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したけさま  作者: 深山零
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第一章 白津村

アラームが鳴る。眠い目を半分開きながらスマホを確認した。


7時40分。


私は慌てて飛び起きた。


慌てたのは事実だがこんなことは日常茶飯時だ。


恐らく7時から7時10分、7時20分、7時30分とアラームは3回鳴ってたのであろう、ずぼらな割に心配性な私は10分置きに毎朝アラームをかけている。


しかし毎回決まって起きるのは4回目のアラーム。寝ている私が3回を綺麗にスルーしてしまうのである。


家を出るまでに10分もない私はその日も歯磨きだけすまし、そそくさと家を飛び出した。




入社して6年。仕事は毎日決まったことをこなし時間がたつのを待つように過ごすだけ、面白みにかける。いっそ転職をしようかと考えるが次のボーナスまでは、その次のボーナスまではと考えてるうちにダラダラと続けている。




気づけば昼休憩になっていた。 パソコンの画面と資料を何度も往復し、気がつけば時計ばかり見ている。 「あと三時間か……」 今日も変わり映えのしない一日だった。




そんな私には唯一の趣味がある。


古くから残る日本の地域や村の逸話や伝承を調べ実際に足を運んでブログに書き留めることだ。


かれこれ5年くらいこの趣味に没頭している。




昔から神や仏の類は人々が作り出した偶像、空想であるのに古くから残る記録や言い伝えにはあたかも実際に存在したかのように伝えられている。


偶像や空想が実際に存在する物として書かれるというギャップに魅了されていた。




しかし、私はこれまで数え切れないほどの伝承を調べてきたが、どれも結末は似たようなものだった。災害や疫病、飢饉――昔の人々には理解できなかった出来事を「神の怒り」として語り継いだだけだった。




