第8話 伸ばした手の先に(4)エリオス
最初に感じたのは、
違和感だった。
祝祭の喧騒の中、
ほんの一瞬だけ、
空気の流れが歪んだ。
――近い。
背後。
振り向くより早く、
身体がわずかに反応する。
その瞬間。
視界の端に、
影が入り込んだ。
次の瞬間には、
胸を強く押されていた。
身体が横へ弾かれる。
小さい。
布に覆われた顔。
子ども。
誰か分からない。
その子は、
押し出す勢いのまま、
自分の立っていた場所へ滑り込んだ。
刃が振り下ろされる。
鈍い音。
布が裂ける。
赤が、散る。
身体が、固まる。
理解が追いつかない。
――なぜ。
――どうして。
目の前で、
その子が崩れ落ちる。
地面に倒れながら、
布の隙間から覗いた目が、
一瞬だけ、こちらを見た。
街灯の明かりを受けて、
その瞳が、かすかに色を帯びる。
目が、離れなかった。
「……よかっ、た」
かすれた声。
息みたいに、
小さく零れる。
意味を考える前に、
胸の奥が強く掴まれる。
手が、
勝手に伸びる。
届かせなければならない、
理由も分からないまま。
次の瞬間、
兵士たちが動いた。
「王子を守れ!」
犯人が取り押さえられる。
人の波が押し寄せる。
肩を掴まれ、
引き離される。
「待って――!」
喉が裂けるみたいに、
声が出た。
「待って!! その子……!」
届かない。
視界から、
倒れた身体が隠される。
それでも、
手だけが伸びる。
届かない。
指先が、
空を掴む。
何かを取り戻さなければいけないような、
焦りだけが、身体を突き動かす。
銀色がかった瞳が、
人の隙間の向こうへ消える。
そのまま、
馬車に押し込まれる。
扉が閉まる。
――がたり。
外の音が、遮断された。
静寂。
揺れ始めた馬車の中で、
エリオスは、
伸ばしたままの手を引き寄せる。
指が、
無意識に左手の中指へ触れた。
そこにある輪を、
強く、握り込む。
何も、掴めていない。
守られたのは、自分だ。
それだけが、
現実だった。




