第2話 白い装束の神殿(4)
否定でも、拒絶でもない。
ただ、事実。
視線が、
自然と、彼の隣へ移る。
淡い色の髪。
背筋の伸びた立ち姿。
そこにいることを、
誰にも咎められない人。
――サラ。
世界が戻る前、
エリオスの婚約者候補だった人。
王子の隣に立つために、
選ばれるべき人。
その並びを見た瞬間、
胸の奥で、
何かが音を立てて崩れた。
……ああ。
この景色、
知っている。
幼い頃、
何度も、何度も、
繰り返し見た絵。
あの童話の、
挿絵。
金の髪の王と、
その隣に立つ、
清らかな少女。
光に包まれた二人。
そして――
少し離れた場所に、
影の中で立つ、
描かれなかった存在。
名前も、
声も、
与えられなかった人。
(……魔女)
胸が、
ぎゅっと縮む。
さっきまで、
あんなに。
エリオスが生きている。
それだけで、
世界が戻ったみたいに、
胸がいっぱいだったのに。
嬉しくて。
信じられなくて。
今すぐ駆け寄りたい衝動を、
必死に押し殺していたのに。
その並びを見た途端、
全部、
分かってしまった気がした。
――私は、
ここに入る人じゃない。
近づいたら、
壊す。
触れたら、
また、奪う。
世界を戻したのは、
奇跡じゃない。
ただの、勘違いだ。
リリーは、
静かに息を整え、
視線を落とした。
もう一度、
エリオスを見ることは、
しなかった。
胸の奥で、
確かに光ったものが、
ゆっくり、
沈んでいくのを感じながら。
(……近づいちゃ、だめ)
理由は、
ちゃんと説明できない。
でも、
分かってしまった。
これは、
選ばれる側の物語じゃない。
リリーは、
その場に立ったまま、
そっと、
自分の居場所を引き下がらせた。
――世界は、
ちゃんと、
正しい形に戻っている。
そう、
思い込むことでしか、
立っていられなかった。
司祭の声が響く。
「名を授かりし者、前へ」
足は、ちゃんと動いた。
顔も、上げられた。
けれど、
胸の奥で何かが、
静かに切り替わるのを、
自分でも分かってしまう。
司祭が告げる。
「――リリー」
その名を、
この世界が受け取る。
あの人には、
まだ、呼ばれない名前を。
祝福の言葉が続く。
神の名。
国の名。
未来を願う、定型句。
それらは、
遠くで鳴っているみたいだった。
リリーは、
視線を落としたまま、
一歩、前へ出る。
儀式は、
滞りなく進む。
誰も、
少女が名を得ると同時に、
その名を呼ばれる場所を、
ひとつ失ったことなど、
気づかないまま。




