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第4章 変容

 カレナードは隠し通路のマジックミラーから見える女王の動きを懸命に学んだ。ジーナとベルとアライアは彼の動きを女官長室の大鏡の前で修正した。

 調停開始式の1日目、マリラはガーランドを降りて予定をこなしていた。その隙にトペンプーラが訓練の進み具合を確認に来た。カレナードはカツラの上から大きなヘッドドレスを被っていた。ヘッドドレスから彼の目と同じ色の紗のリボンが顔の上半分に垂れ、マリラと同じ灰色の目に見えた。リボンは硬質化コードを施され、防弾仕様だ。

「お目にかかり光栄に存じます、女王陛下」

が、カレナードはそれが自分にかけられた言葉と気づくのに間がありすぎた。彼は慌てて背筋を伸ばし、トペンプーラに頷いた。

 ジーナが「遅い!」と叱った。彼女は腕組みし、情報部の男に険しい視線を送った。

「ご覧のとおりですわ。パレードの貴賓席に座っていれば、遠目には大勢が騙されるでしょう。でも、騙されない人もいますわ。この子に女王のオーラを醸せと注文して出せるものならいいのですが」

 トペンプーラはしげしげと女王の代役を眺めた。

「カレナード・レブラント、君は今、誰なのですか」

「わ…わたくしは、女王マリラ…です」

「女官長殿が心配するはずです。レブラント君、いや、レブラント嬢。あなたは女王を演じるのです。衣装を着て仕草を真似ているだけでは確実にバレます。ポルトバスク市とブルネスカ領国民はガーランドに不信感を抱くでしょう」

 トペンプーラはイメージ構築のレッスンを始めた。

「このさい女官長に遠慮は要りません。君の女王のイメージを包み隠さず言いなさい」

カレナードは一瞬躊躇ったが、端的にマリラのイメージを述べた。

「恐ろしい方です」

「なるほど。その他もあるでしょ」

「恐ろしく孤独な方です。そして、厳しく偉大な……常人離れした器の人です」

そこで彼はマリラの他の顔も思い出した。大宮殿でウーヴァの波動の盾となったマリラ。艦砲射撃の前に見せた気さくな教官のようなマリラ。

「優しさも慈しむ心も…お持ちです」

「それはイメージじゃない。君が体験した事実だ。重要なのはネ、君の想像力の方なの」

 トペンプーラは唇に人差し指を当てて、少々考えた。

「なるほど。君の女王のイメージはそれでいきましょう。基本は器の大きな恐ろしい女でいいのです。そこに一つ要素を加えればいい」

 ジーナは「そんな単純なことでいいのですか」と言ったが、トペンプーラは微笑んだ。

「そうです。ことは単純。レブラント嬢、なぜ女王は大器で孤独で恐ろしいのでしょう」

カレナードは目を閉じ、静かに言った。

「アナザーアメリカで唯一人、生き脱ぎをする方だからです。アナザーアメリカとガーランドのために生き続けなければならない方ですから」

「違いますネ。理由の元は他にあるでしょ。ほらほら白状なさい」

「あの、ジーナさん、申し訳ありません」

 ジーナは「謝ることはないのよ」と促した。

「僕はマリラさまの嵐のような暴力が忘れられません…。あの方の怒りが恐ろしくてならないのです」

「女王はあなたにだけは特別な姿を見せるのです。ね、ジーナさん」

女官長は「紋章人ですからね」と返した。

「よろしい。女王、すなわち王とは恐ろしい存在です。マリラさまはヴィザーツを統べるべく力をふるう一方、あなたには怒りをぶつけたわけですネ。

 レブラント嬢、王の力とは基本的に恐怖と悪なのです。アナザーアメリカンがわざわざ用意したパレードでそれを見せることはありません。ねぎらえば良いのです、そして内側には恐ろしさを湛えていなさい。相手はそれを威厳として認めます」

「女王の力は悪……」

情報部副長は続けた。

「ふふふ、女王の手足であるワタクシは悪党を自覚しています。

 ガーランドはアナザーアメリカにとって空から降ろされる碇のようなもの。調停作法を守らないアナザーアメリカンを、ガーランドは許さない姿勢を見せるのです。彼らをねぎらいながらネ。

さ、偉そうに胸を張り、女王の恐ろしさをあなたのものになさい」

 トペンプーラの誘導は巧みだった。

「恥も照れもためらいも全て不要。 ワタクシがあなたの中の女王を引き出して差し上げマス!」

 彼はヘッドドレスの中に手を差し伸べ、こめかみにぴたりと当てた。声は魔術師のようだ。

「新しい女王の姿、その内側に何がありますか」

「…底のない…黒い淵……」

 カレナードのイメージのマリラは黒い深淵を孕んでいた。トペンプーラは底なしの淵がどこまで続いているか訊いた。

「どこまでも…遠くに…サージ・ウォールの下に潜り込んで…地中の闇の底へ…」

 あまりの黒さにドレスはかえって真っ白となり、その裾はアナザーアメリカの端から端まで広がった。髪も真っ白で、上空3000mの航空可能域を漂ってサージ・ウォールまで届いた。巨大な円柱のように、マリラはアナザーアメリカの中心に立っていた。カレナードはそのイメージどおりに立った。

「そこに立つあなたは恐怖の女王にして、アナザーアメリカの守護者…マリラ・ヴォー。名前を繰り返してご覧なさい。マリラ・ヴォー!」

「マリラ・ヴォー」

「もっと!」

「マリラ・ヴォー!」

「あなたの名は」

「マリラ・ヴォー!」

 カレナードの頭は高くなり、白くなった顔が周囲を睥睨した。頬に厳しさが宿り、唇は微かに微笑んでいるものの、引き締められていた。全身から刃のような冷たさが滲んだ。 目が開いた。


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