第4章 マルゴの煙草
トペンプーラが話しかけた。
「カレナード君」
「無礼者。私を誰と心得るか!」
いきなり怒号が飛んだ。ジーナは生唾を飲んだ。まるで違う人間が現れた。カレナードにマリラが憑依したようだった。
「カレナード・レブラントはここにはおらぬ。あの者は私に器を明け渡した」
トペンプーラは休憩の茶を飲みながら、小指で黒子を突いていた。
「春生まれの中に、時として大変なイメージ力を備えた者がいるものですが、やはり彼はその手の才能に溢れている。ラッキーでしたネ」
ジーナはほっとしていた。
「あの調子でパレードを乗り切って欲しいですわ」
「うまく玄街さんが乗ってくれるでしょう。レブラント君はどうしてますか」
「ポルトバスクの要人リストを暗記して、ブルネスカ領国の新聞と今回の調停に関する資料に目を通すと言って。今、ベルが持って行きましたわ。もうマリラさまがお帰りになる時刻です」
「くれぐれも女王には悟られないようよろしくネ」
ガーランドはブルネスカの三つの川の合流点上空に停泊していた。
男子V班は情報部区画に近づこうとしたが、まったく徒労に終わっていた。マヤルカは憤慨した。
「私だって疑われてもいいはずよ。情報部に連れて行ってちょうだい」
オーレリは情報部勤務の伯父を頼ってみたが、親戚コネクションはあっさり却下された。
「ごめんなさいねえ、私が男ならもう少し入り込めたかもしれないのに」
ミンシャはそンなの関係ないわよと、肩をすくめた。彼女はふと情報部区画のエントランスにマルゴ・アングレーがいたのを思い出した。
「確か、ハーリ・ソルゼニンの従姉のなんとかってミシコが言ってたわね。搦め手でも何でもやってみようか、マヤちゃん」
「よろしくお願いします。ミンシャお姉さま!」
調停開始式の2日目、マリラは午前中執務室で仕事をしていた。この日は情報部と施設資材局の報告書に目を通し、副艦長や情報部長が来室して打ち合わせをした。カレナードはマジックミラーの窓越しにマリラの発言に聞き耳を立てていた。
アンドラはガーランドに玄街間諜が複数いると言った。カレナードはそれほど驚かないでいる自分に気付いた。
「やはり居るんだ…玄街間諜…。僕を拘束して、彼らを泳がせていた。一網打尽にする作戦だな」
マリラは手筈通りにしろと言った。
アンドラが去るとすぐにガーランドを降りるために執務室を出た。その際、マジックミラーで立ち止まり、鏡の中の自分を見た。マリラはいつになく唇を噛んでいた。これから起こるであろう事態を心に描いているのだろう。やがて彼女は唇の端を上げた。
「避けては通れぬ道ならば、行くまでのこと」
その頃、マヤルカとミンシャとヤルヴィはハーリを先頭にして、マルゴのアパルトマンのドアを叩いた。ハーリは楽譜を抱えていた。
「マルゴ姉さん、北メイスのジグの譜を持って来たよ。ヤルヴィが持ってたんだ。彼も来てるから、会ってくれないかな」
中から寝起きの声が聞こえた。
「待ってて。半夜勤だったのよ」
彼女は髪を掻きあげ、ピンで留めた。ガウンを体に巻きつけていた。
「あら、女連れなの。いいわねえ」
窓を開けて、どこにでも座って頂戴と促したが、壁収納式のベンチとスツールが一つしかなく、ハーリはマルゴのベッドに腰掛けた。
マルゴは煙草に火を点け、紫煙をくゆらせて楽譜に見入った。
「それで、こんな大勢で押し掛けて何が聞きたいの。お嬢ちゃんたちまで一緒に来ちゃってさ」
ヤルヴィはカレナードが情報部でどうしているか教えて欲しいと訴えた。マルゴの答えは素っ気なかった。
「アタシのような下っ端部員には伝わって来てないわよ。この意味分かる、ヤルヴィ君」
ヤルヴィは遠まわしな言い方に戸惑った。
「カレナード・レブラントってさ、エンゾから聞いたわ。玄街コードで女になっちまったんでしょ。そんなのが情報部区画にいたら、話のネタが尽きないわ。上層部がどこかに隔離して尋問しているのか、始末されたか、どっちかよ」
マヤルカは飛び上がった。
「そんなわけない。今になって、そんなことが!」
ミンシャはマルゴに毅然と言った。
「彼女を悲しませないで下さい」
情報部の女は彼女の言葉に目もくれなかった。そして、自分に出来る事は何もないと言った。少年と少女たちはそれ以上そこにいても無駄と知って、席を立った。




