第19話 君の色(3)
ノアはそのまま、
リリアナの手を引いて歩いた。
強くではない。
けれど、
ためらいのない手だった。
回廊を折れ、
人気の少ない渡り廊下へ入る。
石床の上で、
足音だけが静かに重なる。
しばらくして、
ノアの歩調がわずかに緩んだ。
そこでようやく、
自分がまだリリアナの手を取ったままだと気づいたのだろう。
指先が、
ほんの少しだけほどける。
手が離れる。
離れたあとに残った熱だけが、
遅れてそこに気づかせた。
けれど、
すぐには何も言わない。
その沈黙が、
かえって二人のあいだを静かにした。
先に口を開いたのは、
リリアナだった。
「……ありがとうございました」
ノアは前を向いたまま、
短く息をつく。
「ああ……悪い」
低い声だった。
「急に連れ出した」
リリアナは小さく首を振る。
「いえ。助かりました」
言ってから、
それだけでは足りない気がした。
けれど、
何を足せばいいのか分からない。
言葉を探しているあいだも、
足音だけが先に廊下を進んでいく。
研究棟へ続く廊下の先が見えたころ、
前を向いたまま、ノアがぽつりと言う。
「困ったことがあれば、言って」
少しだけ間を置いて、
続ける。
「一人で流さなくていいから」
リリアナはわずかに目を見開く。
すぐには返事が出なかった。
そう言われることに、
まだ慣れていない。
やがて、
小さく頷く。
「……はい」
少しだけ迷って、
言葉を足した。
「そう言っていただけて、嬉しいです」
ノアは答えなかった。
ただ、
歩調だけをほんのわずかに緩めた。
それが返事の代わりみたいだった。
高い窓から差す夕方の光が、
渡り廊下の石床に細く伸びている。
二人はその光の上を、
しばらく何も言わずに歩いた。




