第4章 偽女王出陣
帰り道、ミンシャはぷりぷり怒り、ハーリはマルゴの弁護に回っていた。
「姉さんは悪気はないんだ、誰に対してもああなのさ。僕は親無しっ子でヴィザーツ屋敷をたらい回しで育ったんだ。マルゴ姉さんだけは十ヶ月訓練生より新参でガーランドに乗れって、僕を励ましてくれた。
本当に悪い人じゃないんだから」
マヤルカは軽くからかうつもりだった。
「なるほどね。ハーリにとっては『年上の人』ってわけね」
ハーリの顔に急に男らしくも青臭いはにかみが浮かんだ。ミンシャはその反応に「藪蛇」と独りごちて、肩をすくめた。
調停開始式の4日目が来た。
夜明けの青い暗がりの中でカレナードは目覚めた。彼は連行されてきた部屋で寝起きしていて、小さな窓から夜明け前の空気を吸った。川の匂いがした。
「パレードで撃たれるかな。玄街が僕を狙ってくれた方が捕まえやすいだろうけど。大丈夫、情報部が命を守ってくれる」
彼は昨日見たマジックミラーの向こうのマリラを真似た。
「避けては通れぬ道ならば、行くまでのこと」
明けていく光が空の高い所にある雲を照らし始めた。カレナードはマリラの言葉を繰り返すうちに、彼女のイメージに自分を明け渡していた。それを別の場所からもう1人のカレナードが見ているのが分かった。その彼は細いが強力な手綱で、マリラのイメージを演じる自分を律していた。
彼は唐突に気づいた。アナザーアメリカンと多くのヴィザーツはガーランドの女王としてだけのマリラを求めているのだ。カレナード自身も、ガーランドに乗るまではそうだった。
が、彼女が彼に見せた姿はいずれも求められる女王から遠く離れたものだった。その距離を彼を認めてないと、ようやく気づいた。
平原の彼方から日が昇り始めた。彼は光を浴びた。マリラが着るはずだった寝間着とガウンに身を包まれていることに不思議な安らぎを感じた。
大きく伸びをして、姿見の前に立った。細く整えられた眉がいつもより高い所にあり、顎を上げてこちらを見ている女はカレナードの形であっても、すぐマリラの表情になれるのだ。ただ、その女王を演じても、彼女の私人の部分がないことに、彼はまだ思い至らなかった。
艦長と参謀室長と情報部長が企み、女官長が賛同した作戦は半ばにさしかかっていた。
この日、マリラは朝の謁見とコード解析部門のヴィザーツと研修会をこなした後は、半日の休養に当てていた。ジーナ女官長はマリラから目を離さずに過ごす覚悟だ。
予定はマリラの知らない所で順調に進んでいた。正午にアライアとベルが付き添って、偽の女王がガーランドを出発する手配が出来ていた。艦長の計らいで第1甲板から大型飛行艇が発進した。飛行艇の中でカレナードはドレスの上から防弾よけの儀礼用マントと例のヘッドドレスを付けられた。
侍従に扮したトペンプーラが仕上げを見守った。
「では、マリラさま。随行の情報部員をここに呼びますぞ」
カレナードは「頼む」とマリラの声で言った。10名の情報部員が後方の部屋から現れた。彼らは警備隊とよく似た制服に身を包んでいたが、帽子と腕章の色が違っていた。
偽マリラは彼らに声をかけた。
「本日は特別な任務を負っているであろう。そなたたちの働きをこの目で見せてもらうぞ」
情報部員達は敬礼をした。彼らはマリラの正体を知らされているようで、敬礼と同時に含みのある笑顔を返してきた。カレナードは、ゆっくりと彼らに頷いてみせた。
パレードは午後1時半に始まった。
女王一行は観覧席の途中に設けられた特別席に落ち着いていた。女王の隣には、ブルネスカ領国府の首長とポルトバスク市長に調停準備会の代表が同席して、パレードの山車について説明したり、領国内外の話題を提供したりした。カレナードは4日間で仕入れた情報を元に、マリラとして返事をし、質問をした。
女王のうしろでアライアとベルと情報部員が耳を澄ませていた。そこでの会話をガーランドに戻ったのち記録するためである。カレナードはそれを知っていたので、女王の威光を利用して際どい質問を首長にぶつけていた。
「ブルネスカ領国民は、この地の強風に負けぬ逞しさがある。玄街のもたらす災いにも負けてないであろう。先年の誘拐事件の被害者は元気でいるのか」
首長は作り笑いもせずに言った。
「そこにいる調停準備会の氏が詳しいでしょう。当の被害者の親類なのです」
話の矛先が向けられた男は、無礼にならない程度に眉間に皺を寄せた。偽マリラは気遣ってみせた。
「大いなる災難であったな。さらわれたのはそなたの姪御なのか」




