第8話 伸ばした手の先に(2)
夜。
祭りの灯りが、
通りを明るく照らしている。
露店の声。
笑い声。
人の流れ。
昼よりも、
むしろ賑わいは増していた。
焼き菓子の屋台の前には、
まだ長い列ができている。
灯りの下で、
蜂蜜の匂いが揺れていた。
リリアナは、
少し離れた場所で立ち止まる。
通りの様子を、
ただ見ている。
人の流れ。
露店の影。
行き交う声。
どこにも、
異変はない。
胸の奥のざわつきが、
少しずつ静まっていく。
――大丈夫そう。
ほっと、
息が落ちた。
帰ろう。
そう思って、
体の向きを変えた。
そのとき。
人の隙間の向こうに、
見覚えのある色が揺れた。
金の髪。
護衛の影。
王太子の外套。
――エリオス。
息が、
止まる。
なんで。
ここに。
足が、
動かない。
視線だけが、
そちらへ向く。
護衛に囲まれ、
ゆっくりと進んでくる。
灯りの中で、
その姿が揺れる。
その瞬間。
人の動きが、
ほんの一瞬だけ、ずれた。
誰かが、
理由もなく一歩退く。
列が、
わずかに割れる。
空気が、
歪む。
音は消えていない。
祭りの声も、
灯りも、
何も変わっていないのに。
そこだけが、
おかしい。
リリアナの視線が、
その一点に引き寄せられる。
次の瞬間。
影が、
動いた。
速い。
考えるより先に、
体が走っていた。
声にもならない息が漏れる。
人の間を抜け、
一直線に飛び込む。
刃が、
振り下ろされる。
リリアナは、
エリオスの胸を強く押した。
身体が、
横へ弾かれる。
その隙間に、
自分が入る。
――っ。
衝撃。
背中に、
焼けるような痛みが走る。
息が、抜ける。
身体が、
前へ崩れる。
石畳に、
うつ伏せに落ちる。
視界が、
揺れる。
――間に合った。
顔を、
上げる。
すぐ目の前に、
エリオスがいる。
……無事。
傷はない。
それだけで、
呼吸がほどける。
「……よかっ、た」
かすれた声。
小さく、
息みたいに零れる。
エリオスの手が、
こちらへ伸びる。
反射みたいに。
触れようとして。
指先が、
灯りを掬う。
光。
小さな輪。
――指輪。
瞬間。
視界が、
白く弾ける。
痛みが、
遅れて押し寄せる。
足の力が、
抜ける。
落ちる。
音が、
遠くなる。
灯りが、
滲む。
最後に見えたのは、
伸ばされた手と、
灯りの中で光る、
小さな指輪だった。




