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第2話 白い装束の神殿(5)

式が終わると、

神殿の空気が、ゆっくりとほどけていった。


名を授かった子どもたちのもとへ、

親たちが一斉に駆け寄っていく。


「おめでとう」

「よく頑張ったね」

「立派だったよ」


祝福の言葉が重なり、

抱きしめる腕が増えていく。

泣き笑いの声が混じり合い、

神殿の外まで、

やわらかな熱が広がっていた。


リリーは、

その輪の外に立っていた。


呼ばれることも、

駆け寄られることもない。


少し離れた場所に、

一台の馬車が止まっている。

家の紋章も、

祝いの飾りもない、

ただの移動用の馬車だった。


従者が、淡々と告げる。


「お乗りください」


それだけだった。


振り返っても、

両親の姿は見えない。


——最初から、

こちらに来る予定ではなかったのだと、

説明されなくても分かった。


馬車は静かに走り出す。

石畳の音だけが、規則正しく続く。


窓の外では、

まだ祝いの余韻が残っていた。

花を手にした子ども。

肩を抱かれる背中。

名前を呼ばれて、笑う声。


それらが、

少しずつ遠ざかっていく。


屋敷に着くと、

扉はすぐに開いた。


出迎えたのは、

年嵩のメイドだった。


深く礼をするでもなく、

表情を変えるでもなく。


「お部屋へ」


短い一言。

労いも、

祝いの言葉もない。


廊下を歩くあいだ、

足音だけが響く。


メイドは、

少し前を歩く。

振り返らない。

歩幅も、合わせない。


まるで、

そこにいるかどうかを

確認する必要がないかのように。


廊下を進む途中、

メイドの視線が、

一瞬だけ下がった。


リリーの髪に。


光を失った灰色。

煤をかぶったような、

くすんだ色。


灯りの下では、

ただ重たく、

生気のない色に見える。


——触れないほうがいいもの。


そう判断したときの、

視線だった。


メイドは、

すぐに目を逸らした。


何も言わない。

けれど、

それだけで十分だった。


部屋の前で、

扉が開けられる。


「本日は、

 お疲れでしょうから」


声は丁寧だった。

けれど、

そこに含まれるのは、

気遣いではなく、区切りだった。


——用件は終わり。


そう告げられているようで。


部屋に入ると、

メイドは一礼もせず、

静かに扉を閉めた。


残された部屋は、

相変わらず、何もない。


花も、

祝いの品も、

新しいものも。


名を授かった日だというのに、

昨日と、何一つ変わらない。


リリーは、

その場に立ったまま、

しばらく動けなかった。


胸の奥に、

冷たいものが、

静かに積もっていく。


——ここが、

帰る場所なのだと。


改めて、

教えられただけだった。

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