこの幼馴染の特等席を気に入っている。家族ぐるみで仲良く年中行事をこなし、特別な予定がなければ登下校も一緒。五時間だけ彼女だったヒナとやったことも、座席から見える景色が違っただけで、別に普段と変わらないただの下校だ。
俺はヒナのことが好きだが、彼氏になって何か変わることがあるのか、いまいちよくわかっていない。
……。
いや、嘘だ。さすがに高校二年生となれば、付き合った男女が何をするかくらいは知っているし、そこに興味がないわけではないというか、積極的に取り組んでいきたい気持ちはある。
ただ、そういうことを考えると、今までは頭の中でなんとか処理していた、ヒナの元カレとやらと、なんやらかんやら……あまり考えたくないことを考えざるを得ない。要は嫉妬だな。そんなものがセットともなると……付き合ったりどうとかってのも、考えものだ。とにかく、今の俺はまだ、ヒナの彼氏の椅子に座る覚悟ができていない。情けない男だ。まったく。
そして、本件を通して、俺は厄介なことに気づいてしまった。どうやら、幼馴染とか、恋人だとかは別として、ヒナに依存して生きてきたみたいだ。
小さい頃から、ヒナがやりたい遊びをやって、ヒナが好きな食べ物を俺も好きになって、ヒナが作った友達と遊んで、ヒナが何かあった時のために、部活は柔道をやっていた……。
親に猛反対されなければ、高校だってヒナの行きたがっていたもう少し偏差値の低いところに行こうとしていた。だから、最終的にヒナの方が勉強してこの学校に入ってきた時は、すごく嬉しかった。
マサヒロと仲良くなるまでは、大学進学ですら、ヒナが選んだ大学であれば、余裕を持って俺も選択ができるように、成績をキープしていたくらいだ。
こんなでは、進路選択のタイミングで、またしても両親に叱られてしまう。
本当にヒナしか見えていなかったみたいだ。
俺なりに……周りの人間は視野に入ってるつもりではいたんだが、マサヒロが笑うやつだとすら知らなかったわけだからな……。
あの日、マサヒロとラーメンを食った後、家に帰ってクラスメイトの好きなものや、パーソナリティを書き出してみようと思ったんだが、見事に何も思い浮かばなかった。なんなら、中学校、小学校の連中に関してもだ。
さすがにめちゃくちゃ焦った。俺は自分で思っているより視野の狭いどころか、ヒナという光に網膜を灼かれていたらしい。
……さすがに妹のエリカが好きな食べ物なんかはわかっていたので、そこは安心した。
家族のことさえ見れていなかったとなっていたら、重症どころの騒ぎでは無いからな。
とにかく、今はヒナと付き合うとか付き合わないとか、そんなことを考えている余裕はなかった。自分という人間を確立させなくてはならない。ヒナがいなければ、からっぽな人間なんて、そのうち飽きられて、幼馴染の席ですら失いかねないからな。
だから俺は、最悪のケースに至るリスクを排除することにした。俺はアレからヒナの顔を見れていない。大好きなヒナの顔をまともに見たら、冷静に独り立ちをすることなんかできなくなってしまうから。
俺だっていつまでも、雛のままではいられない。
すぐに飛び立つことはできないかもしれない。
けれど、掴まり立ちくらいはできるようにならないとな。
……。
Little by little ってやつだな。
「——ケイタ聞いてる?」
「すまん! 聞いてなかった」
「珍しいね」
「ちょっと考え事をしててな。 ……っとっとっと!」
「おっとっとっと」
「ヒナ、それは無理があるぞ」
「重い」
このサイズの男が、掴まり立ちってのも迷惑な話みたいだ。
◇
十一月に入ってから、体育の授業はサッカーに切り替わった。中学時代サッカー部だったレオンが張り切っている。先ほど「レオンは浮いてしまった」と言ったが訂正しよう。やはりレオンは人気者だ。結局明るくて面倒見の良いやつのところに人は集まっていくものなんだな……。
まぁ、思うところがないと言ったら嘘になるが、別に良い。レオンと仲違いしたいとは全く思っていない。これは事実だ。本当に、本当にちょっとだけモヤモヤッとするだけだから、気にしないでくれ。
……。
自分で言うだけあって、マサヒロは確かに運動神経がよかった。「サッカーは体育の授業でやったくらいだ」なんて言っていたのに、ドリブルがやたらとうまく、フェイントを駆使して、レオンやサッカー部の連中ともやりあえている。
