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第19話 君の色(5)

――ああ。


ブローチに光が差した瞬間、

胸の奥がひらく。


記憶が、

そのまま引き寄せられるみ。


――ちょうど、今頃のことだった。




あの日も、

光はやわらかかった。


部屋の窓から差し込む明るさが、

床に静かに伸びていた。


少し落ち着かなくて、

でも、どこか浮つくような、

そんな空気の中で。


エリオスが、

そこにいた。


平然とした顔をしているのに、

口元だけ少し落ち着かない。


何か隠している時の、

あの人の顔だと思った。


小さな箱を差し出してくる。


「これ、見つけた」


受け取る。


軽い。


指先で蓋を開けると、

中にあったのは銀のブローチだった。


灰白色の石がひとつ、

静かに留められている。


光を浴びていなくても、

もう綺麗だった。


白というより、

やわらかく銀を含んだような色。


思わず、

声がこぼれる。


「……きれい」


エリオスはそれを聞いて、

ほんの少しだけ目を細めた。


「視察の帰りに、通りで見かけて」


そう言って、

箱の中からブローチを取り上げる。


「……色だけ見て選んだ」


少しだけ視線を逸らす。

照れ隠しみたいに。


それから、

窓辺へ寄せた。


光が石に触れる。


その瞬間だった。


静かだった白の奥で、

淡い色がふわりと起きる。


銀。

ごく薄い青。

それから、

かすかな紫。


石の中で、

眠っていた小さな虹が、やわらかく浮かび上がった。


「……すごい」


思わず呟く。


エリオスは石を見たまま言った。


「光に当たると変わる」


少しだけ間を置いて、

今度はリリアナを見る。


「見つけた時から、目が離せなかった」


そして、

もう一度石へ目を戻す。


「リリーの色みたいだろ」


 不意に落とされた言葉に、

 呼吸が止まった。


 視線は、彼の手元の石へ落ちる。


 淡い光を含んで、静かに揺れる色。


 やわらかくて、

 透き通っていて、

 胸が詰まるほど綺麗な――灰色。


 ――灰色。


 それは、自分の色だ。


 王宮に上がってからは、

 あからさまに避けられることは減った。


 けれど、知っている。


 この色が、

 世間ではどういう意味を持つのか。


 不吉だと。

 縁起が悪いと。

 触れない方がいいものだと。


 だから――


 思考が、

 一瞬、追いつかなかった。


 この石が?

 この光が?

 私の色?


 ゆっくりと、

 顔を上げる。


 エリオスは、

 ただ当たり前みたいにそれを見ていた。


 迷いもなく。

 躊躇もなく。


 綺麗なものを、

 最初から綺麗だと知っている目で。


 胸の奥が、

 きゅっと締まる。


(……あなたの目には)


 言葉にならないまま、

 形だけが浮かぶ。


(私は、そんなふうに映っているの?)


 余計な意味も、

 怖がりも、

 ためらいもなく。


 ただ、そのまま。


 それだけで――


 視界が、少し滲んだ。


 嬉しい、と思った。


 それだけで、

 自分は生きていける気がした。




「……ありがとう」


やっと、それだけ言う。


エリオスは軽く頷いた。


「守りの石らしい」


少しだけ間を置いて、


「持っててほしい」


押しつけるでもなく、

ただ静かに願うような声だった。


それから、

ブローチを持ち直す。


「つけてもいい?」


小さく問われる。


リリアナは息を止めて、

頷いた。


「……うん」


エリオスが一歩近づく。


真正面ではなく、

少しだけ斜めに立って、

身を屈める。


視線が胸元へ落ちる。


距離が近い。


さらりと流れた髪が、

頬の前をかすめそうな位置で揺れた。


触れてはいない。

でも、近い。


息をするたび、

その気配が分かる。


エリオスの指が伸びる。


留める位置を確かめるように、

ほんの一瞬だけ止まる。


それから、

布を傷めないように丁寧に留め具を通して、

静かにブローチを留めた。


わずかな重みが、

服の上に落ちる。


けれど、

指先はすぐには離れない。


角度を整えるように、

少しだけ触れている。


その丁寧さが、

余計に落ち着かない。


それから――


エリオスが顔を上げた。


思っていたより、

ずっと近い場所で視線が合う。


息が触れそうな距離。


逃げ場のない近さだった。


エリオスはそのまま、

リリアナを見ている。


石でもなく、

髪でもなく、

ただそのままを。


その瞳は静かで、

でも、わずかに熱を帯びていた。


しばらくしてから、

ゆっくり口を開く。


「……やっぱり、リリーの色だ」


低く、

やわらかな声だった。


それから、

ほんの少しだけ目を細める。


「綺麗だな」


その一言が、

胸の奥に落ちる。


エリオスの視線は、

すぐには離れない。


名残を惜しむように。

確かめるように。


それからようやく、

距離を取った。


「……気に入ってくれた?」


静かな声だった。


リリアナは小さく頷く。


「うん。大事にする」


本当に、

そう思った。


エリオスは少しだけ息をついて、

やわらかく笑う。


「よかった」


それだけなのに、

その時間ごと、

胸の中へ閉じ込めたくなるような記憶になった。




目を開ける。


硝子越しの石が、

今もそこにある。


光がなくても綺麗だった。


けれど、

光が触れたときだけ、

別の顔を見せる。


しばらく、

その場から動けない。


欲しい、

と思ったのかもしれない。


……いや。


たぶん、思った。


でも、

その気持ちを最後まで認める前に、

小さく息を吐く。


これは、

思い出だ。


前の世界で、

一度だけ受け取ったもの。


今の自分のものではない。


そう思って、

踵を返す。


馬車へ向かう。


振り返らない。


振り返らなかったのに。


胸の奥には、

置いてきたはずの光だけが残っていた。


心のどこかを、

店先に置いたまま帰るみたいだった。


石畳を踏む足音だけが、

やけに静かに響く。


リリアナはそのまま、

ゆっくりと歩き出した。

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