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第18話 お茶会(1)

王太子と婚約者の茶会は定期的に設けられる。


公務というほど堅いものではないが、

顔を合わせておくことも役目の一つとされている。


サラとはいとこで、

幼い頃からよく顔を合わせてきた間柄だ。


本人は

「今さら改めてそんなことしなくてもいいじゃない」

と少し面倒そうに言うが、


婚約したということは

そういうことをきちんと内外に示す必要がある。


今日は、その茶会だった。


静かな応接室で、

サラが紅茶を口に運ぶ。


「エリオス?」


声に呼ばれて、

エリオスは顔を上げた。


サラがこちらを見ている。


「……最近、上の空ね」


軽く首を傾げる。


「どうかしたの?」


「いや」


エリオスは視線を戻した。


「少し、疲れが取れないだけだ」


「あら」


サラは肩をすくめる。


「あなたも大変ね。王太子の仕事に、生徒会でしょう?」


「そういうサラこそ忙しいんじゃないのか」


エリオスは言う。


「王太子妃教育に、実家の事業もあるだろう」


「あら、私はあなたと違うもの」


サラはあっさり言う。


「できないことはできないって言うし、全部背負い込まないわ」


くすりと笑う。


「他の人ができることは任せるの。要領がいいのよ、私」


「……そうか」


「王太子妃教育だって必要なところだけやってるわ。

でも任務はきちんとこなす。それが私の役目だから」


サラは紅茶を置く。


「だからあなたも、無理をしすぎないことね」


エリオスは小さく息を吐いた。


「お前に言われるとは思わなかった」


「合理的な助言よ」


サラは少し笑う。


「それに」


「生徒会だって、本当は副会長がやればよかったんでしょう?」


「……」


「みんながあなたにやってほしいって言ったから引き受けただけじゃない。

余計な仕事よ」


サラは続ける。


「顧問にも、生徒会に入らないかって声をかけられたけど

私は断ったわ」


「……想像はつく」


「そんなのやってられるわけないじゃない」


サラはふと思い出したように言った。


「あ、そうそう」


エリオスが視線を上げる。


「お母様が言ってたわ。

たまにはお茶でもしに来なさいって」


「あなたも、ノアにも久しぶりに会いたいですって」


「そうか」


サラの母は、

エリオスの父の妹――つまり叔母にあたる。


「それでね」


サラは少し声を落とす。


「生徒会にバルディエ家のご令嬢が入ったんですって?」


エリオスの手が、

ほんの一瞬だけ止まる。


「お母様が言っていたの」


「定期的に欲しい商品があるのに、

なかなか手に入らないものがあるって」


「誰が流通を動かしているのか調べたら」


「どうもその令嬢らしいのよ」


サラは楽しそうに言う。


「とても上質な絹とか服飾品とか、香水とか」


「お母様がいたく気に入っているのに、

市場にはほとんど出回らないらしいの」


「それに、それだけじゃないわ」


指を折る。


「実用品」


「穀物」


「塩」


「医薬品」


「最近は金属資源の流れにも

少し関わっているみたい」


「いろいろ手を回しているみたいね」


エリオスは黙って聞いている。


「でも不思議なのよ」


サラは首を傾げる。


「その令嬢が

どうも腕がいいらしいって話は聞くのに」


「詳しい話が出てこないの」


「気配はあるのに、

姿が見えないみたいに」


「それに社交界にもまったく顔を出さない」


サラはふっと笑う。


「だから会ってみたいのよね」


「本当にいるのか確かめたくて」


エリオスは何も言わない。


「よかったら今度連れてきなさいよ」


「誰を」


「そのバルディエ家のご令嬢」


サラはさらりと言った。


「リリアナ、だったかしら」


一瞬だけ、

空気が止まる。


エリオスはカップを持ち上げた。


「それならノアに言った方がいい」


サラが目を丸くする。


「どうして?」


「読書仲間らしい」


サラは少し驚いた顔をしてから、

くすっと笑う。


「珍しいわね」


「あの子、本を読むときは一人でいたがるのに」


紅茶を持ち上げる。


「もしかして」


「あの子、まだ気づいてないのかもしれないけど」


「それってちょっと特別な女性なんじゃない?」


エリオスの手が

わずかに止まる。


研究棟で見た横顔が、

一瞬だけ脳裏をよぎる。


サラは気づかない。



「初恋かしら」


小さく笑う。


「やっと春が来たのね、あの子にも」


沈黙が落ちる。


エリオスは窓の外へ視線を向けた。


「……そうかもしれないな」


静かな声だった。


サラは少し笑う。


「恋って不思議よね」


「人って急に変わるもの」


カップを置く。


「そういえば」


少し遠くを見る。


「私にも初恋があったわ」


エリオスが少しだけ目を上げる。


「護衛だった人よ」


サラは軽く笑う。


「たくましくて、大人の男性だったわ」


「でもその人は別の女性と結婚した」


あっさり言う。


「私はもう王太子妃になることが決まっていたもの」


エリオスは何も言わない。


サラは肩をすくめる。


「王太子妃になれば自由に恋なんてできない」


「そんなこと最初から分かっているわ」


少し笑う。


「でも初恋くらい、してもいいでしょう?」


エリオスは黙ったままだった。


サラが少し首を傾げる。


「その顔」


「あなた、きっと初恋もまだね」


エリオスは小さく息を吐いた。


「好きとか」


「そういう感情を」


小さく首を振る。


「必要かどうかも考えたことがない」


サラの顔を見る。


「……悪かった」


サラが瞬く。


「俺が王太子だから」


少し間を置く。


「俺と婚約することになって」


「自由に恋もできなくなった」


エリオスは小さく息を吐いた。


「だから」


「サラが幸せになれるように俺も努力する」


少しの沈黙。


サラはくすりと笑う。


「あなたって」


「堅苦しいくらい真面目だわ」


紅茶を回す。


「別に」


「あなたに幸せにしてもらおうなんて思っていないわ」


視線を上げる。


「私は私の役目を果たすだけ」


「あなたはいずれ国を背負う」


「私は王太子妃になる」


「それだけよ」


サラは少し目を細める。


「でもね」


「ときどき」


「何かを探してるみたいな顔をするわよ」


エリオスが顔を上げる。


「……何の話だ」


「さあ」


軽く笑って首を振った。


「私じゃないのは確かね」


くすっと笑う。


「でも」


「そういう人だから

王太子でいられるのよ」


窓の外を見る。


「私もあなたも」


「もう長いこと王と王妃になるために生きてきた」


「今さら他の何者にもなれないわ」


それは諦めではなく、

事実だった。


サラは立ち上がる。


「もし違うところに生まれていたら」


少しだけ笑う。


「もっと自由だったのかもね」


でもすぐ肩をすくめる。


「でもそれは私たちじゃない」


エリオスを見る。


まっすぐに。


「だから」


「諦めるのが一番楽よ」


扉へ向かう。


そして最後に、


振り返らずに言った。


「王太子でいることが」


「あなたの人生なんだから」

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