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第十六話:春の訪れと、山猫たちが拾ってきた「銀色の毛玉」 ~瀕死の聖獣を、癒やしの魔法で救います~

 屋根の端から、ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる音がする。

 長くて厳しかった北の地の冬が、ようやく終わりを迎えようとしていた。

 外に出ると、頬に当たる風はあの刺すような冷たさを失い、どこか柔らかな春の気配を含んでいる。

 見渡す限りの真っ白だった景色は、少しずつ地面の黒い土をのぞかせ始め、森の木々も枝の先に小さな緑色の芽をつけ始めていた。


 私はガラスの温室の中で、大きく深呼吸をした。

 私が温室に足を踏み入れると、ガラスの壁の向こう側で小鳥たちが元気よく飛び交っているのが見えた。

 冬の間は決して聞こえることのなかった明るいさえずりが、新しい季節の訪れをはっきりと教えてくれる。

 土の良い匂いと、大きく育ったハーブの爽やかな香りが肺の奥まで広がっていく。

 温室の中は、冬の間もずっと春のような暖かさを保っていたけれど、本当の春が近づいてきたことで、植物たちはさらに元気よく葉を伸ばしているように見えた。


『風よ、巡れ』


 クロが短く言葉を発すると、心地よいそよ風が温室の中を吹き抜けた。

 空気が動き出し、大根や人参の緑色の葉っぱが嬉しそうに揺れる。


「ありがとう、クロ。今日も良い空気ね」

『お褒めいただき光栄です。外の気温が上がってきたので、少し風の強さを調整いたしました。植物たちも、新しい季節の訪れを感じているはずです』


 有能な執事であるクロは、いつもこうして細やかな気配りをしてくれる。

 私は水の入った木の桶を持ち上げ、野菜の根元に少しずつ水をまいていった。

 土がたっぷりと水分を吸い込み、黒々とした豊かな色に変わっていくのを見るのは、毎日の楽しい日課になっている。


「ふむ、今日の野菜たちもなかなか美味そうに育っているな」


 温室の入り口から、威厳たっぷりの声が聞こえてきた。

 真っ白な毛玉のようなハクが、しっぽをピンと立てて入ってくる。

 彼は一番日当たりの良い場所を見つけると、そこでくるりと回り、ごろんと横になった。


「おはよう、ハク。今日も視察をご苦労様」

『うむ。我の食卓を支える野菜たちが、怠けずに育っているか監視してやらねばならんからな』


 ハクはもっともらしい理由を口にしているけれど、金色の目はすでにとろんとしていて、ただ日向ぼっこを楽しみたいだけなのは明らかだ。

 私はハクの柔らかい背中にそっと触れ、ゆっくりと手で梳くようにさすった。

 太陽の光をたっぷりと吸い込んだ白い毛並みは、とても暖かくて良い匂いがした。



 その日の午後、屋敷の裏口にたくさんの山猫たちが集まってきた。

 一番大きな茶色い縞模様のリーダーが、私の前に進み出る。


『人間の姉ちゃん、今まで本当に世話になったな』

「ええ、みんな。もう森へ帰るのね」


 山猫たちは、冬の間に激しい吹雪で森の住処を潰されてしまい、この離宮に避難してきていた。

 雪が解け始めた今、彼らは自分たちの手で新しい住処を直すために、森の奥へと戻ることを決めたのだ。


『ああ。雪が減ってきたから、今なら土を掘って新しい場所を作れる。王都から来た猫たちも、屋敷のルールに慣れて立派に見回りをしているし、俺たちがずっとここにいる必要もないからな』

「そうね。少し寂しくなるけれど、みんなが自分たちの場所を取り戻せるのは良いことだわ」


 私は、朝から厨房で準備しておいた大きな布の袋をいくつか持ってきた。

 中には、温室で採れたばかりの大根や人参、それに燻製にしておいたお肉がたくさん詰まっている。


「これ、みんなのお弁当よ。森の住処を直すのは力仕事でしょうから、途中で食べてね」

『おお! こんなにたくさん、いいのか!』


 山猫たちは嬉しそうにしっぽを振って、袋の周りに集まった。


『本当にありがとう、人間の姉ちゃん。この冬を生き延びられたのは、あんたのおかげだぜ』

「私の方こそ、みんなには畑作りや川の砂集めとか、たくさん手伝ってもらったわ。本当に助かったのよ。困ったことがあったら、いつでもこの離宮に来てね。ここはみんなの場所でもあるんだから」


