第18話 お茶会(3)
バルディエ商会の書斎。
机の上には、
絹の産地の資料と、
見本の反物が広がっていた。
レオンが紙を一枚持ち上げる。
「今年の収量は予定通りか」
リリアナは頷いた。
「ええ」
「糸の質も安定してきたわ」
「職人の数も増えたし」
レオンは資料をめくる。
「流通量は?」
「増やしてない」
即答だった。
レオンは小さく笑う。
「だろうな」
紙をひらひらさせる。
「俺のところにも問い合わせがしょっちゅう来る」
「王宮ですら“なかなか手に入らない”らしい」
「その絹で仕立てた服を持っているだけで
一つの格になるって話だ」
リリアナは静かに資料を整えた。
「量を出したら崩れるもの」
「村の規模もあるし」
「職人の手も足りない」
「それに――」
「今くらいがちょうどいいの」
レオンは腕を組む。
「絹の格を保つ、か」
「悪くない」
「村も潤う」
「商会も儲かる」
「でも、お前の理由はそれだけじゃないだろ」
リリアナの指が、
資料の端でわずかに止まる。
「……いい絹なの」
ぽつりと言う。
「糸が揃ってる」
「光沢の出方がいい」
「染めると、色が綺麗に出る」
レオンは軽く頷いた。
「それは知ってる」
「そうじゃなくて」
リリアナは視線を落とす。
――ふと、思い出す。
夕方の光。
白い絹。
金の刺繍。
くるりと回ると、
布がふわりと広がった。
袖をつまんで、
さらりと撫でながら
あの人が言った。
「……やっぱり」
「いい絹だな」
その言葉が、
ずっと残っている。
――
リリアナは資料に視線を戻す。
「こういうものを作れる人たちは」
「この国には、残らないといけないと思うの」
レオンが自然に笑う。
「国の繁栄のために、か」
「たいそう立派な理念だな」
リリアナは視線を落とした。
けれど心の中で思う。
――そんな立派なものじゃない。
国の繁栄とか、
発展とか。
そんなものは、
本当はどうだっていい。
ただ。
あの人がいずれ治めるこの国が、
ほんの少しでも豊かならいい。
あの人の肩の荷が、
少しでも軽くなるように。
並んで未来を見ることは、
できないから。
せめて。
あの人が背負う世界が、
穏やかであるように。
もしあの人が王太子じゃなくても、
どこかの兵士でも、
旅人でも。
きっと私は、
その人が穏やかにいられるように、
できることは何でもしたと思う。
リリアナは小さく息をついた。
「……国のため、というより」
「いい絹だからよ」
レオンはわずかに眉を上げた。
リリアナは資料を閉じる。
「それだけ」
書斎の空気が、
静かになった。
レオンはしばらく黙っていた。
「……なるほどな」
資料を軽く叩く。
「じゃあ続けろ」
「この産地」
「徹底的に守るぞ」
リリアナが顔を上げる。
レオンは短く息を吐く。
「いい絹は残す価値がある」
「リリアナがそこまで言うならな」




