第6話 それぞれの場所 で(5)エリオス
エリオスは、
通路の中央を歩いていた。
騎士が一人、
足を止める。
「殿下」
短く礼。
エリオスも、
同じだけ視線を向ける。
「警備の配置、
増員が完了しました」
「どの区画?」
「庭園側と、
正門付近を重点的に」
「……分かった。
人が増える。
中も頼む」
「は」
騎士は、
深く頭を下げる。
エリオスは、
そのまま歩き出す。
途中、
侍女が控えめに声をかけた。
「殿下。
衣装係が控えております」
「今行く」
短い返答。
一度だけ目を合わせ、
そのまま通り過ぎる。
控えの間の扉が開く。
空気が変わる。
布の音。
針の音。
呼吸を潜める気配。
エリオスが入ると、
一斉に頭が下がった。
「殿下」
「失礼いたします」
衣装が広げられる。
白。
金。
重い装飾。
王太子の色。
エリオスは、
中央に立つ。
触れられても、
動かない。
言われる前に、
腕を上げる。
言われる前に、
一歩出る。
それだけで、
場が整う。
「……」
誰かが息を呑む。
すぐに静まる。
エリオスは、
何も反応しない。
鏡の前に立つ。
そこにいるのは、
王太子だった。
まだ十歳。
それでも、
誰も子どもとは見ない。
「問題ありません」
衣装係が言う。
「動きも制限ありません」
「そう」
短い返答。
そのとき。
別の侍女が、
控えめに口を開く。
「殿下。
その指輪……」
視線が、
左手へ落ちる。
中指。
細い輪。
装飾のない指輪。
王太子の正装には、
あまりにも質素だった。
「式典用のものを、
別にご用意できます」
衣装係が続ける。
「宝石をあしらったものを」
一瞬。
間が落ちる。
それだけで、
空気が止まった。
エリオスは、
指を見る。
自分の指。
そこにある指輪。
いつから付けていたのか、
はっきり覚えていない。
気づいたときには、
そこにあった。
外そうと思ったことも、
ない。
「……いい」
即答だった。
声が、
わずかに低い。
「これでいい」
理由は言わない。
説明もしない。
ただ、
それ以上触れさせない、
というだけの声。
衣装係が口を閉じる。
侍女も、
それ以上言わない。
誰も、
視線をそこへ向けなくなる。
エリオスは、
もう一度だけ指を見て、
何事もなかったみたいに、
手を下ろす。
「続けて」
布が整えられる。
飾りが付けられる。
場が、
再び動き出す。
やがて、
準備が終わる。
「以上です、殿下」
「ありがとう」
一歩下がる。
振り返る。
そのまま、
部屋を出る。
扉が閉まる。
張りつめていた空気が、
ゆっくり緩む。
誰もすぐには、
話さない。
やがて。
小さな声が、
こぼれた。
「……ご覧になりました?」
「ええ」
「やっぱり、
外されないんですね」
「そうですね」
少し間。
「とても
大事にされてるみたいでした」
別の侍女が、
小さく続ける。
「殿下が
ああいうふうに
身につけていらっしゃるものって、
あまりないですから」
誰も、
軽くは返さない。
「……サラ様でしょうか」
ぽつりと、
誰かが言った。
すぐに、
別の侍女が首を振る。
「分かりません。
でも」
視線が、
閉まった扉へ向く。
「殿下が
外されないってことは、
それだけの意味があるんでしょうね」
別の侍女が、
静かに言う。
「中指の指輪には、
意味があると聞きました」
「意味?」
「繋ぎ止める指、だそうです。
大切なものとか、
離したくないものとか」
小さな沈黙。
誰も、
深くは踏み込まない。
ただ。
王太子の指にあるそれが、
ただの飾りではないことだけは、
なんとなく分かってしまう。




