第4章 暗殺者
初老の男は和らいだ様子で答えた。
「女王さまのお気遣いに私の心も慰められます。姪ではなく、嫁いだ娘の孫でございます。外孫とはいえ恐ろしい目に遭ったことが不憫でなりませんでした。幸いにして元気にしております」
「何歳になるのだ。夕暮れになると泣きはせぬか」
「8歳でございます。孫はしゃんとしたブルネスカ魂を持っております」
「それは幸いである。孫娘の両親も安堵したであろう」
「仰せのとおりで。今は傾いた財の立て直しに精を出しております」
「さすがはブルネスカの民よ。奪われた財の話は快くはないが、ついでのこととして少々聞かせておくれ」
この調子でカレナードは玄街ヴィザーツの接触あとを聞き出した。
侍従に扮したトペンプーラは予想以上の出来にほくそ笑みながらも、油断してなかった。いずれ玄街の銃口が向けられるだろう。
パレードが始まって80分後だった。観覧席の一画でちょっとした騒ぎがあった。偽マリラはさっと視線を走らせた。斜め向かい側の観覧席でガーランド警備隊が素早い動きをしたかと思うと、1人の女を取り押さえてすぐに消えた。ちょうど山車の上で賑やかなお囃子が始まり、山車に並んだ踊り子たちが愛嬌たっぷりに扇子を回した。観衆は寸劇のような捕りものを忘れた。
カレナードは臨席の市長に扇子の踊りを褒め称えた。さり気なく向かいの観覧席を見ると、いつの間に行ったのかトペンプーラがこちらを見ていた。そして右手を頬に当て、左手で右の肘を支えていた。「危険は去った」という合図だ。あっ気なく玄街の狙撃者は捕まった。
パレードは続き、女王は最後の山車まで見届けて大観衆にこの日の労をねぎらった。市民の拍手と共に退席し、飛行艇が離陸した時は午後4時を回っていた。
アライアは「お見事です、いい話がたくさん聞けましたわ」と言い、防弾マントの留め金を外した。ベルがマントを受け取ると、足元でカチリと音がした。銃弾が二つ転がり落ちた。ベルは急いでハンカチを出し、それらを包むように拾った。
「口径の小さな短銃用の弾丸です。マントを調べますわ」
果たしてマントの正面左脚のあたりに小さな窪みが見つかった。カレナードは汗が胸の谷間をドッと流れていくのを感じた。
「僕は撃たれていたのですね」
ベルが小声で叱った。
「まだ任務の最中です。ガーランドに戻っても、トペンプーラがいいと言うまで役目を果たすのです」
カレナードは女王区画の小部屋に戻ってもカツラを取ることは許されなかった。アライアが化粧を直し、部屋着のドレスに衣装替えをしながら、観覧席での話で得た情報をカレナードに確認し、ベルが隣で書きつけた。
「トペンプーラの報告はまだかしら。そろそろマリラさまの休息時間が終わる頃だわ」
ベルは完全に軍人の顔になっていた。
カレナードは緊張が一気に解けないように、注意深く椅子にもたれた。
「捕まった玄街ヴィザーツのことは僕にも教えて下さい」
アライアはそれはないと答えた。
「情報部は余計なことは漏らさないわ。今回の作戦だって極秘なのよ。あなたは一切喋らないって宣誓したでしょう」
「落ち着かないのです、アライアさん」
「知らない方が好いことだってあるのよ、紋章人さん」
「僕はガーランドに来てから、いろいろと知ってしまいましたよ」
ベルがたしなめた。
「女王のカレナード、『毒を食らわば皿までも』を簡単に考えないで。半人前のヴィザーツは危険だわ。これを飲んで大人しくしていて」
彼女はお茶とベーコンとソバ粉のクレープが載った盆を少年の前にガチャリと置いた。
ガーランドは出航し、盆の上の茶碗に微かな波紋が生じた。カレナードは疲れを感じ、盆に載ったものを平らげるといつの間にか眠った。
目覚めた時は、椅子に座ったまま夕闇の中にいた。カレナードは隠し通路から女官長室に入った。ジーナはいなかった。隠し通路に戻り、マジックミラーを覗いたが、マリラも女官もいない。灯りはわずかで、どこもかも静まり返っていた。
彼は急に心細くなった。小部屋に戻る気になれず、女官長室の隅に座っていた。灯りを点けてない部屋に小柄な女が音もなく入ってきた。ミーナ・クミホだった。彼女は部屋を横切り、ベランダへの扉をそっと開けた。ミーナはベランダに出て、ふところから銃を取り出した。背後から見ていたカレナードは、銃の狙う先にマリラと女官がいるのを知った。