 私が笑顔で言うと、王都から逃げてきた三毛猫や白黒のぶち猫たちも、玄関ホールから顔を出した。


『山猫のおじちゃんたち、気をつけて帰るニャ』

『色々と森の狩りのやり方を教えてくれて、ありがとうニャ』


 彼らは種族は違っても、この厳しい冬を一緒に乗り越えた大切な仲間だ。

 山猫のリーダーは照れくさそうに鼻を鳴らした。


『おう、お前らもこの屋敷をしっかり守るんだぞ。俺たちがいない間に、ネズミ一匹入れるんじゃないぜ』


 和やかな別れの挨拶が交わされていると、ハクがのっそりと大扉の前に現れた。


『ふん。我の家臣である貴様らが森へ戻るというのなら、特別に許可してやろう。だが、王への忠誠を忘れるではないぞ。たまには美味い獲物を貢物として持ってくるのだ』


 偉そうな態度をとっているけれど、ハクなりに彼らの旅立ちを応援しているのだ。

 山猫のリーダーは深く頭を下げた。


『もちろんだ、偉大なる王様。必ず一番良い肉を持って挨拶に来るぜ!』


 山猫たちはカゴや布袋を器用に口にくわえたり背中に乗せたりして、春の気配が漂う森の中へと走っていった。

 彼らの姿が見えなくなるまで、私たちは裏口の前に立ってずっと見送っていた。



 山猫たちが森へ帰っていった後、大きな屋敷の中は少しだけ静かになった。

 彼らがいないと寂しくないといえば嘘になる。

 けれども、王都から来た猫たちが廊下を歩く足音や、温室の見回りをしてくれる元気な声がいなくなった分、大きく聞こえてくるように感じた。


 夕方になり、空の色が明るい水色から、ゆっくりと深いオレンジ色へと変わっていく。

 私は厨房の前に立ち、かまどに薪を入れて火を起こした。

 パチパチと燃える火の音を聞きながら、今日の夕食の準備を始める。

 鶏たちが産んでくれた新鮮な卵と、保存しておいたイノシシのお肉を使った温かい料理だ。


 お肉を一口大に切り分け、フライパンでじっくりと焼いていく。

 ジュワッという音とともに、香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。

 温室のハーブを細かく刻んで振りかけると、さらに爽やかな香りが重なる。


『とても良い匂いがしますね。カトリーナ様』


 クロが厨房にやってきて、緑色の瞳を細めた。


「ええ、お肉が良い状態だから、とても美味しくできそうよ。みんなのお皿を用意してもらえるかしら」

『承知いたしました』


 クロは風の魔法を器用に使って、棚から木のお皿をいくつも取り出し、食堂の長机の上に並べていってくれる。

 彼との息の合った作業は、とても心地よい。


 料理が完成し、みんなで食堂に集まって賑やかな夕食を楽しんだ。

 ハクは相変わらず一番大きなお肉を頬張りながら、満足そうに喉を鳴らしていた。

 彼にとって、食事の時間は一日の中で最も重要な時間だ。

『美味い! この肉の柔らかさといい、草の香りといい、見事な出来栄えだ』と大げさに褒め称えながら、あっという間にお皿を空にしてしまう。

 他の猫たちも、それぞれのお皿に向かって夢中で食事を楽しんでいる。

 食事を終え、食器を綺麗に洗い終わった頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 暖炉の前で、いつものようにみんなで集まって静かな時間を過ごそうとしていた、その時だった。


 ドンドン、ドンドンッ!


