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第19話 君の色(4)

休日、リリアナは商会へ顔を出していた。


学院に入ってからは以前ほど頻繁には来られなくなったが、

休みの日に時間が合えば、こうして手伝いに入ることがある。


帳面を揃える。

運ばれてきた品を確認する。

不足分を書き留める。


それだけでも、人の出入りが多い商会ではいくらでも仕事があった。


しかも、リリアナが来ていると分かると、

帳場の者や店の者が小さな相談事を持ってくる。


この数字の置き方でいいか。

この品目の並べ方で見落としはないか。

先方への返事はどこまで書くべきか。


一つひとつは細かい。

けれど、そういう細い綻びを拾うのが商いでは大事だと、叔父はいつも言う。


ひと通りの手伝いが落ち着いたころ、

帳場の奥から叔父が顔を上げた。


「リリアナ、少しいいか」


呼ばれて近づく。


叔父の机の上には、

問い合わせ書に添えられた簡易な路線図と、

鉄材の流れを書き込んだ書類が広げられていた。


長く伸びる線。

その途中についた小さな印。

駅舎らしきものと、橋の位置。


「鉄道ですか」


リリアナが問うと、

叔父は短く頷いた。


「ああ」


リリアナは路線図を見て、

すぐに察する。


「……アルヴェイン公爵家の計画ですね」


サラの家だ。


叔父は路線図の上を指でなぞった。


「王都と南を繋ぐ計画だ。

 通れば見栄えはいいし、話としては華やかでもある」


そこで一度、手を止める。


「だが、少し気になる」


その言い方に、

リリアナは自然と机の上の書類へ目を落とした。


正式な発注ではないのだろう。

だが、大きな事業が動く前には、

こうして商会へ流れの打診が来る。


図だけではない。

鉄材の問い合わせ。

輸送費の試算。

納入時期の見込み。


叔父のところにも、

その一部が回ってきているのだ。


「何がですか」


問うと、

叔父は書類の端を指で押さえた。


「鉄だ」


簡潔だった。


「今はまだ回っている。

 だが、この先の流れが少し読みにくい」


「値が跳ねるか、

 入る量が細るか、

 どちらにしても妙だ」


リリアナは路線図を見下ろす。


長い路線だった。

確かに華やかだ。

完成すれば、人も物も大きく動くだろう。


街道とは違う流れが生まれる。

途中の町も栄えるかもしれない。

うまくいけば、それだけで国の景色まで変わる。


だが、そのぶん、

ひとつ狂った時の傷も大きい。


「前提が崩れると、

 全部にしわ寄せが出ますね」


「ああ」


叔父は低く言う。


「こういう大きい事業は、

 一度走り出すと止まりにくい」


「だからこそ、最初の見込みがずれると厄介だ」


リリアナは黙って頷いた。


入学前にも、

叔父は似たようなことを言っていた。


国は理念では回らない。

流れで回る。

人と物と、金の流れだ、と。


あのときは、

まだ少し遠い話のように聞こえていた。


けれど今、

机の上に広げられた路線図と数字は、

その言葉がきちんと形を持ったもののように見えた。


「今すぐ崩れる、という話ではない」


叔父は書類を軽く叩く。


「だが、少し変だと思う時は、

 大抵そこに何かある」


それは、いつも叔父が言うことだった。


大きな違和感になる前の、

小さな癖を見逃すな、と。


リリアナはもう一度、書類を見る。


サラが直接どうこうする話ではない。

けれど、公爵家の名で進む事業である以上、

あとで面倒な形になることはあるかもしれない。


その程度に、

今は受け取っておくことにした。


「覚えておきます」


叔父は短く頷いた。


「それでいい」


話はそこで終わった。


帳場へ戻ると、

商会の中はまたいつもの忙しさに満ちていた。


荷を運ぶ音。

帳面をめくる音。

人の声。


その中で手を動かしているあいだは、

余計なことを考えずに済む。


商会を出たのは、

まだ日が落ちきる前の時間だった。


門の外には馬車が待っていたが、

リリアナは先に帰っていいとだけ告げて、

一人で通りを少し歩くことにした。


叔父の話を、

少し頭の中で整理したかった。


鉄の流れ。

見込みのずれ。

まだ小さい違和感。


石畳をゆっくり進んでいた、その帰り道。


ふと、

宝石店の前で足が止まる。


店先の硝子の向こう、

並べられた品のひとつに目が留まった瞬間、

リリアナは動けなくなった。


銀のブローチ。


乳白色の石を留めた、

小ぶりな意匠。


やはり、と思うより先に、

息が止まる。


まだ店先の影の中にあって、

石はひっそりと色を潜めていた。


白というより、

薄い灰を含んだような色。


静かで、

目立たない石だった。


けれど、

それがかえって目を離させなかった。


曇っているわけではない。

ただ、

光が触れていないあいだは、

内に籠もって息を潜めているように見える。


リリアナは思わず近づいた。


その拍子に、

店先の硝子へ夕方の光が差し込む。


石の表面に、

ひとすじ光が触れた。


その瞬間だった。


さっきまで静かに沈んでいた色が、

ふいに内側から目を覚ます。


白の奥に、

淡い銀が差す。


そのさらに奥で、

ごくかすかに青や紫の気配まで揺れた。


光を受けたときだけ、

石はまるで別のものみたいに表情を変える。


暗いところでは目立たないのに、

ひとたび光が当たると、

急に息を吹き返したように輝く。


胸の奥が、

破れそうなくらいに波打った。


思わず、

息を呑む。


――あのブローチだ。

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