幕間。 コクリコとサツキ。そしてティノ。それからシエロと……
前のは短かったですがこいつは結構長いです。
コクリコちゃんとサツキちゃんのお話。
ティノ坊のお話。
そしてシエロちゃんともう一人のお話です。
「……お疲れ様、だなリコ。平気か?」
サツキはふらり、と倒れそうに自分の横に現れたコクリコに声をかけた。
その顔色は、恐ろしく悪く、今にも倒れてしまいそうな程。
「……平気よ、このくらい。なんてことないわ」
どう贔屓目に見ても平気には見えないコクリコは強がって言った。
「駄目ね、本当に。大丈夫だって、自分に言い聞かせて、仕方ないことだって刷り込んで。それでも、駄目なの」
カタカタと小刻みに震えてどうしようもない手を握り締めてコクリコは呟いた。
「昔、初めてリトを殺そうとして首を絞めた時より酷いの。今も、手にリトを刺した時の感覚が残ってるの。消えないの」
ぎゅっと、更にその手を握り込んで額に当てた。
「殺してあげるって約束して、最後に殺してあげなきゃいけないのに。こんなんじゃ、駄目なのに」
サツキは、何も言わずにその様を見ていた。
暫らくして、少しコクリコが落ち着いた頃、サツキはやっと口を開いた。
「此方は、ある程度時間を稼いだ。だが、もって数日と言ったところだろう」
「それで充分。それだけあればきっと、何とでもなるわ」
少しすまなそうにしているサツキに目も向けないままコクリコは少しマシになった、けれどまだ青白い顔で強く言った。
「リコ。お前はそれでいいのか」
サツキは問いかけた。
「きっとセロはお前に死にたい、と言ったことすら忘れているだろう。だから、お前は勝手に殺そうとしてる、と思われているのかもしれないぞ」
コクリコは少し、目を見開く。
そして少し目を伏せると小さく呟いた。
「別に、それだって構わないの。あの子が今も死にたいと願っていてそれが叶ってないならそれを叶えるのは私の義務」
「もし、セロが他の奴に殺されることを望んだなら?」
「それならそれで構わないわ。あの子がそれで幸せになれるならそれが一番だもの。……少し、悔しいけど」
サツキは、ほんの少し優しく微笑んでぽん、とコクリコの頭に手を置いた。
「リコは優しいな。うむ。少し、その優しさを自分に向けてみてはどうだ。まだ若いんだ。泣きたい時に泣いておきなさい。無駄に歳をとっては泣きたくても泣けなくなる」
幼い少女の顔で無駄に重みを乗せた言葉をサツキは吐く。
コクリコは目を見開く。
その拍子にその目に溜まっていた涙がほんのひとつかふたつ、零れ落ちた。
「あ、れ。可笑しいな。私は、私は……‼︎」
零れ落ちた涙に続くように立て続けにもうひとつふたつとポタポタと零れ落ちる涙。
拭っても抑えても止まらない。
「リコは、優しすぎるのだろうな。そしてとても不器用だ。だから、泣きたくても泣けないし、泣いたとしてもそれの理由にだって目を向けることはないのだろう。でも、それだと早いうちに潰れるぞ」
そっと、サツキはコクリコを抱き寄せた。
そしてあやすようにぽんぽんと背を叩く。
「だから、泣いておけ。妾はもう泣けぬ。こうなってはならぬ。良いな?泣ける時に、泣いておきなさい」
コクリコは、何も言えないままにただ、泣いていた。
▽
「あーもーくそが!何が悲しくって手を出すのを遅らせなきゃいけないんだ!そんなことしたってどうせ変わらないに決まってるだろうが」
ティノが一人。
適当な椅子に腰掛けて苛立たしげに足を踏み鳴らした。
「おい、誰かいないのか」
不機嫌さを隠そうともせず声をあげた。
しかし、それに返事をするものはなかった。
ティノはちょっと、止まって、そして納得したように手を打った。
「あ、そうだ。返事できるわけねぇか」
ティノの周りには赤。
床を濡らし、所々に何かの欠片を浮かべた赤。
所々に浮かぶ欠片の断面は何か鋭利な刃物で切り裂かれたようなあとと、何かの獣が適当に食い散らかしたようなあとと、二つのあとがあった。
