第9話 指に残る輪(3)
部屋に戻っても、
すぐには横になれなかった。
背中が、ずきずきと痛む。
少し動くだけで、
縫い目が引きつれる。
机に手をついたまま、
しばらく息を整える。
家の中は静かだった。
何も変わっていない。
誰も、
何も知らない。
……なのに。
頭の中だけが、
止まらない。
昨夜の光景が、
順番に浮かぶ。
刃。
切り裂かれる感覚。
倒れる瞬間。
祭りの灯り。
そして――
彼が、
無事だったこと。
間に合った、
という事実。
でも。
それだけで済む話じゃない。
危険に遭ったのに、
それでよかったとは思えない。
――もし、
私がいなかったら。
考える。
そばにいなくても。
関わらなくても。
小さな望みを、
口にしなくても。
それでも、
あの場所で、
あの瞬間は起きた。
偶然。
不運。
たまたま。
……違う。
それだけでは、
説明がつかない。
危険は、
もともとそこにあった。
私が近づいたから起きた、
それだけじゃない。
私が離れていても、
消えるものでもない。
あの刃は、
誰の都合とも関係なく、
あそこにあった。
そして――
あの人のそばには、
いつも、
死の気配が近すぎる。
――だったら。
近づかない。
それは、もう決めていた。
同じ場所に立たない。
同じ時間を過ごさない。
でも。
離れているだけでは、
守れない。
知らなければ、
見落とす。
気づかなければ、
取り返しがつかない。
近づかない。
けれど、
目は離さない。
光の中には立たない。
けれど――
影の中からなら、
手は伸ばせる。
それでいい。
名前を呼ばれなくていい。
覚えられなくていい。
感謝されなくてもいい。
彼が、
生きているなら。
それでいい。
もう、
隣に立つ側には戻れないのだと、
分かってしまった。




