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第6話 それぞれの場所で(2)

「暇なら、来るか」


突然、そう言われた。


叔父だった。


年に何度も顔を出す人じゃない。

領地にいることが多く、

王都の屋敷にいるのを見ること自体が珍しい。


何の用かは、聞かなかった。

聞くほどの関係でもない。


ただ、

断る理由もなかった。


「……はい」


それだけ答える。


叔父は頷きもせず、

当然みたいに歩き出した。




門を出ると、

朝の空気が少しだけ冷たい。


王都は、もう動いている。


荷車の軋む音。

店先で布を払う音。

遠くで呼び合う声。


人の流れが、

まだ固まりきらないまま、

ゆっくり広がっていた。




叔父は振り返らない。

歩幅も合わせない。


それでも、

置いていくつもりもないらしかった。


リリアナは、

半歩後ろを歩く。




市場が近づくにつれて、

匂いが変わる。


焼いたパン。

乾いた香草。

水を打った木箱の匂い。


声が増える。


値を呼ぶ声。

笑う声。

言い争う声。


生活の音だった。




叔父は、

迷いなく人の間へ入っていく。


決まった店があるらしく、

足が止まる場所にも迷いがない。


布をめくる。

縫い目を指でなぞる。

重さを手のひらで受ける。


値段を聞く。


それだけ。


だが、

店の人間の態度が、少し変わる。


馴染みなのだと分かる。




口数は多くない。

値切りもしない。


必要なものを、

必要なだけ選ぶ。


やり取りは短く、

すぐに終わる。


それでも、

軽く扱われている様子はない。


商売の中にある、

静かな信頼がそこにあった。




隣の店では、

別の男が声を張り上げている。


「高い! 祝日明けには安くなるだろう!」


店主は笑顔のまま答える。


「恐れ入ります。本日の相場はこの値でございます」


言葉は丁寧。

だが、押し返している。


笑顔なのに、

目は笑っていない。


同じ「買う」でも、

空気がまるで違った。




リリアナは、

視線を巡らせる。


人の流れ。

声の強さ。

足を止める場所。


誰が急いでいて、

誰が余裕があって、

誰が周囲を見ていないのか。


自然と、目に入ってきた。




叔父が、

次の店へ移る。


果物の籠。

香草の束。

木箱の端の刻印。


品物より先に、

人の手を見ている。


荒れた手。

丁寧な手。

急いでいる手。




「これ、今朝か」


叔父が短く聞く。


「ええ、朝一で。水も替えてあります」


張りのある声。


嘘をついていないと分かる。


叔父は頷かない。


ただ、買う。


それだけ。


けれど店の男は、

背筋を伸ばしたまま見送った。




市場の中を歩きながら、

少しずつ分かってくる。


どこに立てばぶつからないか。

どの店が、すぐ売りたいのか。

どの店が、長く続けたいのか。


覚えようとしたわけじゃない。


ただ、

見ていたら、見えてきた。




叔父が、ふと立ち止まる。


振り返らないまま言う。


「……どう見える」


問いというより、

確認だった。




リリアナは少しだけ考える。


「……急いでる人が多いです」


叔父は何も言わない。


だから、続ける。


「買うものが決まってる人と、

 決まってない人が、混ざってます」


「……それで?」


短い返し。


「……値が、ばらつきます」




言った瞬間、

自分の中で何かが繋がった。


人が多いからじゃない。


人の“状態”が違うから、

空気も、値も、変わる。




叔父が、

一瞬だけ視線を向けた。


評価でも、

驚きでもない。


ただ、

聞いた、というだけの目。


そして言う。


「見てりゃ分かる」


それだけだった。




教える気も、

褒める気もない。


けれど、

否定もしなかった。




リリアナは何も言わず、

また半歩後ろを歩く。




市場の音が、

さっきよりはっきり聞こえる。


王宮の廊下で響く靴音とは違う。

貴族の屋敷で交わされる言葉とも違う。


知っている世界とは、

形が違う。


知らない種類の現実が、

ここにあった。




叔父に意図があったのかは分からない。


それでもこの日、

リリアナの中に、


もうひとつ、

“見る場所”が増えた。

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