「死んでちゃ、喋れるわけねぇよな」
ティノの周りを濡らす血。よく見ればティノにも返り血が少しついている。
「サツキのババァも趣味悪りぃなぁ。刃物ですっぱり真っ二つにすりゃいいものをわざわざ急所外して多量出血で殺すんだし。……ま、俺も人のこと言えねぇか」
よっこいしょ、というようにティノは立ち上がりすぐ足元にあったものを無造作に蹴り飛ばす。
それは誰か、人の形をしたものの、腕。
「でもまぁ、サツキのババァはあの剣のせいだしなぁ、この殺し方は。そうすると俺の方がたち悪いのかぁ」
なんでもないように誰かの足を踏みつけた。
「ま、襲ってくる方が悪いんだし?いっか」
適当に落ちてるものを踏みつけて進みながら、ティノは部屋を出た。
「それじゃ、ヴィオラの奴を処分する準備でも始めますか」
▼
「嗚呼、素敵。なんて素敵なんでしょう。私はあんなにも幸せになれた」
何かを抱きしめるように手を広げるシエロ。
周りは気が狂いそうな程の白。
音も風も香りも時間も。何もない。ただそこにあるだけの切り取られたような空間。
そこで何よりも嬉しそうにシエロは言った。
「もう思い残すことなんてありません、私は幸せになれました。もう空っぽなんかじゃありません。思いを、記憶を、願いを、希望を、そして絶望を。沢山沢山詰め込んで。なんて素敵」
ぎゅっと、愛しくてたまらないというように自分のことを抱きしめる。
その目はうっとりと細められていて、その頬は薔薇色に染まっていた。
「ねぇ、聞いてください。私、もうひとりぼっちじゃないんです。私をふたりにしてくれてありがとう。本当に、感謝してるのですよ」
蕩けるような笑みを浮かべてシエロは高らかに言う。
「ねぇ、私のお願いを叶えて下さい。私は、もう幸せです!」
ふんわりと、真っ白な空間に墨を落としたように真っ黒な人影が現れる。
長い黒髪と、喪服のような黒いゴシックロリータ。そしてその目元を覆うのは狐の面。
少女のような、小柄なその人はその口元に小さく笑みを浮かべて
「やぁ、久し振り。元気だった?」
そう言った。
「魔女様、」
シエロはホッとしたように息を吐いた。
「良かった、声がちゃんと届いて。届かないかと思いました」
「そりゃぁね。君は随分薄くなってるから、普通なら声は届かないだろうね。けど。僕は魔女だ。願われたらそれに応えない訳にはいかないんだ」
「よかった。じゃあ、お願いがあるんです。……この後、きっと私たちは酷く傷つくでしょう。だからその時、ほんの少しでいいんです。手を差し伸べてくれませんか?」
シエロは手を、胸の前で握り合わせて、まるで願いをかけるように言った。
「ただて、という訳にはいかないよ。それにお前が差し出せるものは?」
「今残った、残り滓の抜け殻を」
シエロのその言葉に魔女と呼ばれた少女は不意を突かれたように黙った。
それを見て、ふふふ、と上品に、けれどしてやったり、というようにシエロは笑った。
「そのくらいの覚悟はあります。それに、私は幸せだと言いました。もう思い残すことなんてないんです。……それに、私があの子たちにこの残り滓で何かを残してあげられるのなら。それが私の願いです」
「わかった。その願い、叶えよう」
その魔女と呼ばれた少女は少し寂しそうに、呟いた。
「ありがとう。私に、意味をくれて。
私の願いを、叶えてくれて」
まるで、花が綻ぶように儚く、けれど何よりも嬉しそうに美しく。
シエロは微笑んで、そして。
光の粒が真っ白な空間に解けるようにしてとけた。
後に残るものは、何もなくて。
そして、はらりはらりとこの空間の主人が消えたからか、ゆっくりと、何もなかった空間は綻び、ひび割れ、崩れ始めた。
ほんの少し、少しだけ寂しげに
「独りで、満足そうに消えちゃって」
魔女と名乗った少女は
「見送る側にもなってよ」
崩れゆく白の中でそう嘯いた。




