第11話 見えない介入(1)
リリアナの日々が変わり始めてから、叔父は領地へ戻らず、屋敷に泊まる日が増えた。
商会の店と倉は、王都の別の区画にある。日々の取引や荷の出し入れはそちらで行うが、領地に置いていた仕事の一部を王都へ移す時期に入り、叔父の判断を待つ書類や、引き継ぎを任された者たちが屋敷まで訪れるようになっていた。
朝から夜まで仕事が続く日は、応接間の一つに遅くまで灯りが残る。そこはいつの間にか叔父の仕事部屋となり、机には書類が積まれ、廊下でも馬車の手配や人員の振り分けについて話す声が聞こえた。
叔父に伴って、一人の少年も屋敷に滞在するようになった。
名は、レオンハルト。
リリアナより五つ年上の、叔父の実子だった。近く本家の養子となり、いずれバルディエ家を継ぐことが決まっている。
商会の者が書類を探していれば、レオンは話を聞きながら棚へ手を伸ばし、必要な一枚を抜き出した。
「それ、昨日の分だよ。今日の分はこっち」
口調は気安いが、仕事ぶりまで軽いわけではない。使用人が書類を運ぶ先を間違えそうになれば呼び止め、叔父の返事を待っている者がいれば、先に用件を聞いて必要なものを揃えておく。
誰が何を待っているのかを、よく見ている人だった。
晩秋のある日、リリアナが取引の記録を写していると、背後から声をかけられた。
「何してるの?」
振り返ると、レオンが立っていた。顔にはまだ少年らしさが残っているが、書類へ向ける目は落ち着いている。
「取引記録の写しです」
「ふうん」
レオンは隣に立ち、リリアナの手元を眺めていた。
同じ商家の名が続いている箇所で、リリアナの筆が止まる。
「……この商家、少し変です」
「どこが?」
「塩を売る量が増えています。冬前なら、買い足すか、少なくとも倉に残しておく時期のはずです。それなのに、短い間に何度も売っています」
値も、取引のたびに下がっている。高く売れる時期を待つのではなく、早く現金に換えたがっているように見えた。
「理由は?」
「分かりません。倉を空けたいのか、お金が必要なのか。ただ、塩は冬の間に肉や魚を保存するために要ります。その分まで売るなら、先の保存よりも、今すぐ食べる物を確保する方が大事なのかもしれません」
レオンも、商家の名と値を見比べた。
「穀物か」
「たぶん。麦の収穫が少ないと分かっていて、値が上がる前に買おうとしているのかもしれません」
冬のために残しておくはずの塩を安く売ってでも、先に穀物を確保したい。それなら、同じ商家が何度も塩を手放していることにも説明がつく。
レオンは数字を追ったあと、近くにいた商会の者を呼んだ。
「穀物をいくらか押さえておいて。あの商家が買いに来なかったら、ほかへ回せばいい」
「塩は、どうします?」
「買っておいて。値は普段どおりでいいよ。困ってるときにまで安くする必要はないだろ。次も取引する相手なんだから」
「分かりました」
今だけ安く買えば、利益は出る。だが、困っているときにつけ込まれた相手が、次も同じ商会を選ぶとは限らない。
数日後、その商家から穀物を買いたいという連絡が入った。例年より早い買い付けで、求める量も多い。
同じ頃、その地方では夏の長雨によって、麦の収穫量が例年を下回ったという知らせも届いた。穀物の値が上がる前に買い入れるため、商家は冬に備えて残していた塩まで売り、現金を作ろうとしていたのだ。
リリアナの考えた通りだった。
レオンは届いた書類を確認すると、リリアナへ目を向けた。
「……ちゃんと見てるんだな。数字だけじゃなくて、その先も」
記録をもう一度見直し、感心したように続ける。
「俺より五つも下なのに、先に気づかれた。商会の仕事、向いてるんじゃないか」
リリアナには、どう答えればよいのか分からなかった。
レオンは書類を机へ戻すと、今度は仕事とは別の話を切り出した。
「本家に入る話、知ってる?」
「知っています」
「じゃあ、近いうちに兄妹になるんだな。まだ変な感じだけど」
兄妹と言われても、リリアナには実感がなかった。
レオンは、灰色の髪にも淡い瞳にも触れない。兄妹になる話をためらう様子もなかった。叔父もまた、リリアナの色を理由に態度を変えたことはない。
親子そろって、不思議な人たちだった。
リリアナが黙っていると、レオンは言葉を足した。
「急に兄上なんて呼べと言われても困るだろ。レオンでいいよ。俺も、いきなり妹らしくしろなんて言わないから」
「……はい。レオン」
「うん。よろしく、リリアナ」




