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「ありがとうございました!またいらしてくださいね」
正午を2刻近く過ぎ、最後の客だった近所で働く男達を見送った少女は紅茶を入れると店の隅に腰をかけた。そろそろお昼ご飯の時間は終わる頃だが、店じまいはまだしない。半刻も経たないうちに、あの人が訪れるだろうから・・・。
紅茶を一口飲んだ少女はようやく肩の力を抜いて一息つく。
少女-シャルロッテの一日は忙しい。幼い頃に両親を亡くしたシャルロッテは、両親の店を手伝ってくれていた老人のジェイドに引き取られ、彼と共にこの両親の残した定食屋を切り盛りしていた。しかし、その彼も3年前に亡くなっていた。それからは、一人でなんとか店を続けていた。
それが可能であったのも、落ち込んでいたシャルロッテを励まし、支えてくれた街の人々と、お客さん、それから・・・
「-まだやってるか?」
・・・彼のおかげだと思っている。
「はい、大丈夫ですよ!」
飲み終えたティーカップを片手にシャルロッテは真の最後の客のために、食事を用意すべく立ち上がった。
「いつも悪いな。こんな時間に用意してもらって」
カウンター席の定位置に腰掛けた男は、シャルロッテに詫びた。
「いえ、お疲れ様です。いつものでいいですか?」
「あぁ」
男は無精髭の生えた顎をカウンターの上に乗せる。
「でも今日はいつもより少し早いですね」
「今日は書類仕事が少なかったからな。まぁ、その分訓練の方に力を入れ過ぎちまったが」
そう言って頭をかく男にシャルロッテは苦笑した。
「先程いらしてた方々も言ってましたよ。今日の副長は鬼だったと。かなりお疲れな様子でした」
とはいえ、若い彼らは食事を終えると元気に帰っていったのだが。
「あー、俺も悪気があったわけじゃねんだ。ただ嫌いな書類仕事が少なかったから、つい、な」
「ふふっ、部下の方々もそれはわかってると思いますよ」
ばつの悪そうな顔をするのが可笑しくて思わず笑う。
「とはいえ、このくらいで根を上げるようじゃ、まだまだだな、あいつらも」
もっと鍛えねーとなぁ、そういう男をシャルロッテはたしなめた。
たわいもない会話を続けてるこの男の名はレオンと言った。砕けた口調とは裏腹に、彼は王立騎士団副隊長という、立派な肩書きを持っていた。もともとは地方にいたようだが、そこで功績をあげ、王都に来たのが3年ほど前。そこから異例の早さで、しかも平民出身という立場から副団長へと出世した彼はこの店の常連客でもあった。
王都の中心に位置し、騎士団の訓練所も近いこの店の客には騎士も多い。彼らの中には、レオンに憧れを持つ騎士も多くいるようだ。よく話に上っている。
「ライアン様が心配してましたよ」
「んぁ?心配だ?」
出来上がった食事をレオンの前に置きながら、そう言えば、と今日あった出来事を話す。ライアンというのは、レオンの直属の部下の一人である。
「昨日お昼食べなかったそうじゃないですか」
シャルロッテがそう言うと、男は途端にしまったという様な顔をした。
「一昨日申し上げた筈ですよ。明日はお店を開けられないんですけど、ちゃんとお昼食べてくださいねと」
「いや、それはだな、・・・忙しかったんだ、仕事が」
「ライアン様は面倒くさがってただけですよ、と言ってましたが」
「っ、あいつ覚えてろよ」
舌打ちをしたレオンだが、ライアン様に言いつけますよ、シャルロッテがそういうと大人しくなる。このライアンという男は少々面倒くさい男だった。とはいえ、その面倒くささを助長させているのは、間違えなくレオンだろう。
シャルロッテよりも10は年上のはずの男は、時々可愛くなる。
「ちゃんと食べてくださいね。騎士の方々は身体が資本ですよ」