とはいえ、やはり現役で毎日ボールを蹴っている連中は頭が一つ抜けている。シュンスケ、リョウヘイ、ワキタはサッカー部。ちゃんと覚えている。
シュンスケはマサヒロと同じくらいの身長……162cmくらいのチビだが、筋トレに励んでいてとにかくマッチョだ。サッカー部の連中からは「リトルサイクロプス」と呼ばれている。
リョウヘイはサッカー部のエースで、中学時代は県のトレセンにも選ばれていたらしいが、鹿島にあるサッカーチームのJユースのセレクションには落ちたって聞いた。
ワキタはお調子者で、変な髪型をしている。サッカー以外にはお笑いが好きで、突然立ち上がって一発ギャグをカマすが、勝率は四割といったところか。一発ギャグの勝率が四割ならかなり高い方——シュッ。
俺の顔の横を何かが通っていった。
——バサッ
「おいケイタ! 何をボケッとしてやがる! キーパーがそれじゃ試合になんねーだろ!」
マサヒロが怒っている。クラスメイトを観察するのに夢中で、ゴールキーパーの仕事を放棄してしまったようだ。これだから俺ってやつは……。
◇
「マサヒロ」
「ん?」
「お前の弁当はいつもうまそうだな」
マサヒロの弁当箱には、彩りの良いおかずが隙間なく詰められている。毎日これだけのものを用意するのは、相当な手間だろう。今日のおかずは特にこの焼き魚がうまそうだ。
「ああ。中学の時の担任が作ってくれるんだが、やたらと料理が得意らしい」
「そんな先生が存在するのか?」
「フィクションみたいな存在だよ。塾に行かなくても受験対策ができるのも、ノートの取り方を教えてくれたのも、全部そいつのおかげだ」
「すごいな。マサヒロよりガリ勉なのか」
「ガリ勉というか、天才っぽい奴だな。中津北高出身なのに、高田大学を出てるとかいうわけのわからん経歴の持ち主だ」
「偏差値30の高校から70の大学に行ったのか」
「高卒でフリーターをやってたら、二十歳になって突然勉強に目覚めたらしい」
「すごいな。何かこう、人生が変わるような出来事があったのか?」
「当時付き合ってた彼女にフラれたらしい。『顔だけの将来性のない男とは付き合っていられない』って」
「それは……ひどいことを言われたもんだな」
「まぁ、そこから勉強して二年で高田大学だもんな。すげーよ」
「マサヒロはその先生を尊敬してるんだな」
マサヒロは少し照れくさそうに笑った。普段は勉強の話ばかりしているこいつが、誰かのことをこんなに嬉しそうに話すのは珍しい。
「まぁ、これだけ色々してもらって、不義理を働くことはできないよな——って、何をメモしてるんだ?」
「あぁ、これか? クラスの友達たちのプロフィールというか、パーソナリティを書き出しているんだ」
「なんでまた」
「マサヒロがラーメンを奢ってくれた日に言っていただろ『もっと他人に興味を持てよ!』と」
「あぁ。確かに。それで……これか……」
マサヒロは俺の手元に視線を落とした。ノートにはクラスメイトの名前がずらりと並び、その横に俺なりに調べた情報が書き込まれている。
「何かおかしいか?」
「いや。良いと思うよ。どれ、俺にも見せてくれ」
「まだ途中だぞ——」
「どれどれ。お? 結構埋まってんじゃん」
【2年5組 プロファイル】
■ (1) 相沢 拓海
帰宅部。ゲームが好き。ユウマとは中学からの友達。
同じクラスのコトネと付き合っている。
■ (4) 青木 悠真
バドミントン部。よく笑う。タクミと仲がいい。
他クラスに彼女がいる。
■ (4) 秋山 健人
野球部。外野手。声が大きい。
やたらでかい弁当箱を二個持ってきている。
■ (1) 飯島 美麗
帰宅部。小柄。他クラスから眠り姫と呼ばれている。
成績は学年10位前後。ヒナと仲がいい。
FPSが上手い。MMOでトップランカー。
——略——
□ (3) 内村 翔太
□ (1) 岡田 莉子
□ (6) 小川 隼人
■ (2) 長田 雅博
ガリ勉。勉強以外にもガリ勉
良いやつ。ラーメンとお好み焼きが好き
友達。意外と口数が多い。
□ (6) 加藤 優衣
□ (3) 北野 駿
□ (1) 木村 奈々(きむら なな)
□ (5) 久保田 陽介
□ (6) 小林 結衣
□ (6) 斎藤 蓮
□ (1) 佐伯 陽菜
