第4話 会わなかった日(3)
その日、
屋敷の空気が、
ほんの少しだけ変わった。
騒がしいわけでも、
慌ただしいわけでもない。
ただ、
使用人たちの声が、
いつもよりわずかに低くなる。
廊下を歩く足音が、
一拍だけ、
慎重になる。
この家の人間が、
少しだけ、
“構える”相手だった。
来客。
それも、
珍しい客。
親戚筋の、
叔父だった。
父の弟。
領地にいることが多く、
王都のこの屋敷に顔を出すのは、
年に何度もない。
客間での挨拶が終わったあと、
使用人に呼ばれ、
リリアナもそこへ通された。
叔父は、
立ち上がらなかった。
椅子に腰かけたまま、
軽く視線だけを向ける。
「久しぶりだな」
声は低いが、
押しつける響きがない。
それだけで、
この屋敷では、
少しだけ異質だった。
「……はい」
リリアナは、
形式どおりに頭を下げる。
それ以上、
言葉は続かない。
叔父も、
無理に話そうとはしなかった。
沈黙が、
気まずくならないまま、
そこに落ちる。
しばらくして、
ふと思い出したように、
隣に置いていた包みを差し出した。
「土産だ」
小さな缶だった。
磨きすぎていない銀色。
飾り気はないが、
手に取ると、
しっかりした重みがある。
「……?」
戸惑っていると、
叔父は短く言う。
「甘いものだ。
嫌いじゃなければ、食え」
それだけだった。
理由も、
説明もない。
褒めるでも、
慰めるでもない。
ただ、
渡された。
リリアナは、
缶を受け取る。
手のひらに、
ほんの少し重さが乗る。
「……ありがとうございます」
そう言うと、
叔父は、
わずかに頷いた。
それで終わりだった。
父も、
継母も、
特別な反応はしない。
話題は、
すぐに別のものへ移る。
領地の収穫。
王都の動き。
貴族の家同士の噂。
リリアナは、
静かに席を外した。
部屋に戻って、
缶を机の上に置く。
開ける理由は、
まだなかった。
けれど。
この屋敷で、
“自分に向けて渡されたもの”は、
ほとんどない。
その事実だけが、
静かに、
手の中に残っていた。
そして、
もうひとつ。
叔父は、
リリアナの髪にも、
目にも、
触れなかった。
評価することも、
言及することもなく。
ただ、
目の前にいる相手として、
それだけを見ていた。
——それが、
妙に残った。