 玄関の重い大扉を、外から激しく叩く音が響き渡った。


「こんな夜に、誰かしら」

『私が確認してまいります』


 クロが素早く玄関ホールへと向かい、私はその後を追った。

 クロが魔法で扉のかんぬきを外し、重い扉を少しだけ開ける。

 そこに立っていたのは、昼間に森へ帰っていったはずの山猫のリーダーだった。

 彼は激しく息を切らし、茶色い毛並みは泥だらけになっていた。

 そして、彼の口には、泥と血で汚れた小さな毛玉のようなものがくわえられている。


『人間の姉ちゃん! 頼む、こいつを助けてやってくれ!』


 山猫のリーダーが、くわえていたその小さな毛玉を床にそっと置いた。


「怪我をしているの!? すぐに中へ入れて!」


 私は急いで床にしゃがみ込み、その毛玉を両手で優しくすくい上げた。

 とても軽くて、小さな体だ。

 よく見ると、それは見慣れない子猫だった。

 普通の猫とはどこか違う。泥にまみれてはいるものの、その毛並みはキラキラと光るように見え、周囲の空気が少しだけピリッとするような、独特の魔力の気配を放っていた。


『森の奥深くで、倒れているのを見つけたんだ。俺たちが近づいても全く動かなくて、息もすごく弱い。俺たちの草の知識じゃ、どうにもならなくて……』

「わかったわ。急いで治療するから、安心して」


 私は子猫を抱えたまま、厨房へと走った。

 明るい場所にある大きな木のテーブルの上に、清潔な布を敷いて子猫をそっと横たえる。

 クロがすぐにお湯の入った木の桶と、綺麗な布を何枚も用意してくれた。


「まずは、この泥と血を洗い流して、傷の場所を確かめないと」


 私は子猫の小さな体に向けて、両手をかざした。


「『ウォータ』」


 空中の何もない場所から、清らかな水が生み出される。

 私はその水を細かく、とても柔らかい流れにして、子猫の毛並みにまとわりついた泥と血を丁寧に洗い流していった。

 水が汚れを吸い取り、床に置いた別の桶へと落ちていく。

 少しずつ、子猫の本来の姿が見えてきた。

 それは、透き通るような美しい銀色の毛並みを持つ、とても愛らしい子猫だった。


「ひどい怪我ね……。後ろ足のところに、深い傷があるわ」


 洗い流したことで、出血の原因がはっきりとわかった。

 獣に噛まれたような、鋭い傷跡だ。

 私はすぐに、小さな壺に保存しておいた、あの手作りの薬草ペーストを取り出した。

 これは、冬の間にクロと一緒に森で採集し、すり鉢で丁寧にすり潰して作ったものだ。

 森の奥の土と草の濃い匂いがするそのペーストを、指先に少しだけ取り、子猫の傷口に優しく塗り込んでいく。

 薬草の成分が傷口に浸透していくのを確認してから、私は深く息を吸い込んだ。


「『キュア』」


 体内に入り込んだ、毒素などを除去する。

 続いて、私は頭の中で、この清らかな水が子猫の傷ついた場所を一つに繋ぎ合わせる様子を強く思い描く。


「『ヒール』」


 水が傷口を優しく包み込み、淡い光を放ちながら傷を塞いでいく。

 ゆっくりと、少しずつ、開いていた傷跡が塞がり、やがて綺麗な銀色の毛並みだけが残った。


「よし、傷はこれで大丈夫よ」

『カトリーナ様、体が濡れたままでは冷えてしまいます。私が乾かします』