——略——
□ (4) 松本 陽斗
■ (1) 三浦 琴音
吹奏楽部。クラリネット担当。
タクミと付き合っている。
この間クッキーをくれたいいやつ。
■ (1) 宮崎 玲奈
帰宅部。ファッションに詳しい。
ヒナとよく話している。
■ (1) 山本 圭太(俺)
俺。
■ (4) 脇田 直人
サッカー部。変な髪型。お笑い好き。
一発ギャグをよく披露する。
成功率は約40%。半魚人とクリオネの話が好きだった。
「どうだ?」
「この(1)とかはなんなんだ?」
「俺が観測したグループ分けだな。(1)はヒナとレオンが中心のグループで、(2)がマサヒロ率いるガリ勉グループで、(3)がアニメとか漫画の話をしている北野たちで、(4)は部活とかスポーツ系のリョウヘイたち、(5)は進学校のくせにタバコを吸ったりしてイキがってる、ちょっとヤンチャな奴らだ」
「(6)は?」
「Otherだな。分類が難しい、いろんなグループと仲の良い奴らだ」
「なんで俺は(6)じゃなくて(2)なの?」
「マサヒロは一人でガリ勉グループを率いるだけの器がある」
「そうか。光栄だな」
マサヒロは自分が一人ガリ勉グループを率いている存在だと言われて少し嬉しそうだ。俺もマサヒロのガリ勉グループに所属したいとは思っているんだが、いかんせん学力が足りない。早く追いついて、俺もガリ勉グループに所属せねば。
「ん? 個別ページもあるのか」
「あぁ。『伝説のガリ勉ノート』を参考に作らせてもらっているからな」
「あぁ、日本史のあれか」
「そうそう」
「どれどれ」
「待て」
「ん?」
「プライバシーの観点から、見せられるのは本人のページのみだ」
「お、おお。そうか。そうだよな。すまん。デリカシーがなかったわ」
「構わんよ。ほら、これがマサヒロのページだ」
「どれどれ」
■ (2) 長田 雅博
【基本情報】
身長:162cm程度
体格:痩せている
特徴:眼鏡、ガリ勉
所属:帰宅部
成績:学年1位/240人
交友関係:ガリ勉グループ代表(構成員1名)
【性格・特徴】
・非常に真面目で努力家
・勉強に対する熱意がすごい
・知識が豊富で、説明がわかりやすい
・思ったことは割とはっきり言う
・意外と冗談が通じる
・よく笑う
・優しくて良いやつ
・運動神経も良い。サッカーも上手かった
【家庭・生活】
・母親と二人暮らし
・母親は仕事で忙しいらしい
・中学時代の担任に勉強を教わっている
・その先生が作る弁当がうまそう
・先生を尊敬している
【特記事項】
・「ラーメン屋(大雪)」で塩ラーメンを奢ってくれた
・『伝説のガリ勉ノート』の作成者
・塾には通っていない
・頭が良いだけでなく、他人のために怒れる奴
・初めてできたヒナ以外の友達
「……」
「どうした? マサヒロ。ちゃんと分析できているだろ?」
「ちょっとこれは……照れるな」
マサヒロの顔の筋肉が緩んでいる。赤い……耳まで真っ赤だ。全然気にしていなかったが、俺まで恥ずかしくなってきた。
「俺もちょっと恥ずかしくなってきた。返せっ!」
「おっとっと。これはなかなか良い出来だな。ちなみに俺は料理もできるし、掃除も得意だから、書き足しておいてくれ」
「おお、これは良い情報をもらったな。しかし、『伝説のガリ勉ノート』の筆者にそう言われると、自信がつくな」
「これ、他のやつのページも気になるな。ちょっと見せてくれ」
「ダメだ」
「くっ」
いくらマサヒロといえど、プライバシーを侵害させるわけにはいかん。
「しかし、ヒナはまだ埋まってないんだな?」
「あぁ。ヒナは最後だ」
「そうか」
ヒナに関しては、ちょっと書きたいことが多すぎてな。一ページでは足りない気がしている。
別冊を用意するか……。
迷いどころだな。
◆ご挨拶
『嘘告リベンジ』を読んでくれてありがとうございます。
まだ評価もリアクションも一つもついておらず「小説家になろう」とは難儀な場所であると、悩んでおります。
続きが気になってくれたら、フォローや応援コメントをしてくださると、めちゃくちゃ喜びます。
星は1つからでも励みになります。
読者様とコメント欄でコミュニケーション取れるのが、仕事終わりの楽しみとなっていますので、ぜひコメントいただけると幸いです。
なお、次回更新は10月20日の19時前後を予定しております。




