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五つ目の星が灯らなくても ~最高位になれなかった侯爵令嬢が自分の人生を選ぶまで~  作者: 水瀬める


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《再星の招き》を誰が受けるのか、その基準を知る者はいない。


神殿には、《星籍》と呼ばれる巨大な記録がある。


《星授けの儀》を終えた者の名と星位が、女神の魔力によって自動的に刻まれるものだ。


通常、その文字は青黒い。


けれど、ごく稀に、何の前触れもなく一人の名だけが淡い銀色へ変わることがある。


夜になれば、星屑を散らしたような微かな光さえ宿すという。


神官たちは、それを《星の揺らぎ》と呼んでいた。


なぜ選ばれるのか。


星位が上がるのか。


あるいは、別の変化を示すのか。


再び女神の前に立つまで、誰にも分からない。




昨年は二人。


その前年は、誰もいなかった。




今年、《星籍》で輝きを帯びた名は五つ。


その一つが、


エレナ・ルーヴェル――《第四星位・セレスティア》。


だった。




「再星ですって?」


翌朝、真っ先に声を上げたのはセシリアだった。


「本当に?」


「ええ。私も驚いたわ」


「すごいじゃない」


そう言ったあと、周囲の令嬢たちがこちらを見始めたことに気づき、セシリアが小さく顔をしかめる。


「……これは大変そうね」


「何が?」


「今日から皆に、『《第五星位・エンピレオン》になるわね』って言われるのよ」


「まさか」


エレナは笑った。


けれど、その日のうちにセシリアの予言は当たった。


「エレナ様なら、きっと《第五星位・エンピレオン》ですわ」


「もともと《第四星位・セレスティア》でしょう?」


「女神様がわざわざ再星へお招きになったんですもの」


「三年前から、さらに何かが変わったということでしょう?」


そのたびにエレナは、


「まだ何も決まっておりませんわ」


と笑った。


最初は、本当にそう思っていた。


再星に選ばれた。


ただ、それだけ。


星が増えると決まったわけではないし、神殿だってそう説明している。


けれど一度、


――《第五星位・エンピレオン》になるかもしれない。


そう考えてしまうと、その可能性は思ったより簡単には頭から離れなかった。




その夜。


エレナは一人、自室で星章を眺めていた。


四つの小さな星。


三年前、あれほど嬉しかったもの。


――四つもある。


そう思った。


今だって、何も変わっていない。


《第四星位・セレスティア》。


十分すぎるほど高い星位だ。


それなのに、五つ目を想像してしまったあとでは、四つの星の隣に、本来あるはずのない空白が見えるような気がした。


エレナは星章を机へ置く。


そして、ふと考えた。


――もし、《第五星位・エンピレオン》になったら。


少しだけ胸が高鳴る。


王国でも滅多に現れない、最高位。


父も母も喜ぶだろう。


王宮でも、もっと大きな役目を任されるかもしれない。


きっと、皆が認めてくれる。


そこまで考えたとき、まったく別の思いが浮かんだ。




――《第五星位・エンピレオン》になったら、王宮を辞めよう。


自分でも驚いた。


けれど、一度そう思うと、不思議なほどしっくりきた。


《第五星位・エンピレオン》になってからなら、誰にも「務まらなかったから逃げた」とは思われない。


王宮では、きちんと役目を果たしてきた。


仕事ぶりも認められている。


それでもエレナが欲しかったのは、誰かからの称賛だけではなかった。


《第五星位・エンピレオン》なら。


王宮を辞めても大丈夫だと。


ここを手放しても、自分にはまだ別の道があるのだと。


何にでもなれる、とまではいかなくても、ここだけが自分の居場所ではないのだと。


女神から保証してもらえるような気がした。


自分一人では、どうしても信じきれないことを。


五つ目の星が代わりに証明してくれる。


そんな気がした。


だからこそ、欲しかったのだ。




五つ目の星があれば、自分自身に言える。


ここまでやった。


もう十分。


王宮を辞めてもいい。


次に何をするのか決まっていなくてもいい。


好きに生きていい、と。




胸の奥に、小さな明かりが灯った。


この先のことを考えて、少しだけ楽しみだと思えたのはいつ以来だろう。


半年、領地で何もせず過ごしてもいい。


南へ行ってもいい。


海を見てもいい。


あの紀行文に載っていた港町を歩いてみてもいい。


何をするかは、そのあと考えればいい。


エレナは小さく息を吐いた。


そうか。


それなら、辞めてもいいのだ。




五つ目の星は、いつの間にかエレナにとって、上へ行くためのものではなくなっていた。


ここから降りるためのものになっていた。



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