第2話 白い装束の神殿 (3)エリオス
同じ夜。
王宮の一室は静かだった。
昼のことが、まだ頭に残っている。
今日は、名授けの儀式だった。
王族席から、七つの歳を迎えた子どもたちが、順に祭壇へ進んでいくのを見ていた。隣には、白い装束をまとったノアがいる。弟もまた、今日、名を授かったひとりだった。
珍しい光景ではない。
白い装束。緊張した子どもたち。司祭の声。親たちの祝福。エリオスは、何度か同じ儀式を見ている。
その中で、ひとりだけ、目が離せない少女がいた。
理由は分からなかった。
列が進み、距離が少しずつ縮む。少女が顔を上げる。
見られている、と分かった。
一瞬ではない。けれど、言葉を交わせるほど長くもない。
白い儀式用の布に髪まで包まれて、顔立ちははっきりしなかった。どこにでもいる年頃の子どもに見えるはずだった。
それなのに、その目だけが、まっすぐこちらを向いていた。
嬉しそうで、泣きそうで、それでも泣かないようにしている目だった。
知らない子だ。
そう思ったのに、変な感じがした。
息が少しだけ詰まる。
どこかで会ったことがあるのだろうか。
すぐに、そんなはずはないと思い直した。
初めて見る子どもだ。名前も知らない。声も聞いたことがない。
「……お知り合い?」
隣で、サラが言った。
エリオスは首を振った。
「いや」
そう答えるしかなかった。
本当に知らない。
ただ、そう言った瞬間、少女の目がわずかに揺れた。
エリオスは少しだけ黙った。
悪いことを言ったつもりはない。ただ、知らないと答えただけだ。
なのに、何かを落としたような気がした。
少女の視線が、エリオスからサラへ移る。
ほんの少しの動きだった。
そのあと、さっきまでこちらに向いていたものが、すっと引いていった。
まるで、伸ばしかけた手を下ろされたみたいだった。
少女は列の流れに従って、そのまま祭壇へ進んでいく。
呼び止める理由はない。
手を伸ばす理由もない。
それでも、見えなくなるまで目で追ってしまった。
司祭の声が響く。次の子どもの名が呼ばれ、また次の名が続いた。
さっきの少女の名は、人の声や衣擦れに紛れてしまった。
それでも、あの目だけは残った。
嬉しそうで、泣きそうで、最後には静かに引いていった目。
その夜。
ノアはもう眠っていた。部屋には、小さな灯りだけが残っている。
エリオスは寝台に横になった。
目を閉じても、昼間の少女の顔が浮かぶ。
知らない子だ。
今日、神殿で見ただけの子どもだ。
そう考えれば終わるはずなのに、なかなか終わらなかった。
あのとき、自分は何か間違えただろうか。
いや、間違えていない。
知らないから、知らないと言った。
それだけだ。
エリオスは寝返りを打った。
布団の中で、指先を握る。
それでも、少女の目が消えない。
こちらを見つけたときの顔。
サラを見たあと、すっと引いていった光。
なんだったのだろう。
考えても分からない。
分からないのに、気になる。
その夜、エリオスはしばらく眠れなかった。