 クロが前に出て、緑色の瞳を細めた。

 彼から放たれた暖かくて優しい微風が、子猫の体を下から上へと包み込む。

 風の力で毛の間に残っていた水滴が綺麗に吹き飛ばされ、あっという間に子猫の毛並みはふんわりと乾いた状態になった。


「ありがとう、クロ。見事な魔法ね」


 私はほっと息をついて、子猫の小さな体をそっと手でさすった。

 傷は治ったし、毛も乾いた。

 けれど、子猫の体は小刻みに揺れていて、触れると驚くほど冷たかった。

 長い間、冷たい森の中で倒れていたせいで、ひどく衰弱し、体温が下がってしまっているのだ。


「体が冷え切っているわ。このままじゃ危ないかもしれない」

『すぐに暖炉の火を強めましょう』


 クロが厨房から食堂へと走り、暖炉に新しい薪を追加してくれた。

 私は子猫を清潔な毛布でしっかりと包み込み、両手で抱きかかえて食堂の暖炉の前へと向かった。

 一番火の近くの暖かい場所に座り込み、子猫を胸に抱いたまま、自分の体温を少しでも分け与えようと背中をさすり続けた。


 すると、暖炉のすぐそばで丸くなっていた白い毛玉が、のっそりと顔を上げた。

 夕食をたっぷり食べて満足し、いつの間にかここでくつろいでいたハクだった。

 彼は私の腕の中でぐったりとしている銀色の子猫を見て、不満そうに鼻を鳴らした。


『おい、カトリーナ。なんだ、そやつは。見慣れない毛色をしているが、また新しい居候か』

「山猫さんたちが森の奥で倒れていたのを見つけたのよ。ひどい怪我をしていて、体も冷え切っているの。だから、こうして温めてあげているの」

『ふん。我の縄張りに断りもなく弱り果てた獣を連れ込むとは。しかも、我のくつろぐ場所である暖炉の前に堂々と座りおって』


 ハクは偉そうに文句を言ったけれど、それ以上は子猫を追い出そうとするそぶりは見せなかった。

 その少し離れた場所から、玄関ホールで待っていた山猫のリーダーが心配そうに顔をのぞかせた。


『人間の姉ちゃん、そいつは大丈夫なのか?』

「傷はすっかり治ったわ。でも、体がすごく冷えているの。今夜はずっと温めてあげないといけないわね」

『そうか……。助けてくれて、本当にありがとう。俺たちは、明日また様子を見に来るぜ』


 山猫のリーダーは少しだけ安心したように顔を緩め、再び森の中へと帰っていった。

 大扉が閉まり、屋敷の中はパチパチという暖炉の火の音だけになった。



 夜が更けていく。

 私は暖炉の前に座り込んだまま、毛布に包まれた子猫を抱きしめ続けていた。

 他の猫たちはすでにそれぞれの場所で眠りについている。

 クロは私のすぐそばで静かに座り、時折、風の魔法で暖炉の熱を私と子猫の方へと送ってくれていた。


 しかし、子猫は目を覚まさない。

 呼吸はしているけれど、その体はまだ冷たいままだった。

 私の体温だけでは、足りないのかもしれない。


「どうしよう……。もっと温めてあげないと」


 私が少し焦りを感じていた時だった。

 少し離れた暖かい場所で丸くなっていたハクが、のっそりと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。


