第5話 私の場所ではなかった(1)
エリオスが帰ったあと。
呼ばれて、
客間に入る。
義母が、立っていた。
怒鳴るわけでもなく、
声を荒げるわけでもない。
ただ、
視線だけが冷えている。
「……どういうつもり?」
答えを求めていない声だった。
「王子殿下がいらした日に、
姿を見せないなんて」
静かに、
言葉だけが落ちてくる。
「家中がどれだけ慌てたか、
分かっているの?」
間。
「体調が悪いなら、
そう言えばよかったでしょう」
すぐに、
言葉が重なる。
「わざわざ隠れるような真似をして」
小さく息を吐く。
苛立ちが、
ほんの少しだけ滲む。
「……それとも」
視線が、
リリアナの全身をなぞるように落ちる。
すぐに、
逸らされる。
「この家が、
どれだけのものを背負っているか、
分かっている?」
返事は待たれない。
「名だけで立っている家よ。
軽い振る舞いは許されないの」
静かに、
言葉が続く。
「前の奥様はね――」
そこで、
止まる。
空気だけが揺れる。
「……いいわ」
それ以上は言わない。
「あなたは、
余計なことをしなくていい」
「目立たないで。
騒ぎを起こさないで。
ここにいるなら、
静かにしていなさい」
視線が、
もう一度だけ、
リリアナの姿へ落ちる。
「あなたにとっても、
お会いしなくてよかったのかもしれないわね」
ほんの一拍。
「……この家にとっても」
静かな声だった。
責めるための言葉として、
きちんと選ばれている響きだった。
逃げ場を与えない、
冷たい線だけが引かれる。
「……この家は、
跡継ぎを絶やさないことだけを
考えていかなければならないの」
淡々とした声。
「子どもがいれば、
よかったのだけれど」
ほんのわずかに、
間が落ちる。
「……いずれにしても」
声が、
そこで切れる。
「あなたは、
余計なことをしなくていい」
静かな声だった。
逃げ場を与えない、
冷たい線だけが引かれる。
「息をしているだけでいいの」
突き放すような、
冷たい言い方だった。
そこには、
気遣いも配慮もない。
ただ、
存在の範囲を決めるための言葉だった。
「部屋に戻りなさい」
それで終わりだった。
部屋を出るとき。
廊下の端に、
父が立っていた。
声はかけられない。
かけられる気配もない。
ただ、
そこにいる。
視線は、
合わない。
叱るでもなく、
慰めるでもなく、
問いただすでもない。
何も言わない。
――言わないままでいることを、
選んでいるみたいに。
通り過ぎる。
父の横を、
静かに。
そのとき。
ほんの一瞬だけ、
気配が揺れた。
見られている。
そう思った。
けれど、
振り返らない。
振り返っても、
何も変わらないと、
分かっていたから。
背中に残るのは、
言葉にならない重さだけだった。