「あー、わかったわかった」
この男は、色んなことに無頓着だ。食べることに対してというよりも、生きることそのものに。シャルロッテはたまに思う、例えば仲間を守って死ぬことに、この人は躊躇しないんだろうなと。だから、シャルロッテは心配で、こうして営業時間外でも店を開けて待っているのだった。
***
「お見合い、ですか?」
「まぁ、そんなに堅苦しいものでもないんだけどねぇ」
そう言って恰幅の良い体を揺らすのは、斜め向かいで八百屋をご夫妻で営む、奥さんのアンナさんだ。
シャルロッテは幼かったのもあり覚えていないが、両親がなくなったのは反乱に巻き込まれたのだと聞いている。その際、この辺り人の多くは、別の街に逃げたりしていて、そのままそこで暮らしてる人もいるから、昔からこの辺りに住んでいる人は少ない。そんな中、幼い頃のシャルロッテと両親を知ってる数少ない一人だ。アンナは何かとシャルロッテのことを気にかけてくれていた。
「ただねぇ、ジェイドさんが亡くなってもうすぐ3年でしょう?シャルロッテちゃんも年頃だしねぇ。このお店を一人でやってくのも大変だろうし、安全の面でも、早いところお婿さんを迎えた方がいいと思うのよ」
「・・・」
「急な話で悪いけど、会うだけでもどう?知り合いの息子さんなんだけど、働き者の三男坊で、評判だと聞いてるのよ」
***
-返事はすぐじゃなくてもいいからね。そう言って帰っていったアンナをシャルロッテは思い出す。
-3年。ジェイドが亡くなって三年が経った。昨日は彼の命日だったため、店を休んだのだ。アンナがシャルロッテのことを考えて、話を持ってきたことはシャルロッテもわかっていた。けれど・・・、
「どうした?」
急に黙り込んだシャルロッテを伺うように見るレオンと目が合う。なんでもないですと、シャルロッテはゆるりと頭を振る。それでも心配そうなレオンに大丈夫だと伝えようとしたシャルロッテだか、出てきたのは違う言葉だった。
「好きです」
「・・・え?」
シャルロッテ自身、思いもよらぬ自分の言葉に混乱していた。
先に我を取り戻したのはレオンだった。
「・・・っ、ごめん」
「ぁ・・・」
シャルロッテは顔を上げる。
「・・・悪いが、嬢ちゃんの気持ちには答えられねぇ。・・・ごめんな」
「いえ・・・、こちらこそ、ごめんなさい」
食べ終わっていたレオンは立ち上がった。じゃあなと、お金をおいて店を出ようとする背中に呼びかける。
「あの、」
レオンは立ち止まった。
「明日も、ちゃんと、ご飯食べてくださいね」
シャルロッテは、振り向かずに片手を上げてそのまま店を出ていくレオンを見送って、そのまま崩れ落ちる。
-さいあくだ。どうして言ってしまったんだろう。お見合いして、彼以外の人と結婚する事を考えたらひどく胸が痛かった。
「っ・・・」
-見てるだけで良かった。もともと、年齢も、身分も釣り合わなくて、相手にしてもらえないことくらい分かってたのに。・・・ううん、心のどこかで期待していたのかもしれない。美味しいと料理を食べてくれる彼の姿に。
食器を片付けながらも、瞼の裏にその姿がちらついた。ごめんと告げるその表情は、歪められていて、どうして貴方がそんな顔するの、そう思った。でも、そんな人だから、シャルロッテは好きになったのだ。
・・・きっと、諦める、いい機会だったのだ。
気にしなくてもいい、そう伝えても、見かけによらず繊細で、優しいレオンは気にするだろう。
・・・だからせめて、シャルロッテはレオンの幸せを願う。時々辛そうな顔をするレオンが、心の底から笑えるような相手が現れる事を。
遅くなりましたが、続きです。今のところ、あと2話で終わる予定です。気長にお待ちいただければ幸いです。