『おい、カトリーナ。いつまでそこに座って、その得体の知れない小娘を抱えているつもりだ』


 ハクは不機嫌そうな顔をして、私の手元を見下ろした。


「ごめんなさい、ハク。今日は二階の寝室に行けないわ。この子、まだすごく冷たいの。ずっと温めてあげないといけないから」

『ふん。だから我の縄張りに断りもなく弱り果てた獣を連れ込むなと言ったのだ。放っておけばよいものを』


 ハクは毛を逆立てて文句を言った。

 彼はいつも、自分の縄張りに知らない者が入ってくるのを嫌がるし、私が他の子にかかりきりになるのも気に入らないのだ。


「そんなこと言わないで。このままじゃ、この子……」


 私が悲しそうな顔をすると、ハクは大きなため息をついた。


『……まったく、お前が寝室に来ないと、我の眠る場所がひどく寒々しく感じるではないか。仕方あるまい』


 ハクはのっそりと暖炉のすぐそばへと歩いていき、一番火に近い場所でごろんと横になった。


「ハク……?」

『勘違いするな。我はただ、自分が一番快適に眠れるように火を調整するだけだ』


 ハクが目を閉じて小さく鼻を鳴らすと、暖炉の中で燃えていた炎が、ふわりと形を変えた。

 パチパチと音を立てていた火が、静かで穏やかな、優しい赤い光へと変わったのだ。

 まるで炎そのものが意志を持っているかのように、揺らめきがゆっくりとしたリズムを刻み始める。

 そして、暖炉から放たれる熱が、まるで目に見えない柔らかな布のように、私と子猫の周りだけをふんわりと包み込んだ。

 決して熱すぎることはなく、春の陽だまりのようにとても心地よい温度だった。

 寝転がったまま、息をするような自然さでこれほど高度な炎の調整を行ってしまうなんて。

 その暖かな空気が子猫の小さな体を優しく温め、私の方にまでぽかぽかとした熱が伝わってくる。


『ハク様は、本当に優しくておられますね。これほど見事な温度調整をやってのけるとは』


 クロが小さな声で呟いた。


『うるさいぞ、クロ。我は眠るのだ。静かにしろ』


 ハクはそっぽを向いたまま、すぐにゴロゴロと低い音を鳴らし始めた。

 私はすぐ近くで眠るハクの真っ白な背中と、腕の中の銀色の子猫を交互に見つめながら、静かに夜を過ごした。

 ハクが作ってくれた強力で優しい熱のおかげで、子猫の体から少しずつこわばりが消え、呼吸がゆっくりと安定していくのがわかった。



 翌朝。

 窓の外から、春の訪れを知らせる小鳥の明るい声が聞こえてきた。

 私は暖炉の前で、少しだけ体を動かした。

 一晩中起きていたせいで少し肩が痛かったけれど、そんなことはどうでもよくなる出来事が起きた。


「みゃあ……」


 私の腕の中で、とても細くて可愛らしい声がした。

 視線を落とすと、毛布に包まれていた銀色の子猫が、ゆっくりと目を開けていた。

 その目は、とても澄んだ薄い青色をしていて、綺麗な石のように透き通っていた。


「気がついたのね。おはよう」


 私が優しく声をかけると、子猫は少しだけ不思議そうな顔をして私の顔を見つめた。

 知らない人間がいて、怯えて逃げ出してしまうかもしれない。

 そう思って、私は子猫をそっと床の毛布の上に降ろした。


 しかし、子猫は逃げるどころか、すぐ隣でまだ眠っていたハクの方へとよろよろと歩いていった。

 ハクは暖炉のそばで、昨日と同じようにごろんと横になって気持ちよさそうに眠っている。

 子猫は迷うことなく彼に近づき、ハクの真っ白でふわふわのお腹に顔を埋め、とても安心したように頭をこすりつけ始めた。


『……ん? なんだ、くすぐったいぞ』


 ハクが目を覚まし、自分のお腹にすり寄っている子猫を見て、戸惑ったように顔を上げた。


『おい、やめろ。我の尊い体に気安く触れるな』


 ハクは文句を言いながらも、子猫を乱暴に追い払うことはせず、ただ困ったように前足を少しだけ上げている。

 子猫はそんなハクの態度など気にする様子もなく、嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らして甘え続けている。


「ふふ、ハクのことが好きみたいね。昨日の夜、ずっと火を調整して温めてくれたのがわかっているのよ」

『ふん! 我はただ自分が快適に寝ていただけだ!』


 ハクが顔を背けると、子猫は今度は私の方へと歩いてきた。

 そして、私の手のひらに自分の小さな頭を押し付け、スリスリと何度もこすりつけてきたのだ。

 その感触は、信じられないほど柔らかくて、滑らかだった。

 微かに光を帯びた銀色の毛並みは、触れているだけで心が洗われるような不思議な感覚がある。


「ああっ……なんて可愛いの……」


 私はその愛らしさに、心の中で大きく身悶えしてしまった。

 公爵令嬢としての冷たい表情を保つことなど、すっかり忘れている。

 こんなに小さくて純粋な命が、私の手に甘えてくれている。

 その事実が、たまらなく嬉しかった。


『カトリーナ様。その子猫、すっかり元気になったようですね』


 クロが横にやってきて、嬉しそうに目を細めた。


「ええ、本当に良かったわ。山猫さんたちが見つけてくれて、ハクが温めてくれたおかげよ」


 私は子猫の体を両手でそっと包み込み、頬ずりをした。

 春の柔らかな日差しが差し込む食堂で、私たちは新しい小さな命の目覚めを静かに喜んでいた。


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