第5話 私の場所ではなかった(2)
廊下の角で、
小さな声が重なっていた。
「……今日のこと、聞いた?」
「お嬢様が、いらっしゃらなかったって……」
声は低い。
ひそめているというより、
確かめ合うような、
淡々とした調子だった。
「王子殿下が来る日に、あんな……」
言いかけて、
一人が口をつぐむ。
別の声が、
代わりに続けた。
「結果的には、
お会いしなくてよかったのかもしれないわね」
「……え?」
「だって、あの髪の色でしょう。
あの目の色でしょう。
殿下のお目に触れたら、
嫌厭なさるかもしれない」
短い沈黙が落ちる。
否定する声は、
出なかった。
「それに……」
少し、
言葉を選ぶ間があって。
「前の奥様のことも、あるし」
誰も、
すぐには返さない。
「……やめなさいよ」
止める声はあった。
でも、
強くはなかった。
「でも、本当でしょう。
あの方、健康だったのに、
お嬢様を産んですぐに……」
言葉が濁る。
濁るのに、
意味だけは残る。
「旦那様も、
お嬢様のこと……」
「声に出さないで」
叱るように言いながら、
否定はしない。
少し間が空く。
「……ねえ。
今日だって、そうじゃない」
「殿下が来たのに、
お嬢様が出てこなくて、
家中があんなに慌てて」
「よくないことばかり続く、って
そういう……」
また、
言葉が濁る。
濁ったところにだけ、
噂は残る。
「――奥様がさっき、
言ってたわ」
「何を?」
「この家の跡継ぎは、
叔父様のところから
一人、養子をもらうって」
「……本当に?」
「お嬢様じゃないのよ」
誰も笑わない。
ただ、
そういうことになっている、
という調子で告げられる。
「じゃあ――」
言いかけて、
誰も続きを言わなかった。
廊下の向こうで、
扉が閉まる音がした。
それに合わせて、
声も散る。
残るのは、
何事もなかったみたいな静けさだけだった。