少なくとも私はそう考えていた。




仕事を終えて帰宅した私は、先日訪れた場所の記事をブログにまとめ始めた。


写真を貼り、文章を打ち込み、公開ボタンを押す。


「さて、コメントでも見るか」


いつものようにコメント欄を開くと、一件だけ見慣れない投稿があった。




『白津村は知っていますか?』




なぜ、わざわざこの村の名前だけを送ってきたのだろうと不思議に思い、




私はすぐに「白津村」と検索した。





検索結果の一番上には、ウィキペディアのページが表示された。




**白津村(しらつむら)**は、和歌山県南部の山間部に位置する村。


2026年現在の人口は約200人。面積の約9割を山林が占め、林業や農業を主な産業としている。


かつては700人以上が暮らしていたが、1970年代頃から若年層の都市部への流出が進み、人口は減少傾向にある。


公共交通機関は少なく、村へは県道を利用して自家用車で向かうのが一般的である。


村内には小学校が1校あるが、中学校は廃校となっており、生徒は近隣自治体へ通学している。




そこに書かれていたのは、ごく普通の村の情報だった。


ネットに目を通した限り、ただの過疎化した村という印象しか受けなかった。




検索結果を閉じようとしたその時、画面の下の方に表示された一つの記事が目に留まった。


『白津村に伝わる禁忌──「したけさま」とは』


オカルトまとめサイトの記事だった。




白津村には古くから「したけさま」と呼ばれる存在が伝えられている。 村人は神とも妖怪とも呼ばず、ただ「したけさま」として恐れながらも、祀ってきたという。




まさに私の興味を引く内容だった。




読み進めると、出典は不明、根拠も曖昧な内容が多かったが、調べる価値はあると思い、一通り記事を読み進めた。 そして最後に目に入った一文が、強烈に脳裏に焼き付いた。




『現在も白津村は実在します。興味本位で訪れることはおすすめしません。』




その一文が、妙に現実味を帯びてるように思えた。




気づけば私は、白津村までの行き方を調べ始めていた。




「本当にこんな村があるなら、一度見てみたい。」




その時はまだ、それが人生で最も後悔する選択になるとは思ってもいなかった。





翌日の休日、私は白津村についてさらに調べることにした。


ブログ記事に書かれていた内容には若干違和感を覚えていたが、今まで訪れた場所と何も変わらない。


古い伝承が残る場所へ行き、写真を撮り、話を聞き、記事にまとめる。


それが私にとってのいつもの流れだった。


白津村も、その一つになるはずだった。




パソコンを開き、地図を確認する。


目的地まで車で約ニ時間。


思っていたより遠いが、日帰りで行けない距離ではない。




準備が整う頃にはもうお昼前になっていたが、私は車のエンジンをかけた。




白津村に近づくにつれて、鬱蒼と生い茂る木々しかフロントガラスに映らないほどの山道になった。


電波もほぼ繋がらない。


紙の地図を持ってきた事が幸いして、何とかネットで調べた目的地に到着した。




車を降りると、都会では聞くことのない静けさが広がっていた。


風で木々が揺れる音と、遠くで鳴く鳥の声だけが聞こえる。


「本当に人が住んでいるのか?」


思わずそんな疑問が浮かんだ。


しかし、道沿いには手入れされた畑があり、古い民家の軒先には洗濯物が干されている。


少なくとも、この村には今も生活している人間がいる。




私はカメラを取り出し、村の様子を撮影しながら歩き始めた。


まずは誰かに話を聞こう。


したけさまの名前を知っている人がいるなら、この村の人間しかいないはずだった。




白津村は、時間から取り残されたような場所だった。


新しい建物はほとんどなく、古い木造家屋と苔の生えた石垣が並んでいる。


まるで数十年前の風景を、そのまま保存しているようだった。




歩いていると妙に感じた事があった。


道沿いに小さな祠が一定の間隔で並んでいた。 村の入口から奥へ向かうように、まるで何かを導くような配置だった。


しかも民家や街灯はどれも古くなって管理が行き届いてないという印象だが、その祠たちだけは異様に綺麗に丁寧に扱われているようだった。


その瞬間、頭の中に一つの名前が浮かんだ。


したけさま。


きっと、この祠はそのために存在している。




私が祠をじっと見つめていると向こうの方から人がこちらへ歩いてくるのが見えた。


この村に来て今まで人一人見なかったことに若干の違和感を覚えながらも


「過疎化した村ならこんなものか」


などと考えていると


「……あんた」


不意に背後から声がした。


振り返ると、いつからそこにいたのか、一人の老人が立っていた。


「この村に何をしに来たんだい?」




「すみません。少し村について調べていて……」




「古い伝承について、話を聞ける人を探していました」




「伝承?」




老人は少し首を傾げる。


「この村にそんな大したものはないよ」




「したけさま、という名前を聞いたことはありませんか?」




その瞬間、老人の表情がわずかに変わった。


「……したけさま?」




「はい。昔からこの村に伝わる存在だと記事で見まして」




「ああ……あれか」




老人は祠の方を見る。


「昔からある話だよ」




「やっぱり知っているんですね」




「そりゃ、この村の人間なら誰でも知ってるさ」





「昔の人間が作った言い伝えだよ」




老人は笑った。


「山には神様がいる。怒らせちゃいけない。そういう昔話みたいなものだ」




「まあ……今でも祠の掃除だけは欠かさないけどね」




「信じているんですか?」




「いやいや、そんなわけないだろう」


と老人が笑う。




「ただ、昔からそうしてきたからな」




「でも、一つだけ忠告しておくよ」


「あの場所には、行かない方がいい」




「あの場所って……?」




老人はしばらく黙った。


「……山の奥だ」


「昔から、村の人間はあそこには近づかない」




「したけさまがいるからですか?」




「違う」


「ただ……昔から、そうしてきたんだ」




私はまだ知らなかった。


あの山の奥で、村人たちが決して口にしないものが待っていることを。

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